第84話 聖法国の守護獣
修練場の地面から現れたそれは、見るからに強固な身体を持っていた。大きさは3メートルほどだろうか、ついこの間対峙したキマイラと良い勝負である。修練場の横にある建物の屋根より少し飛び出ている巨体は二足歩行でこちらを見据えてくる。
この巨体からすれば、この場所は狭すぎる。腕を振り上げただけでも大惨事になりかねない。
「くふはははは!どうだ、これは古の時代に創り出され封印された古代の遺物だ。名前を『聖導機兵』という。そこらにある魔導兵器などとは比べ物にならん代物だぞ!
この装置を作動させたものの言うことのみを忠実に守り、悪の脅威を取り除くこの国の守護獣を作動させた私はやはり選ばれし者なのだ!」
「ボドワン、貴様!何故このようなものを持っている!それは大聖堂の地下に眠る神器の一つだぞ!儂以外にあの場所に入ることができる人間などおらんはずだ!」
「ふん、そんなことか。あの倉庫の鍵はベネディクト、そなたの血液ということは知れておる。だから私は常にそなたの隣で機を伺っておったのだ。
本来なら襲撃した際にそなたの死体から抜き取る予定であったが、そなたが消えた部屋に残っていた血が使えたのは儲けものであった。これでそなたが死ねば倉庫にある全ての神器は我がものとなる。そうなれば私は文字通りこの国の支配者となるのだ!」
ボドワンが両腕を拡げて悦に浸っているが、僕は彼の腕に付いた腕輪を見逃さなかった。
「テル君、従属の腕輪だ。彼もどうやら欲望に付け込まれたらしい。」
僕が伝えるとテルがバルコニーのほうを見る。テルは何も言わずにゴーレムと向き合うが、僕が言いたいことは伝わったようだ。
あの腕輪を付けているということは、ボドワンさえも『あの方』の手駒でしかないことを意味している。本当の黒幕に近づくまでにはまだまだ遠い道のりが待っているということだ。
「シュウさん、兎に角今はこの場を乗り切りましょう。武器は敵から奪うので少し待っていてください。」
「いや、大丈夫。」
「…?それはどういう…。」
確かに封魔方陣は厄介な結界だ。
魔法は体内で作り上げた魔力を素に事象を発生させるが、外へ魔法を放出したり魔法陣を瞬時に展開したりする際に空気中に漂う『マナ』と呼ばれるものと連結させる必要がある。
普段何気なく使っているので意識している人間は少ないがこの連結を絶たれると魔法は不発に終わるという訳だ。『封魔方陣』はその連結を絶つ魔法陣なので、一般的にこの中で魔法は使えないと言われている。
だが、物事には例外があるものだ。
例えば、精霊術のように精霊に力を借りれば封魔方陣の中でも力を行使できる。
例えば、特定の属性を対象外にしていればその属性魔法は使用できる。ということは……。
「〈ボックス〉」
僕が呪文を唱えるとインベントリが現れる。そこから普段使っている短刀を取り出した。
「やっぱりこれ系の魔法なら使えるみたいだ。」
インベントリの表示は安定していないが、しっかりと使えている。
「そんな抜け技があったんですね…。」
テルはこういった状況で転生者特有の魔法を使ったことがなかったのだろう。
「うん、僕も確信があったわけじゃないけどね。恐らくこの魔法陣は白魔法だけ対象外になっているんだと思う。」
「なるほど、それで…。」
「さぁ、得意気に何やら話し合っているようだが、悪巧みは終わったのかね?ここからは一方的に天罰を下す時間だ!
聖導機兵よ、そやつらを全力で叩き潰せ!多少なら周りに犠牲が出ても構わん!」
ボドワンが叫ぶと『キュインッ』という音とともにゴーレムが動き出す。両手を拡げて文字通り僕たちを叩き潰しにかかってきた。
僕たちは急いでその場から離れると振り下ろされたゴーレムの右手は軽々と死刑台を粉々にする。
「マジか…。コイツはウカウカしてるとやられるな、〈エンチャント・オーラ〉!」
ロージが呪文を唱えるとテルと僕に桃色の闘気が宿る。ジャンとダグも自身で赤黒い闘気を出して臨戦態勢に入った。
「俺が先陣を切る!うおりゃあ!」
ダグは両拳を叩き合わせて叫ぶとゴーレムに向かって駆けていく。気合いを入れて拳を振り上げ真正面から叩き付けるがゴーレムはびくともしない。
「〈穿通〉!」
次に動いたのはジャンである。ダグが攻撃した箇所を寸分違わぬ位置に闘気を纏った突きを繰り出すが、これも簡単に弾かれてしまった。
「クソっ!どんだけ固てぇんだよ!?」
「ジャン、ダグ!ゴリ押しは得策じゃなさそうだ!関節を狙え!」
ロージがバルコニーから叫ぶ。ロージも助太刀に行きたいところだが、バルコニーも立て込んでいるようだった。
「〈一閃〉」
テルは闘気の刃を飛ばしてそのままゴーレムへ迫るが、関節を攻めても傷ついたようには見えない。
それどころか、ゴーレムは両手両足を巧みに動かして僕たちを追撃していく。さらには聖騎士たちも間隙をついて攻め立てるのでそちらの対処もせざるを得ない。
そうして、いつの間にか僕たちは修練場の端まで追い詰められていた。
「ふははは!悪足掻きはもう終いか?ならば最大火力を以て葬ってやろう!聖導機兵よ、ひと思いにやってしまえ!」
ボドワンが叫ぶとゴーレムの胸部が徐に開いていく。開いた先には砲口が覗いており、奥から鈍い光が収束していくのが見える。ロボットアニメを観ていなくてもこれが明らかに不味い状況なのは手に取るように分かっただろう。
「小僧ども、コイツはヤバいぞ!」
「僕が羽を出す!皆後ろに隠れて!」
リッチーさんの忠告を聞いてテルが僕たちに向かって叫ぶ。『羽』とは転生者が顕現させる翼のことである。月下正教はイシュタル教と違い転生者のことを神の使いとは認めていない。それが転じて転生者は不吉な存在と思う教徒も少なくなかった。
そのため、アヅィール聖法国では転生者とバレる行為は極力避けるように、と僕もルスト公爵から釘を刺されていたのである。
テルがそれでも力を行使しようとするほどにこの状況は絶体絶命の危機であることを物語っていた。
「エヴァ、カサンドラ。私に合わせなさい!〈グリッタースケイル・アーク〉」
テルが意を決して翼を顕現させようとするが、それよりも早くゴーレムは砲撃を放ってきた。
流石にテルもこの状況では受け切ることは出来ない。僕はダメ元で障壁を張ろうとするが、その前にバルコニーから魔法が響き渡り、ゴーレムのビームのような砲撃は光の壁で防がれていた。
バルコニーのほうを見るとガイド様や他の女性たちが全身輝いており、そこから光の柱のようなものが聳え立っている。その光は何かに当たったかのように途中で靄となって空間全体を覆う箱型に変わっていき、表面をウロコ状にした光の壁が出来上がっていた。
ウロコ状になっているその壁はゴーレムの攻撃を受けて煌々と輝きを増していく。そして一定の光が宿った所でゴーレムが出す砲撃と同様の光をゴーレム目掛けて放ち始めた。
「…これは?」
「シュウさん、これは高位の白魔導師が操る光の障壁です。ウロコ状の壁は力を吸収して弾き返すというリジェクトのような効果を生み出します。
今は聖女たちが踏ん張ってくれていますが、恐らく耐え忍ぶのが精一杯でしょう。早くここから離脱しないと!」
テルは状況を説明すると僕の手を引いてさっさとその場を離脱する。ゴーレムの攻撃を跳ね返していた光の壁は威力が拮抗しており、決定打には欠ける。テルの予想通り、ゴーレムが攻撃を止めると同時に光の壁は消えてなくなってしまった。
「味な真似をしてくれるではないか。」
ボドワンはガイド様たちのほうを向いて呟く。だが、先ほどまでとは違い、口角を上げて冷静な顔つきになっていた。
「おっさん、随分と余裕そうだがこの状況分かってるか?頼みの綱のデカブツは攻撃を悉く躱されてるうえに、肝心のあんたが無防備だ。俺からするとあんたは絶体絶命のピンチだと思うが?
悪いことは言わねぇ、この場で死にたくなきゃ大人しくその装置をこちらへ渡せ。」
修練場の様子を確認したロージは、今のうちにバルコニー側をどうにかしようとしてくれているようだ。ロージは剣を抜き放ちボドワンへと向けて警告する。
「絶体絶命?何を以てそのようなことを言い出しているのかさっぱり分からんな。」
「大方、あんたが待っているのはここを襲おうとしていた野盗どもだろ?それなら待ってても来ないぜ。俺がここに来る間に蹴散らしたからな。」
「んん?……。あぁ、そんなことか。そんな取るに足らん者たちに縋るほど私は困っておらんよ。」
「何?」
「くふふふ。あぁ、よい気分だ。実に愉快!
この装置は聖導機兵のあらゆる機能を瞬時に教えてくれるのだ。こんな素晴らしい錬金道具は現代の技術では到底作り出せんだろう。
そして、装置はこの逆境を覆す方法を次々に指し示してくれる。このようになぁ!」
ボドワンは起動時に押した大きなボタンの横にある小さめなボタンのほうを押す。すると、ゴーレムの背中が開き複数の何かが飛び出してきた。
「なんだ、コイツら…。黒い、狼?」
現れたのは影のように不安定な存在だった。実体があるようで、形は定まり切らない。時たま揺らめく身体の表面は一層不気味な雰囲気を醸し出している。
影たちはバルコニーと修練場とで五頭ずついるようだ。
「聖騎士団長、そして、聖女諸君。どうかね。今からでも私の傘下に入り私を教皇として崇めるのであればそなたらの命は助けてやっても良いが?」
「そのような戯言を真に受けるはずなかろう。私は聖女筆頭としてボドワン、お前を止める。」
「エヴァンジェリン、貴方にだけ任せるのは癪に障ります。仕方がないので、この天才白魔導師である聖女カサンドラが手助けして差し上げましょう。」
「カサンドラ様、今一度お考え直しください。ここで抗うよりもボドワン枢機卿と手を取りあなたが聖女筆頭になれば、この国はさらに豊かとなるはずです。」
「セシル、可哀想な迷える子羊よ。私は貴方の望むような未来は視えません。」
「カサンドラ様…それは神の啓示でしょうか。」
「私の意志は私のものです。神の啓示がなくとも私たちは考え行動することができるのですよ。セシル、貴方こそこれが正しい行いか今一度立ち止まって周りを見てみることです。」
「カサンドラ様……。残念です。」
聖女と呼ばれていた女性たちがボドワンに誘われているようだが、どうやら交渉は決裂したらしい。影たちはボドワンの合図を待っているのだろう。その場から動く気配がない。
「聖騎士団長殿、そなたはどうか?」
今度はボドワンが聖騎士団長に話を振る。
「私の答えなど決まりきっている。猊下に手をかけると宣言している者について行くことなどはできん。猊下をお守り出来ずして何が聖騎士団長か。」
「やれやれ、揃いも揃って馬鹿ばかりであったか。それでは残念極まりないことではあるが……。
第二ラウンドを始めようか。」
その言葉をボドワンが言うのと同時にゴーレムが動き出し、影たちが鋭い目つきでこちらを睨んでくるのが分かった。
僕たちに取って苦しい流れにある戦闘はこうして再開されるのであった。




