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成り上がり王譚 ~奴隷から国王への成り上がり~  作者: 竜神


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第二十四話:雪原の狼たち

雪原に響き渡っていた投降兵たちの安堵の声は、瞬く間に絶叫へと変わった。


「ぎゃああああッ!な、なんだこいつらは!?」「助けてくれ!味方だぞ!ぐあっ!?」


白い雪原に、赤い花が次々と咲き乱れる。背後から襲いかかった「人狼部隊」は、武器を持たない投降兵たちの首筋に食らいつき、四肢を引きちぎっていた。彼らは人間ではない。魔導実験によって肉体を改造され、脳のリミッターを外された、人の形をした魔獣だ。


「ひどい」


城壁の上で、エレナが口元を覆った。敵兵とはいえ、ついさっきまで「パンが食べたい」と泣いていた人間たちが、同じ軍の仲間によって家畜のように屠られている。


「ゲオルグ将軍。腐りましたか」


カエサルは冷徹な目でその光景を見ていた。敵の指揮官であるゲオルグは、名将だったはずだ。だが、セドリックという狂気スポンサーに仕えるうちに、彼自身もまた、勝利のためなら手段を選ばない修羅へと堕ちたらしい。


「カエサル殿!奴らが城壁に取り付こうとしています!」


伝令の悲鳴が飛ぶ。人狼たちは、投降兵を食い散らかすと、その血に興奮し、四つん這いのまま驚異的な速度で砦へ殺到していた。垂直に近い城壁さえも、鋭い爪で氷を砕きながら駆け上がってくる。


「弓兵、撃て!近づけるな!」


守備兵たちが矢を放つが、人狼たちは異常な反射神経でそれを弾き、あるいは矢が刺さっても痛みを感じずに進撃を続ける。恐怖モラルハザードが、守備兵たちに伝染し始めていた。「あんな化物、どうやって倒せばいいんだ……」


「ビビってんじゃねえぞ、雑魚ども!」


その恐怖を吹き飛ばすような怒号が轟いた。城門が開き、一人の巨漢が飛び出した。ヴォルグだ。彼は愛用の巨大な戦斧を片手で振り回し、先頭を走っていた人狼の頭蓋を粉砕した。


ドグシャァッ!!


「硬えな。鉄みてえな頭してやがる」


ヴォルグは血濡れの斧を肩に担ぎ、ニヤリと笑った。彼の周囲には、ヴォルグ直属の荒くれ者たち――元剣闘士や傭兵くずれの精鋭部隊が展開する。


「いいか、テメェら!相手は人間じゃねえ。ただのデカい犬っころだ! しつけの時間だ。派手に遊んでやれ!」


「オラァァッ!!」


ヴォルグ隊と人狼部隊が激突した。肉と肉がぶつかり合う鈍い音。骨が砕ける音。ヴォルグは、襲いかかる人狼の爪を腕の防具で受け止め、至近距離から頭突きをかました。


「グルルッ!?」人狼が怯んだ隙に、斧が横薙ぎに一閃する。胴体が両断され、汚い血が雪を汚す。


「大将!こいつら、痛みを感じねえ上に、再生能力がありやがる!首を落とさねえと止まらねえぞ!」


ヴォルグが叫ぶ。 戦況は拮抗していた。ヴォルグ個人の武勇は圧倒的だが、敵の数は三百。しかも、疲れを知らない生物兵器だ。徐々にヴォルグ隊が押され、城門への突破を許しそうになる。


「ヴォルグ一人では支えきれませんね」


司令室で、カエサルは軍刀を手に取った。


「リン、予備の火炎瓶をすべて前線へ。私も出ます」


「あんたが?指揮官が最前線に出るなんて、正気の沙汰じゃないよ!」リンが止める。


経済攻撃インフレが通じない以上、これは『不良債権の物理的処理』です。現場責任者が処理に当たるのは当然でしょう?」


カエサルが歩き出そうとした時、彼の袖を掴む手があった。エレナだ。彼女は、鉄のサークレットを被り直し、カエサルを真っ直ぐに見つめた。


「私も行きます」


「殿下。貴女はここで」


「『共に泥にまみれる』。そう言ったのは貴方です」


エレナは腰の剣を抜いた。その手は震えていない。


「兵士たちは怯えています。今、彼らに必要なのは、安全な場所からの命令ではなく共に戦う王の背中です」


カエサルは、彼女の瞳の奥にある決して揺るがない光を見て、諦めたように微笑んだ。そして、恭しく一礼した。


「御意。では、最高額の投資いのちを、最前線に投入しましょう」


二人は並んで司令室を出た。雪の舞う城門広場へ。そこは今、地獄の窯の蓋が開いたような修羅場と化していた。


「ひぃッ!く、来るな!」


城門の内側に侵入した人狼が、若い兵士に襲いかかろうとしていた。兵士は腰を抜かし、槍を取り落としている。人狼の巨大なあぎとが、兵士の喉笛に迫ったその瞬間。


ザシュッ!!


銀色の閃光が走り、人狼の腕が斬り飛ばされた。「ギャッ!?」


人狼が驚いて振り返ると、そこには凛とした立ち姿の女性がいた。返り血を浴び、それでもなお神々しいまでの美しさを放つ、戦う女王。


「立ちなさい、兵士よ」


エレナは剣を構えたまま、静かに告げた。


「背中を見せれば狩られます。顔を上げ、剣を握りなさい。私が共にいます。恐れることはありません」


「お、王女殿下!?」


エレナの登場に、パニックになりかけていた兵士たちの視線が集中する。彼女は一歩も引かず、残った腕で襲いかかってくる人狼を見据えた。


「シィィィッ!」人狼が飛びかかる。速い。常人なら目にも止まらぬ速度だ。だが、エレナは動じなかった。彼女の背後には、常にあの男がいることを知っていたからだ。


ドォン!!


カエサルの放った魔導銃の弾丸が、空中の人狼の眉間を撃ち抜いた。脳漿を撒き散らして崩れ落ちる人狼。


「殿下の仰る通りだ!」


カエサルが声を張り上げた。彼は軍刀と魔導銃を構え、エレナの斜め前に立った。


「この獣たちは、恐怖を食って強くなる!だが、所詮は獣だ!知性も、誇りもない!未来を守る意志を持つ我々が、こんな畜生に負ける道理はないッ!」


「う、うおおおおおおッ!!」「殿下を守れェッ!!」


兵士たちの目に、理性の光が戻った。王女が最前線にいる。それだけで、彼らの士気は限界を超えて跳ね上がった。恐怖は勇気へと変わり、崩れかけた防衛線が押し戻される。


「よし、敵を『中央』に誘導しろ!」


カエサルは戦況を見ながら、的確な指示を飛ばした。ヴォルグ隊が左右に展開し、わざと中央を空ける。 知性のない人狼たちは、空いた隙間に殺到し、城門前の狭い広場に密集した。


そこは、カエサルがあらかじめ設定しておいた「キルゾーン(殺戮地帯)」だった。


「今だ! リン!」


カエサルの合図と共に、屋根の上に潜んでいたリンと工作部隊が姿を現した。彼らの手には、大量の「壺」が握られている。


「あばよ、ワンちゃんたち!温まってきな!」


リンが壺を投げ落とす。ガシャン、ガシャン!割れた壺から溢れ出したのは、代官屋敷から押収した大量の「高級オイル」と、揮発性の高い「火酒」だった。広場が一瞬にして油の海となる。


着火イグニッション!」


カエサルが魔導銃を発砲した。マズルフラッシュが油に引火し、紅蓮の炎が巻き起こった。


「ギャオオオオオオオッ!!」


断末魔の悲鳴が響き渡る。炎は人狼たちを包み込み、その驚異的な再生能力ごと細胞を焼き尽くしていく。獣である彼らは、本能的に火を恐れ、パニックに陥って互いに踏みつけ合った。


「撃てぇぇッ!一匹も逃がすな!」


城壁の上から、一斉射撃が浴びせられる。火だるまになった人狼たちは、もはやただの動くターゲットだった。圧倒的な暴力に対し、知恵と連携で対抗する。それが、カエサル流の「害獣駆除」だった。


「バ、バカな。私の最高傑作が……」


後方の陣地で、ゲオルグ将軍は呆然としていた。無敵を誇った人狼部隊が、わずか数十分で壊滅状態に陥っている。炎の中で燃え尽きていく「資産」を見て、彼の顔が歪んだ。


「カエサル。貴様、どこまで私の邪魔をする気だ」


ゲオルグの中に、冷たい怒りが満ちていった。彼は通信機を握り潰した。


「いいだろう。小細工が通じぬ相手には、こちらも最大火力の『質量』で応えるまでだ」


ゲオルグは、背後に控えていた副官に命じた。その命令は、この雪原を本当の地獄に変えるためのスイッチだった。


「『鉄機師団』を前進させろ。山ごと吹き飛ばしても構わん」


炎が消え、広場には黒焦げになった人狼の死骸が積み重なっていた。鼻をつく異臭。だが、生き残った兵士たちは、勝利の余韻に浸り、互いの肩を叩き合っていた。


「勝ったぞ!化物どもを倒したぞ!」「俺たちの勝ちだ!」


エレナもまた、剣を収め、深く息を吐いた。彼女の顔には煤がつき、美しい銀髪も乱れていたが、その表情は晴れやかだった。兵士たちが彼女を取り囲み、歓声を上げる。


「殿下万歳!カエサル軍団長万歳!」


カエサルは、そんな歓喜の輪から少し離れた場所で、軍刀の血を拭っていた。ヴォルグが近づいてくる。


「キツい勝利だったな、大将。こっちの負傷者も少なくねえ。前衛の三割が戦闘不能だ」


「ああ。だが、これで敵の『歩兵戦力』と『特殊部隊』は潰した」


カエサルは冷静に分析した。人狼部隊の壊滅は、敵軍の士気をさらに下げるだろう。投降兵も増え、インフレによる補給不足も加速する。通常戦力での戦いならば、これで勝負ありだ。


だが、カエサルの背筋を走る悪寒は消えなかった。ゲオルグという男を、彼は知っている。あの古狸が、こんな博打のような特攻だけで終わるはずがない。もっと確実で、もっと残酷な「詰めの一手」を持っているはずだ。


その時だった。


ズン……。


微かな振動が、カエサルの足元を伝った。歓声を上げていた兵士たちが、ふと動きを止める。


ズン……ズン……。


振動は徐々に大きくなり、規則的なリズムを刻み始めた。それは、巨大な何かが、大地を踏みしめて近づいてくる音。あるいは、地獄の底から響く、死神の足音。


「おい、なんだあれは」


城壁の上の見張りが、震える指で南の地平線を指差した。夕闇が迫る雪原の向こう。そこから、巨大な「黒い影」が、雪煙を上げて姿を現した。


一つではない。十、二十、五十。それは、生物ではない。鋼鉄の装甲に覆われ、魔導エンジンを唸らせる、陸の王者。


戦車タンクだ」


カエサルが呻くように言った。だが、ただの戦車ではない。カエサルがかつて運用していたような旧式ではない。帝国の技術供与を受け、セドリックの莫大な資金で開発された、最新鋭の重魔導戦車。


全長十メートル。主砲には、城壁をも粉砕する大口径魔導カノン。分厚い装甲は、通常の魔法や矢を一切受け付けない。


「あれが、セドリックの切り札ですか」


エレナが青ざめた顔で呟く。その数は百両を超えていた。カエサル軍には、あれに対抗できる重火器はない。インフレで経済を殺しても、既に製造され、燃料を積んで動き出した「鉄の塊」を止めることはできない。


ズズズズズ……。


戦車の隊列が、無慈悲に前進してくる。その履帯キャタピラは、雪原に残された死体も、瓦礫も、全てを平等に踏み潰していく。圧倒的な質量。個人の勇気や、小手先の戦術など無意味だと嘲笑うような、絶対的な暴力の具現化。


ゲオルグ将軍の声が、拡声魔法で戦場に響き渡る。


『遊びは終わりだ、カエサル。貴様の小賢しい計算式で、この鋼鉄の装甲が貫けるかな?』


カエサルは、迫り来る鉄の壁を見上げた。彼の計算機が、はじき出した勝率は「0%」。経済戦争での勝利も、人狼部隊への勝利も、すべてを無に帰す「詰み」の状況。


「総員、退避ィッ!!」


カエサルの絶叫と同時に、先頭の戦車の主砲が火を噴いた。


ドォォォォォォォォォン!!


轟音と共に、城門の一部が消滅した。瓦礫が降り注ぎ、兵士たちが吹き飛ばされる。歓喜は一瞬にして絶望へと変わった。


「鉄の棺桶」その冷たい響きが、カエサルの脳裏に重くのしかかった。

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