観察記録4
まったく、前任者の仕事はどれもお粗末なものだった。終わっているのか終わっていないのか、メモ書きなのか清書なのかわからない。
それを整える度に「もう終わったの!?」と目を輝かせるルルセラも、鬱陶しい。俺の仕事は、全然速くない。意味不明なメモの解読さえなければ、最初から俺が進めていれば、今の何倍も速く進められたはずだ。それをまあ、この程度で、あんなポンコツを比較対象にして褒められても、なんら嬉しくない。
でも、そんな気の滅入る仕事も、ようやく片が付いた。
ルルセラは、少なくとも仕事に関しては、俺を信用し始めているように見えた。
それで……どうしてだか、試したい気持ちになった。要するに、いつもより早く目覚めた朝、「裏庭に出てみよう」という気持ちになった。
裏庭には、あの日以来一度も足を踏み入れていない。ルルセラが、どれくらいの頻度で裏庭に赴いているのかも、知らない。
まだ少し眠い頭で、もしも会えたら面白いな、と良くわからない期待を抱いて、裏庭に出向いた。
そうしたら、やはり、ルルセラがいた。前回見た時と寸分変わらぬ姿勢だった。もう、驚くこともなかった。彼女は日課の「日光浴」をしているのだ。
そっと近付くと、おもむろに瞼が開いた。彼女も彼女で、もう慌てふためくことはなかった。
「おはようございます、ルルセラ様」
「……おはよう」
「今日も、たまたま疲れて座っているのですか?」
気付いたら、そんな軽口を叩いていた。
ルルセラはまた、ぷいとそっぽを向いてしまった。そして、そのまま黙り込んでしまった。そうすると、本当に疲れているように見えて、ふつふつと焦りが舞い戻ってきた。
「あの、もしかして、本当に体調が悪いのですか?」
裸足で丸まる姿が、どうにもいたいけに見えてきた。
「別に、ちょっと疲れただけ」
小さな返事が返ってきた。言葉の真偽は不明だが、声色は明らかに精彩に欠いていた。
「そうですか……」
しばし逡巡してから、
「何か私にお手伝いできることありますか?」
と尋ねてみた。
ルルセラは、上目遣いで俺を見た。
「じゃあ、私の代わりに春祭やってくれる?」
「えっ……」
返す言葉に詰まった。無茶な提案をされたからじゃない。春祭の仕事を本気で疎んじている様子に、驚いたからだった。
「あーあー。私、向いてないのよねー、アーケストって」ルルセラが、天を仰いで、どこか他人事のように話し始めた。
「そんな……。ルルセラ様ほどのアーケスト、そうそういないでしょうに……」
「いや、ね? 私もアーキテクトの才能はあると思ってる。自分はアーキテクトになると思ってた。なのに、気付いたら、アーケストになってた。困った困ったー」
ふざけた調子で言ってるけど、目の縁は、悲しみか苦しみのようなものを湛えていた。それ程に、今の仕事に苦しめられているのだろうか。
「……春祭の準備、ですね。ルルセラ様の代わりを務めることはできませんが、その代わり、補佐官として出来ることは何でもやりますよ」
一番無難な応えを返した。
すると、ルルセラが、じっと俺を見た。それは、少なからず信頼を感じる眼差しだった。
――変な汗が出てきた。
……何かが違う。これじゃない。歯車を間違えて嵌め込んだみたいに。望んでいた展開のように見えて、まるで違う方へと進んでいる。馬鹿な女を騙して、無理矢理信頼を勝ち取るはずだった。その計画に、澄んだ信頼などは含まれていない。そんなものは、望んでいなかった。
――なんで裏庭なんかに来てしまったんだろう、馬鹿な俺。




