第8話 守り人の住まう所
族長が合間に入り首の皮一枚で何とか命を繋いだ僕は、先ほどまで僕のことを殺そうと躍起になっていた巫女と集落まで歩いていた。
「なぜ私がこんな変態を集落へ招かねばならんのだ。
大体、この私の裸を見ておいて何の罰もないとは父さまも甘いのではないか。神聖な清めの儀の最中に覗きなど極刑だ。何なら今からでも私の手で……。」
なんか不穏なことをブツブツと呟いている……。
とりあえず聞こえないことにして族長の後ろをおとなしく付いていく。
何回も右へ左へと曲がりながら道なき道を進んでいくが、僕の目からはどこも同じ景色に見えるので、すでにここがどの辺りに位置するのかわからなくなっていた。マーキングもすることなく進んでいるので山小屋への帰り道も見失っている。
道中、族長は一言も発することなく淡々と進んでいき、体感、十五分ほど経ったところで立ち止まった。
止まった場所は見渡す限りの森林の中で建物どころかどこかへ繋がっていそうな道もない。要するに先ほどから変わらない景色のままであった。
「〈緑樹に宿りし星の子よ。守り人たる我らが声を聞き届けたまえ。〉」
族長は先ほど不貞腐れ巫女が唱えたものと同じような呪文を唱える。
族長が前へ翳した両腕を内から外へと開くように動かすと、なんと押しても引いてもびくともしない太い幹をもったこの森の木々が意思があるかのように勝手に動き出した。
「うぇあぁぁぁおぉ!?」
驚きのあまり僕が奇声を上げていると、いつの間にか族長の前に道ができていた。
「ついてきなさい。」
族長はそう言うと目の前にできた道を進んでいく。それに合わせて巫女も進んでいく中、ワンテンポ遅れて僕も付いて歩いていく。
そうして、しばらくすると大きな樹木が一本聳え立つのが見えてきた。
近づくにつれて大樹の巨大さが際立っていき、徐々にその周辺にある人々の暮らしが露わになる。
集落と言っていたが、その規模は僕の感覚からすると里と呼んでも申し分ない広さがあるように感じる。
人々が住む場所は樹木が折り重なり、まるで木々がその者たちを住まわせるために自ら絡み合っているようだった。木々が重なって屋根を作りその隙間を人の手を加えることで埋める。そこに窓や扉を付け加えて中に家具を入れれば家の完成である。
二階建てのようになっている場所もあり、そこには外に階段や梯子が備わっていた。ロッジとも違うその独特な風景に驚きながら真っ直ぐに進んでいくと、遠目からも際立っていた大樹の根元付近で族長が止まる。
それは悠然と聳え立ち、森の長と勝手に納得してしまうような威厳を感じる。
「……すごい。」
天辺が見えないほどに巨大なそれを見上げながら僕が呟く中、族長は大樹の根元にある隙間へと進んでいく。そこは大樹の根と根が折り重なっている場所であったが、隙間かと思っていた奥に扉があった。
族長がその扉を開き入っていくと巫女も続いていくので僕もそれに倣って大樹の中へと入っていった。
「これは…教会みたいだ。」
大樹の中は薄暗く、辛うじて日の光が差していた。それがやけに幻想的に見せており、前の世界にいた頃に観光で寄った教会の風景と印象が重なる。
そんな僕の呟きにも触れることなく族長は部屋のさらに奥の扉へと進んでいく。
「シルはここで待て。」
「父さま!まさかこの不埒者と二人で謁見の間へ進むのですか!?ここから先は選ばれた者以外立ち入り禁止のはず!こんな得体も知れないものを連れて行くなど!しかもこの男は転生者ですよ!?」
「黙れ!先ほども言ったようにこれは神託である。
さぁ旅のものよ。こちらへ参られよ。」
そういうと族長は扉を開き僕を部屋へと招き入れる。
前室とは違いそこは素朴そのもの、といった雰囲気で一つの祭壇があるだけの部屋だった。族長は祭壇の前で立ち止まると僕のほうへ振り返り、ここへ連れてきた経緯を話し始めた。
「ここまで何の説明もなく連れてきてしまい申し訳なかった。私はこの集落に住まう一族を治める長、名をオーベロンという。道中にも言ったが、これは神の使い様からの神託によるものだ。
森の奥から現れたものをここまでお連れするように神の使い様はおっしゃった。そこへシルフィードと争うそなたが現れたのでこの場へ連れてきたというわけだ。」
「シルフィードって先ほどの巫女と言っていた女性のことですか?」
「そう。あれは私の娘だ。子どもたちの中でも飛びぬけて精霊に愛されている。先ほどそなたと争ってしまったのも出会い頭のことだけでなく、精霊たちがざわついていたことも原因だろう。どうか許してやってほしい。」
「いやいや。不慮の事故とはいえ、あの場に人がいると考えていなかった僕にも非はありますから。
それより道中から気になっていたのですが、その精霊とは何のことですか?」
「簡潔に言えば自然に宿りし生命のことだ。……っと、話はここまでだ。神の使い様がいらっしゃった。」
そう言って祭壇のほうへ族長が顔を向けると祭壇の上に置かれた鏡のようなものが輝きだしていた。
「幸瀬様。ようこそいらっしゃいました。」
光り輝く鏡から聞こえてきたのは知っている声であった。
どこか傲慢な態度が垣間見えるが、不思議とそこも魅力的に思えてしまう容姿と雰囲気をもった、前の世界からこの世界への架け橋となった女性。
そう。紛うことなき我らがガイド様の声そのものであった。
「え!?これって、もしかしてガイドさん?」
「あら。もの覚えの悪い幸瀬様のことですから数週間のうちに忘れてしまっているかと思っていましたが、これは僥倖ですね。」
あぁ。これはうちのガイドだわ……。
ついに登場!我らがガイド様!声だけだけど。




