第9話 知識
光り輝く鏡から聞こえる神の使い、もといガイド様の声は話を続ける。
「引継ぎが長引いてしまい幸瀬様にはご不便をおかけいたしました。
すぐにでも幸瀬様の下へ伺いたいところでしたが、この世界にはいるものの訳あって私は今離れられない状態にあります。そこでオーベロンを通してここまでお連れした、というわけです。」
ガイド様がそう言うと族長が僕のほうに軽く頭を下げる。
「本日は私のほうから幸瀬様の今後の方針についてお話させていただきます。」
おぉ!ガイドらしい言動だ!ついに異世界ライフが加速していくのか!と考え期待を込めつつ続く言葉を待つ。
「仕留められるのはラドが関の山の貧弱な幸瀬様は、今のままでは森の外へ出た瞬間に惨たらしい最後を迎えることでしょう。そうならないためにも必要最低限の知識と力をこの集落で身に着けていただきます。所謂修行というやつです。死地に入ったつもりでご自身を追い込むとよいでしょう。」
……。やっぱりこのガイドは僕に厳しいと思います。
「オーベロンはこの世界でも長寿の部類に入る人間ですので、知識も豊富です。それにエルフ種の族長として確かな実力も兼ね備えているので、指導役には適任でしょう。」
エルフ!異世界単語いただきました!
「わかりました。ここで族長さんに教わりながらガイドさんを待つのが僕の当面の課題ということですね。」
「そうですね。私のほうでも出来る限り早く幸瀬様のガイド業を行えるように善処いたします。
…………おっと。今日のところはここまでのようです。手が空いたところでまたご連絡いたしますので、それまでの間、励んでくださいね。」
その言葉を最後に光が失われていき、ただの鏡と変わらない姿となった。僕の横に並んで鏡のほうを向いていた族長は一歩前に出てきて僕のほうに向き直る。
「幸瀬殿。先ほど神の使い様がおっしゃられたお言葉の通り、私が幸瀬殿にこの世界の知識を可能な限りお教えしよう。
とはいえ、今日はお疲れであろうから休むこととしよう。このあと侍女に部屋へ案内させるゆえ、小さな集落だが存分に寛がれるがよい。」
そうして、集落を軽く案内してもらい食事をしたあと部屋に通された僕は溶けるように眠りについていった。
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翌朝、目覚めた僕は改めて集落を見て回ることにした。
この集落はやはり自然と同居している印象が強い。ただし、元いた世界とはその意味合いが少し異なり、最低限の家具以外に暮らすための自然を壊すような行いは一切せず文字通り自然の中で暮らしている。
畑もあるが、それは昨日ここへ来るとき見たように精霊術で木々に場所を譲ってもらったとのことだった。
火は普段から使うが、枯れ葉や枯れ枝を用いるだけで樹木を伐採するのは森の許しを得たときだけだという。森の許しというと概念的な意味合いかと思ってしまうが、これも昨日のことがあるので本当に樹木と意思疎通が取れるのかもしれない。
服装は絹生地を加工したものを帯で巻いたり袴のようなズボンを履いたりしている人がほとんどで、僕が転生してから着ていた格好よりもよっぽど文明的だ。
昨日泊めて貰う際に『その格好では…』と僕にも同じような服を用意してくれた。今は浴衣みたいなものを着ているので、石器時代から一気に平安時代くらいまで進化した気分だった。
食事については基本的に木の実と果物といった、僕が山小屋で暮らしていたときに食べていたものと同じような食べ物が主食で、ご馳走は近くの川で魚が取れたときに塩焼きで食べるという質素なものだ。山小屋の近くの川は生物が一切見当たらなかったが、この近くの川には時折現れるらしい。
そして、塩は岩塩が取れる場所があるようで、見つかったそばから採取してため込んでいるとのことだ。この岩塩についても貴重なものなので、特別なとき以外はあまり使用しないと言っていたのが印象的だった。
ちなみにラドの肉は食べないということだったので未だに僕の『ボックス』には生肉が残っている。
食事についても用意してくれた寝る場所についても、この集落基準でいえば最高級のものと考えて差し支えないだろう。
それほど僕を歓迎してくれている、ということなのだろうがこれはおそらくガイド様のおかげだ。族長はガイド様のことを神の使いと言っているし、ガイド様の言うことはご神託にあたるため絶対的な意味合いが込められている。
ガイド様が言うことは理不尽なことでもすべて受け入れてしまうあたり現代人の僕からすると少し怖くなってしまうが、ここに住む人々にとってはこれが当たり前のことなのだろう。そうでなければ一晩で閉鎖的と分かるような集落の人々がよそ者の僕を歓迎してくれるとは考えられなかった。
そんなことを考えながら集落を回ったあと、昨日部屋へ案内してくれた女性に呼ばれ食事についた。
昨日の夜は魚の塩焼きが出てきたが、今朝は果物がメインだ。やはりご馳走というだけあってそこまで多くは川へ上って来ないらしい。
そうして食事を終えた僕は族長に広場へ呼び出された。その広場は訓練場らしく、兵士のような恰好をした人たちが棍棒や木剣で模擬戦を行っている。
「幸瀬殿、昨日はゆっくりとお休みになれましたかな。」
「はい。おかげ様でぐっすりと眠ることができました。何から何まで良くして頂きありがとうございます。」
「これも神の使い様からのご神託なので幸瀬殿が気にされることはない。
例え、我が愛娘の裸を見た不届き者だったとしても、これがご神託となれば我が意志など二の次。
そう、それが我が愛娘を傷つけた輩だったとしても息の根を止めるのも思い留まるというものでしょう。」
あ、かなり根に持ってますね、これは……。昨日はそんな素振りがなかったから大人な対応を見せてくれているとは思っていたけど、あの巫女の親ですもんね。言動では許していても思う所があるのは当然ですよね。
「あの……。改めて族長さんに言うのも違うかもしれないのですが……。
昨日のシルフィードさんのことはすいませんでした。不慮の事故ではありましたが、やはり僕にも非があったことは事実なので訓練の前に謝っておきたくて。
このあとシルフィードさんにも謝りに行こうと思いますが、その前に族長さんへお伝えさせてください。
シルフィードを、そして一族の名誉を傷つけてしまい申し訳ありませんでした。」
僕としても心にわだかまりがあったので、誠心誠意を込めて頭を下げる。しばらく目を閉じて何かを考えていた族長はゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「幸瀬殿。我々エルフ種は純血種の中でも取り分け誇りを重んじる種族です。
先ほど言ったように、信仰の対象である神の使い様からのご神託であれば我が意志など後回しにして然るべきだが、幸瀬殿が昨日のままであればシコリが残ったのも事実。こうして公衆の面前で頭を下げて戴いたことで我が部族の者の溜飲も下がったことだろう。
ここからは族長として、幸瀬殿を真の仲間と認め接することにいたそう。以後、お困りのことがあれば気兼ねなく申されるがよろしい。」
そう言いながら族長が笑うと、鋭い眼光を放っていた周りで訓練していた人たちも心なしか目元が緩んでいくようだった。
「さて、それでは気を取り直して今日の訓練といこうか。今日は簡単にこの世界の理についてご説明いたそう。ときに幸瀬殿はこの世界の魔法についてはどの程度ご存じかな。」
「それが、まったく教えてもらえずにこの世界に来たので分からないことだらけでして……。」
「そうか。それでは今日は基礎的な魔法について訓練することとしよう。シルの話では幸瀬殿はすでに複合魔法を使えるとのことだが、一度見せていただけるかな。」
「複合魔法…?シルフィードさんと戦った時に使ったのは、攻撃を守る土魔法と髪を乾かすための風魔法だけですが……。」
「髪を乾かす魔法?…。では、まずは攻撃を守る土魔法とやらを見せていただけるかな。」
「わかりました。〈クレイウォール〉」
手を地面に翳すとともに呪文を唱えると土の壁が現れる。それを見ると、族長は何か考える素振りをみせてから次に髪を乾かす魔法が見たいと言い出した。
「髪を乾かす魔法はそんなに珍しいとも思えないですが…。わかりました。〈エアブロー〉」
「…ほぉ。」
爆風が族長に直接当たらないように角度を調整して放つ。『エアブロー』はこの世界で僕が最も唱えている魔法なので丁度いい風を族長に当てるなどお手の物だ。
ちなみに、次に多く唱えているのは『クレイウォール』、その次がラドを仕留めたときに唱えた『ウィンドカッター』だ。火魔法はラドの肉を丸焦げにして以来、僕的に封印している。
「…。幸瀬殿は今唱えた魔法が両方ともこの世界の人間にとって、唱えることが困難なものであることを理解しておいでかな?」
「へ?困難?単なる土と風の魔法なんじゃないんですか?」
「今、幸瀬殿が見せた魔法はどちら複合魔法というものだ。
『クレイウォール』は土魔法の『サンドウォール』に水魔法を練りこみ、『エアブロー』は風魔法の突風に火魔法を加えて風を温めたもの。一つの属性に違う属性を入れ込むということは、熟練の魔導師でも難しいことだ。」
え?そんな繊細なことしてたの?
砂の壁じゃすぐに崩壊するから水を加えたら固まるかな、とか。ドライヤーって温風だったよな、って思って唱えただけなんだけど…。
「僕の意識ではそんな難しいことを考えていたわけではないので、いまいちピンときません。二つの属性を入れ込んでいる認識もなかったのですが…。」
族長はやはりな、という表情を浮かべ説明を続ける。
「この世界では我々も含めて、人間が極められる属性は二つが限度とされている。それを同時に操れるのは選ばれし英雄か天使と呼ばれる転生者のみというのが常識だ。
意識せず二つの属性を同時に使用している時点で幸瀬殿は選ばれしもの、という認識を世間は持つことになる。その特別性は今後、幸瀬殿の生活に付いて回ることになるので出来るだけ悟られないほうが賢明であろうな。」
そうか。下手にさっきの魔法を見せて余計な印象を与えると集団生活がやりづらくなるもんな。
「これから私がこの世界の基準となる魔法を教えるので、基本はそちらを使用していくのがよかろう。
そうだな。まずは火おこしができるようにしておこうか。幸瀬殿、『ファイア』を唱えてみせてもらえるかな。」
「わかりました。……。あの…。この世界にきたとき『ファイアーボール』を唱えたら、ものすごい爆発が起こったことがあって…。それ以来、火魔法は使ってないのですが大丈夫でしょうか。」
「この場にいる者たちは勇敢な戦士ゆえ危険にも慣れておる。それに『ファイアーボール』はそういう現象を起こす魔法。今回唱える『ファイア』はそのようなことは起こらないので安心されるがよい。」
あ、『ファイアーボール』って爆発魔法だったのね。
「わかりました。ではいきます!〈ファイア〉」
念のため人のいないほうへ手を向けてから呪文を唱える。
すると、両手から目の前に火の壁ができたのか、と錯覚するほどの炎が巻き起こり一帯に広がっていった。更地だったこともあり炎はすぐに消えたが、訓練場の三分の一の敷地が黒ずみ焦土のようになっていた。
「…………。」
そっと周囲を確認すると周りで訓練していた人たちはその場で動きをとめて目を丸くしている。次に族長のほうを恐る恐る覗き見ると……。
「…………。…………。…………。」
何か言おうとするが言葉が出てこず、口をパクパクと鯉のように動かしていた。
……あぁ。やっちゃいましたね、これは。
できるだけ自然なやり取りになるように気を付けましたが、意図した通りになっているかどうか…。
2:00amに次回【第10話 続・知識】を連続投稿します。




