観察記録15_慰労会の提案
「慰労会をしませんか」
ルルセラが執務室に入ってから、仕事に取り掛かるまでの僅かな間に、どうにか私事の話題をねじ込もうと試みた。
「イロウカイ?」
ルルセラは不思議そうに尋ね返しながら、でもその動きを止めることはなく、仕事机につく。――ついてしまった。それは、始業の合図だった。
仕方がないので、業務の一環かのように伝える方向に舵を切る。
「魔法構団では、一つの仕事の区切りがついた時に、メンバーを集めて慰労会を開くことが多いのです。つまり、一緒に食事を摂りながら、互いに労ったり、次なる仕事への意欲を高めて、仕事の品質を上げようという試みです」
「ふうん……つまり、打ち上げみたいなものかしら」
その返しを意外に思いながらも、まさしくその通りだったので、首肯した。はじめから「打ち上げをしましょう」と言うべきだったか。何となくそういう俗っぽい言い方では伝わらない気がして、「慰労会」だなんて堅苦しい言葉を使ったけれど、俺の思い違いだったのかもしれない。
「打ち上げといえば、お酒……」
ルルセラが独り言のように呟きながら、意味ありげな視線を向けてきた。
……そんなに酒が好きなのだろうか。「ルルセラの好きなもの」リストの筆頭には、「酒」を据えるべきなのだろうか……。
しかし、たとえそうであったとしても、
「お酒はなしで」
今はそう言わざるを得なかった。なにせ、ルルセラは酔うとまともに受け答えしなくなるのだから、今回は飲んでもらうわけにはいかなかった。
「そーう? そう、じゃあ、わかった……」
そう言い残して、業務に取り掛かる姿勢に入ってしまう。なんだかうやむやになりそうな気配を感じて、慌てて言葉を足した。
「食べたいもの、飲みたいもの、行きたい店、考えておいて下さい。どんな人気店あっても、きっちり予約を取りますから。個室が良ければ個室を押さえますし」
大袈裟に聞こえるだろうが、嘘でも冗談でもない。マスターを脅せば十分実現可能だった。だけど、ルルセラの反応はかんばしくなかった。ちっとも嬉しそそうではない。むしろ面倒くさそうに見えた。
なんだかますます、自分は何しているんだろうか、という気持ちになってきた。
本当のところ、少しくらい喜んでくれるのではないかと思っていた。そうすればこの罪悪感も薄れるかも、という浅ましい気持ちがあった。だけど結局、全て俺の自分勝手な自己満足だと思い知らされただけだった。
…………はー、やめやめ。今俺がルルセラのために出来ることは、有能でいること、くらいなんだから。せめて仕事中は仕事に集中しないと。
◆
『ダンジョ フタリキリ デ コシツ ハ ヤメロ ウワサ ガ タツ』
ルルセラの返事は得られていなかったものの、マスターには、今後の展望を報告していた。つまり、どこかの店の予約を入れてもらうことになるからそのつもりでいてくれ、ということを連絡していた。
それに対して返ってきたコメントが、これだった――男女二人きりで個室はやめろ、噂が立つ――至極真っ当で、なんかムカついた。
マスターがルルセラの世間体に配慮しているという事実が、喜ばしいことであるはずなのに、なんだか微妙に腹が立つ。これも全て、アンタの指示に従うためにやってることなんだぞ、と言いたくなる。そんなことは言うまでもない自明の事実だとわかっているけど、たまに悪態をつきたくなる。
マスターはきっとこれを、簡単な仕事だと思っているのだろう。だけど、これが、なかなかどうして難しかった。
初めて会った頃、裸足の日向ぼっこが好きなのかと思っていた。でも、違った。春祭が終わって以降、裏庭でその姿を見ることはなくなった。要するに、その行為は単に仕事の一環でしかなかったということだ。
じゃあ本当は何が好きなのだろうと、横目で観察しても、一向に答えが見えてこない。わかるのは「仕事が好き」ということだけ。あまりに熱心に取り組んでいるので「ルルセラ様は何がお好きですか?」なんてとち狂った質問を投げかける隙もない。
だから、一旦仕事を遠ざけて、腰を据えて話す場を設ける必要がある、と思った。無論、必要があるというのは、俺とマスターにとってただった。ルルセラにとっては必要ではない。そんなことはわかっていた。




