表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成り上がり王譚 ~奴隷から国王への成り上がり~  作者: 竜神


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/36

第二十五話:鉄の棺桶

「総員、衝撃に備えろォッ!!」


カエサルの叫び声が、爆音にかき消された。


ドガァァァァァァァン!!


重魔導戦車の一斉射撃が、黒鉄の峰の城壁を直撃した。数百年もの間、帝国の侵攻を阻み続けてきた石造りの壁が、まるでビスケットのように砕け散る。破片が降り注ぎ、逃げ遅れた兵士たちがその下敷きになった。


「ひ、ひぎゃああっ!」「腕が!俺の腕が!」


阿鼻叫喚の地獄絵図。さっきまで勝利に酔いしれていた兵士たちは、今や恐怖に顔を引きつらせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。


「くそッ!なんだあのデタラメな威力は!」


ヴォルグが瓦礫の山から這い出し、戦斧を構える。彼の目の前で、城門を突破した戦車の巨体が、黒い排気ガス(マナの残滓)を吐き出しながら侵入してくる。


「オラァッ!鉄クズが!」


ヴォルグは咆哮と共に跳躍し、戦車の装甲板に全力の一撃を叩き込んだ。ガギィンッ!!火花が散る。だが、それだけだ。分厚い複合装甲には、浅い傷一つつかない。


「マジかよ。俺の全力だぞ?」


ヴォルグが愕然とする間に、戦車の砲塔がゆっくりと旋回し、彼に狙いを定めた。


「ヴォルグ、避けろ!」


カエサルの援護射撃が、戦車のセンサーアイ(魔導眼)を撃ち抜く。着弾の衝撃で照準が狂い、砲弾はヴォルグの横を掠めて背後の塔を吹き飛ばした。


「大将!刃が通らねえ!魔法も弾かれる!どうすりゃいいんだ!」


「後退だ!ここはもう支えきれない!」


カエサルは歯噛みした。インフレで敵の補給を断ち、人狼部隊を焼却した。盤面は完璧だったはずだ。 だが、セドリックは盤面そのものをひっくり返しに来た。既に製造され、燃料を充填された兵器の前には、「今の」経済状況など無関係だ。これが、カエサルが最も警戒していた「理屈の通じない暴力」だった。


「城塞を放棄する!全軍、地下坑道へ退避せよ!」


カエサルの命令が飛ぶ。だが、それは簡単なことではない。パニックに陥った三万の兵と、避難民たちが狭い通路に殺到すれば、将棋倒しが起きる。


「落ち着きなさい!順序よく!」


エレナが剣を掲げ、群衆の整理に当たる。彼女の声には、不思議な強制力があった。恐怖で理性を失いかけていた人々も、女王の凛とした姿を見て、わずかに落ち着きを取り戻す。


「殿下、貴女も早く!」


「私は最後に行きます!民を置いては行けません!」


エレナは一歩も引かない。その頭上を、砲弾がヒュンヒュンと飛び交う。城塞都市は今や、火の海に沈もうとしていた。


「リン!殿下を頼む!」


カエサルはリンに目配せをした。「了解!恨まないでよ、お姫様!」


リンは素早くエレナの背後に回り込み、その首筋に手刀を打ち込んだ。「っ……!?」 エレナがカエサルの腕の中に崩れ落ちる。


「すまない、殿下。貴女に死なれては、この革命が終わってしまう」


カエサルはエレナを抱きかかえ、ヴォルグたちと共に地下坑道への入り口を目指して走った。背後では、城塞のシンボルだった時計塔が、轟音と共に崩れ落ちていた。


地下坑道の入り口にある分厚い鉄扉が、重々しい音を立てて閉ざされた。外の爆音が、くぐもった遠雷のように聞こえる。


「なんとか、逃げ込んだか」


薄暗い坑道の中で、カエサルは荒い息を吐いた。ここはかつてドワーフたちが掘り進めた、迷路のような鉱山跡だ。巨大な戦車が入ってこられる広さはない。


「生存者は?」


「兵士が約一万五千。民衆が二万ってとこだな」 ヴォルグが沈痛な面持ちで答える。「半数がやられたか、散り散りになっちまった」


あまりの損害。たった一時間前まで「勝利」を確信していた軍勢が、半壊したのだ。坑道内には、負傷者のうめき声と、家族を失った人々のすすり泣く声が満ちている。


「カエサル」


意識を取り戻したエレナが、カエサルの胸倉を掴んだ。その瞳には涙が溜まっている。


「なぜ……なぜ止めたのですか!私は民を守ると誓ったのに!私だけ生き残って……何の意味があるのですか!」


「生きてこそです」


カエサルは静かに、だが強く言い返した。


「貴女が死ねば、セドリックの天下だ。ここで死んだ者たちの犠牲も、すべて無駄になる。泣いている暇はありません。敵は必ず、ここへ入ってきます」


カエサルの予想通りだった。 頭上の岩盤を伝わり、不気味な振動が響いてきた。ズズズ……ズズズ……。


「戦車部隊は入れないが、歩兵部隊なら入れる」カエサルは坑道の奥を見据えた。


「ここは『鉄の棺桶』だ。外に出れば戦車に撃たれ、中に留まれば生き埋めか、毒ガス攻撃を受ける。 戦場を変えるぞ」


カエサルは地図を広げた。鉱山の最深部、地熱を利用した巨大な空洞。そこが、最後の決戦の地となる。


カエサルたちの予想通り、セドリック軍は追撃の手を緩めなかった。巨大な戦車は坑道に入れないが、代わりに送り込まれてきたのは「機械化歩兵」だった。全身を魔導アーマーで覆い、暗視ゴーグルと火炎放射器を装備した、対閉所戦闘のエキスパートたちだ。


「ヒャハハ!ネズミ狩りだァ!」


坑道の暗闇に向けて、火炎放射器が放たれる。逃げ遅れた避難民が炎に巻かれる。


「畜生!こっちだ!俺が相手になってやる!」


ヴォルグが狭い通路を利用して奇襲をかける。戦斧の一撃でアーマーをへこませるが、狭すぎて武器を振り回せない。逆に、小回りの利く敵の短剣や散弾銃に苦戦を強いられる。


「くそっ、ジリ貧だぜ!」


「下がれ、ヴォルグ!」


カエサルとリンが、通路に仕掛けた罠を発動させる。天井が崩落し、敵の先頭集団を押し潰す。だが、敵は無数にいる。瓦礫を乗り越え、あるいは別のルートから、次々と湧き出てくる。


一行は、鉱山の最深部にある「第3採掘場」まで後退した。ここは天井が高く、巨大な地底湖と、マグマだまりがある広大な空間だ。


「ここなら戦える」


カエサルは、残存兵力を配置につかせた。そして、彼が懐から取り出したのは、武器ではなく、小瓶に入った液体だった。


「これは?」エレナが尋ねる。


「鉱山に残されていた『ニトログリセリン』の原料です。即席の爆弾を作ります」


カエサルと技術兵たちは、驚異的な速度で作業を始めた。坑道内に残されたトロッコのレール、採掘用の火薬、そして地熱発電用のパイプ。すべてを利用して、この空間そのものを巨大な「罠」に変える。


「金貨も、証券も、ここでは役に立たない。だが、『知識』だけは裏切らない」


カエサルの目は死んでいなかった。戦車の装甲は貫けなくても、熱力学と地質学を応用すれば、山一つを敵にぶつけることはできる。


だが、敵の指揮官ゲオルグもまた、ただの軍人ではなかった。彼は「カエサルなら罠を張る」と予測していたのだ。


地上にいるゲオルグは、地図を見ながら冷酷な命令を下した。


「坑道の入り口を爆破して塞げ。そして、空気孔から『神経毒』を流し込め」


「はっ?ですが、中には我々の歩兵部隊も」


「構わん。カエサルという男は、一匹残らず殺しておかねばならん危険因子だ。味方の犠牲など、安い経費だ」


ドォォン!!


遠くで爆発音が響いた。坑道内の気流が変わる。そして、どこからともなく、甘い匂いのする紫色の煙が漂い始めた。


「毒ガスか!」


カエサルが叫ぶ。「全員、濡らした布で口を覆え!高い所へ逃げろ!毒ガスは空気より重い!」


だが、逃げ場はない。入り口は塞がれ、毒ガスはじわじわと水位のように上がってくる。そして正面の通路からは、ガスマスクをつけた機械化歩兵の大部隊が突入してくる。


「終わりだ、反乱軍!」


敵兵の一斉射撃。盾を持った兵士たちがバタバタと倒れる。ヴォルグも肩を撃ち抜かれ、膝をつく。リンが投げたナイフも、厚い装甲に弾かれる。


「ここまで、か」


カエサルは、最後の火薬樽に火をつけようとした。自爆してでも、エレナだけは別の隠し通路から逃がす。そのための時間を稼ぐために。


だが、その火種すらも、敵の狙撃によって消し飛ばされた。カエサル自身も、腕を撃たれ、その場に倒れ込んだ。


広大な地底空間は、虐殺の場となっていた。生き残った兵士たちが囲まれ、武装解除される。毒ガスの影響で、多くの者が痙攣し、意識を失っている。


敵の隊長が、倒れているカエサルの髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「へっ、これが懸賞首の顔か。随分と情けないツラをしてやがる」


隊長は軍靴でカエサルの傷口を踏みつけた。


「ぐっ」カエサルが苦悶の声を漏らす。


「やめなさい!!」


エレナが叫び、飛び出そうとするが、二人の兵士に取り押さえられた。彼女の顔は涙と煤で汚れ、鉄のサークレットも歪んでいる。だが、その目だけは、まだ死んでいなかった。


「ほう。これが噂の『偽王女』か。殺すのは惜しい美人だが……命令なんでな」


隊長はカエサルに向けた銃口を、ゆっくりとエレナの方へ向けた。


「カエサル。貴様の目の前で、貴様が担ぎ上げた神輿を壊してやる。それが、我々に逆らった罰だ」


「や、やめろ!彼女だけは!」


カエサルが這いずり、手を伸ばす。だが、届かない。自分の無力さが、五臓六腑を焼き尽くす。金も、知恵も、策も、この圧倒的な暴力の前には無力だったのか。


「あばよ、お姫様」


隊長の指が、引き金にかかる。時間は、永遠のように引き伸ばされた。


その瞬間。エレナの内側で、何かが「割れる」音がした。


恐怖?絶望?いや、違う。それは、もっと根源的な怒り。自分のために傷つく仲間たち。理不尽に踏みにじられる命。そして、大切なパートナーであるカエサルが、自分の目の前で辱められていることへの、激しい憤怒。


ドクン。


エレナの心臓が、鐘のような音を立てて脈打った。


(力が欲しいか?)


誰かの声が聞こえた気がした。それは神の声か、悪魔の囁きか。あるいは、彼女の血管に流れる、数百年の歴史を持つ「ライネール王家」の先祖たちの怨念か。


(力が欲しいならくれてやる。ただし、その代償は『人』であることを捨てることだ)


「構わない」


エレナは無意識に呟いた。


「この人たちを守れるなら私は、悪魔にだってなってやる!!」


カッ!!


エレナの全身から、紅蓮の光が噴き出した。それは魔力ではない。純粋な「覇気」と、物理的な衝撃波を伴ったエネルギーの奔流だった。


「な、なんだ!?」


エレナを取り押さえていた兵士たちが、紙切れのように吹き飛ばされた。銃を構えていた隊長も、その衝撃に耐えきれず後退する。


「ひ、ひぃッ!なんだその目は!」


エレナが顔を上げた。その瞳は、いつもの澄んだ青色ではなかった。鮮血のように赤く、そして獣のように縦に割れた瞳孔――「龍の瞳」が、そこにあった。


「ガァァァァァァァッ!!」


エレナの口から、可憐な彼女からは想像もできない、猛獣のような咆哮が迸った。その声だけで、周囲の空間がビリビリと震え、天井から鍾乳石が落下する。


「殿下?」


カエサルは呆然と見上げた。エレナの体を包む赤い光は、次第に形を変えていく。それは、翼のような、あるいは巨大な顎のような形状を成し、彼女を守るように展開した。


伝説に語られる、建国王ライネール1世の逸話。『始祖は、古の竜の血を飲み、その力を得て国を平らげた』


それは単なるおとぎ話ではなかった。隔世遺伝によって、数代に一人現れるという「竜血の覚醒者」。 それが、極限のストレスと怒りを引き金にして、今ここに顕現したのだ。


「消えろ」


エレナが、低く、冷たい声で呟いた。次の瞬間、彼女は素手で虚空を薙いだ。


ズバンッ!!


魔法でも剣技でもない。ただの「腕を振る」という動作だけで、真空の刃が発生した。前方にいた機械化歩兵の小隊が、鎧ごと両断され、背後の岩盤ごと斬り裂かれた。


「ば、バケモノだ! 逃げろ!撃て!いや逃げろ!」


パニックに陥る敵兵たち。だが、覚醒したエレナは止まらない。彼女は理性を失いかけていた。ただ目の前の「敵意」を排除する破壊の化身として、赤く輝く瞳で次の獲物を探す。


カエサルは戦慄した。これは「救世主」の力ではない。制御不能な「災厄」だ。このままでは、敵だけでなく、味方も、そして坑道そのものも崩壊する。


赤いオーラを纏ったエレナが、ゆっくりと振り返る。その視線が、カエサルと交錯する。そこには、かつての慈愛に満ちた彼女はいなかった。


「王血の暴走」。その不吉な予感が、カエサルの背筋を凍らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ