折れなかった骨
折れると思った夜がある。
理由は一つじゃなかった。積み重なっていた。削れたところ、歪んだところ、見ないふりをしてきた場所。その全部に、同時に力がかかった。
耐える準備は、できていなかった。
守れなかった。
間に合わなかった。
正しかったかどうかも、もう分からなかった。
人はそういう夜に、言葉を探す。意味を探す。なぜこうなったのか、どこで間違えたのか、理由が分かれば立て直せる気がするからだ。
だがその夜、言葉は一つも役に立たなかった。
正論は軽すぎた。
後悔は遅すぎた。
慰めは、届かなかった。
それでも私は、立っていた。
立たされていた、というほうが近いかもしれない。足に力を入れた記憶はない。ただ、倒れるという選択肢だけが、なぜか浮かばなかった。
骨が、そこにあった。
折れるときは、音がすると聞いたことがある。だが実際には、何も聞こえなかった。痛みもなかった。代わりにあったのは、静けさだった。
ああ、折れなかったのだと、後から分かった。
強かったわけじゃない。
信念があったわけでもない。
守るべき何かが残っていたわけでもない。
ただ、その場に立っているほうが、崩れるより楽だった。
人はそれを「生き延びた」と呼ぶのだろう。私はそれを、骨の判断だと思っている。肉が迷っているあいだに、骨が先に決めたのだ。
ここで折れない、と。
夜が明ける頃、私は少しだけ前に進んだ。何かを始めたわけじゃない。ただ、一歩分、重さが戻った気がした。
折れなかった骨は、太くならない。
だが、芯ができる。
それは誇れるものじゃない。人に見せるものでもない。ただ、次に力がかかったとき、どこまで耐えられるかを、骨自身が知るようになる。
私はもう、自分を強いとは思わない。
だが、折れなかったという事実だけは、消えない。
骨は記憶する。
理由のなかった夜を。
立っていたという結果だけを。




