観察記録1
「ルルセラお嬢様、新しい補佐官の人がいらっしゃいましたよ」
侍女に案内された扉の奥に、煌びやかなブロンドの女性が座っていた。やや大きめの机に貼り付けていた視線を重たげに持ち上げると、紫がかった瞳が室内光を受けて鈍く光った。
「アルト・リールと申します。レーグス団長の申しつけにより、本日より住み込みでお嬢様の補佐官を務めさせていただきます」
ずいと一歩前に出て、頭を下げる。
「ああ、お父様の……」
ルルセラは、手にしていたペンの背で、机をコツンと一つ叩いた。そこに漂う苛立ちに、ひやりと背が冷たくなる。出足は最悪のようだ。
「初めまして、えーと、名前を聞き逃したのだけど」
「アルトです」
「そう、アルト、よろしく。私はルルセラ・レーグスです。今は手が離せないので、侍女に屋敷を案内してもらって下さい。ライラ、よろしくお願いします」
一息でそう言うと、すぐに机の上に視線を戻してしまった。言外に「さっさと出ていけ」と促しているようだ。
仕方なく「失礼致します」と言って下がる。
こんなことは初めてではないが、残念だ。せっかく準備していた褒め言葉は全て無駄になってしまった。
「お嬢様、お忙しかったみたいですね」
扉が閉まるなり、小さな声で話しかけられた。見れば、侍女――ライラが苦笑いを浮かべて俺を見ていた。
「とても仕事熱心な方なのですよ」
どうやら彼女は、必死に主人をフォローしているようだった。彼女の笑顔には、姉が妹を見守るような温かみを感じる。二人の間には、少なからず信頼関係があるのだろう。
「ええ、存じております。ルルセラ様は、現代の二大若手魔法アーケストのお一人ですから。とても優秀で、でもそれを鼻にかけず、優しくたおやかだと魔法構団界隈でも有名ですよ」
ライラは、くすっと笑った。そして、「そうですか」と言った。
少し、予想と違った。必死になって「ええ、普段は優しいんですよ」と言うか、あるいは困った顔で「ええ、すごく優秀な方です」と言うだろうと思っていたのに。この笑顔は、一体どういう意味だろう。俺の嫌味が、伝わらなかったのだろうか。
「リール卿も団長様が選んだ優秀な方とお伺いしておりますよ。私が言うのも差し出ましいことと承知しておりますが、どうぞ、お嬢様をよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げられて、どうも調子が狂う。
「俺は卿なんて柄じゃないですから。アルトと呼んで下さい」
「わかりました、アルト様。では、屋敷を案内しますね」
ライラが先に立って、歩き始めた。
「ご存知かもしれませんが、こちらの館はもともと研究室として建てられたものです。そこにお嬢様が住み着いて、一部を居住空間にしたものですから、他の屋敷とは佇まいが違うかもしれません」
もちろん、知っている。
「間違えて、変な研究室に入らないようにして下さいね。お嬢様は怒ると怖いですから」
なるほど。頭の中に、しかと記録する。
「ルルセラ様は今、何のお仕事を? やはり、春祭の準備でしょうか?」
「ええ、他にもお仕事はありますが。おっしゃる通り、今力を注いでいるのはお祭りの準備のようです」
「ジャン家のドゥブル様と共同で、開会の催しをされるのですよね」
「あら、アルト様。共同ではないですよ。お二人が開会の催しを担当されることは事実ですが、各々別々の企画を立てていると聞いていますよ」
「ああ、そうなんですね。じゃあ当日は、二つの催しが見られるのですね。楽しみだなあ……ルルセラ様はどんな企画を立てておられるのでしょう?」
ライラがくすりと笑った。
「アルト様、気になる気持ちはよくわかりますが、こういうのは当日までわくわくしながら待つのが楽しいのですよ」
残念、彼女は仕事の内情までは知らないらしい。
「と言っても、アルト様は先に知ってしまうかもしれませんが。何と言っても、補佐官ですから」
そうなれば良いけれど。それまでに、信頼を勝ち取れるだろうか。
◆
『センニュウ カンリョウ』
マスターに第一報を送る。
もっと色良い報告が出来たら良かったが。まあまだ初日だ。まだまだ時間はある。
さて、これからどう進めるか……。ルルセラ・レーグスも、ドゥブル・ジャンに負けず劣らず性格が悪そうだが、これが吉と出るか凶と出るか……。




