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【一般】現代恋愛短編集 パート2

片思いの短冊のあの子とクラスの可愛いあの子が同一人物だなんて、そんな都合の良いことがあるわけないよな

作者: マノイ

倉敷(くらしき)くん、おはよう」

「お、おはよう、比名(ひな)さん」


 満面の笑みで挨拶してくれる比名さんに、もう七月になるというのにどうにも慣れない。

 それは彼女がクラスで人気の清楚系美少女だから、ということもあるがそれだけではない。


「かなり暑くなってきたから、熱中症には気を付けようね」

「お、おう。そうだな。比名さんも気を付けて」

「うん!」


 天気デッキで会話を始めたかと思ったら、そこから広げずに自分の席に戻ってしまった。話したいネタがある場合はもう少し続くのだが、どうやら今日はネタのストックが無い様子。


 それなら話しかけて来なければ良いのに、とも思うのだが、何故か必ず毎日話しかけてくるんだよなぁ。


 俺の席は窓側の前から二番目。彼女の席は廊下側の後ろから二番目。


 席がかなり離れているにも関わらず、何故か彼女は俺に話しかけて来る。


「よう、倉敷。今日も比名スマイルを堪能出来て羨ましいぜ」

「うっせ」


 比名さんが席に戻ると、後ろの席の男子が弄ってくるのもいつものことだ。そっちはとっくに慣れてしまっているので適当に対応する。


「にしても、相変わらずすげぇ笑顔だったよな。『ニコニコ』って擬音があんなに似合う笑顔はまずないぜ」

「確かに、リアルなのに『ニコニコ』って文字が見えそうな程だとは俺も思う」


 あんなにも心の底から屈託のない笑みを浮かべられる人ってそうはいないのではないだろうか。そう思ってしまうくらいには彼女の『ニコニコ』は見ている人々を魅了する。俺も毎日慣れることなくドキドキしっぱなしだ。


「比名さんって、去年までは深窓の令嬢だなんて言われてたほど大人しいタイプで、あんなに豊かに感情を表現しなかったんだぜ。一体、どうしてあんなに楽しそうなんだろうな」

「私もききたーい!」


 今度は隣の席の女子まで混ざってきやがった。

 正直うざいが、あの笑顔を向けて貰えることに対する税金とでも思って我慢するさ。


「でもその前に聞き捨てならないことを言ってたね。男子達の間じゃ比名さんは大人しそうに見えるかもだけど、あ~見えてかなりの努力家なんだよ」


 おや、その話は初耳だな。


「勉強もスポーツも一生懸命で、だから男子にチヤホヤされてても、嫌いになれないんだよね」


 大人しくて男子から人気のある女子とか、女子から嫌われてもおかしくはないと思っていたが、比名さんは男女問わず人気がある。女子とも仲が良いのはそれが理由だったのか、と素直に信じそうになった俺が馬鹿だった。


「うっそだー。俺知ってるぜ。女子って比名さんから美容についてアドバイス貰ってるんだろ。だからいじめられてないんだろ」

「べ、べべ、別にそんなんじゃないし。そんなのなくてもあんなに良い子を、というか、別に良い子じゃなくても普通はいじめないでしょ」


 わざとらしく焦った様子を見せているのは笑いを取るためか、あるいは女子の世界ってドロドロしてるって噂に聞くから本気で誤魔化そうとしているのか。事実は分からんが、誰もいじめられてないならそれに越したことは無いな。


「と、というか今は倉敷くんの話だって!」

「おっとそうだったな。比名さんがお前に惚れてるかもって話だった。そろそろ吐け!」

「またその話か。だから俺は知らないって」


 このやりとりは一体何度目だろうか。


「ほんとかな~」

「そんなわけないだろ。だって比名さん、毎日お前に話しかけて来て、その時だけあの『ニコニコ』がめっちゃ眩しくなるんだぜ。二人が付き合ってるとしか思えないだろ」


 相手が好きな男だから笑顔になってしまう。

 そう考えるのは確かに自然なことだ。


 もしそれが正しいのであれば、簡単な話であり、受け入れるか(・・・・・・)は別として(・・・・・)、嬉しいことだし、彼女の行動に納得が出来るから正しい対応を考えられるだろう。


 だが彼女の真意が分からないのだ。

 それもまた俺が彼女との会話に慣れない理由の一つである。


「何度も何度も言ってるが違うっつーの。お前らだってあの話を聞いてただろ?」


 それは今年の四月、高校二年生になって初日のこと。

 大幅なクラス替えが行われ、知らない人が多い中、俺が自席に座ったら彼女が話しかけて来たんだ。


『倉敷くん。これからよろしくね』

『え……よ、よろし……く?』


 俺は彼女と話したことが無いどころか、会ったのもその時が初めてだった。

 彼女は積極的に知らない相手に挨拶するようなタイプでは無く、しかも誰も見たことが無い程に『ニコニコ』していたこともあり、クラス全体がどよめいた。


『ええ!?何々!?比名さんってその男子のこと知ってるの!?』

『うわ!すっごい笑顔!もしかして彼氏!?比名さん彼氏いたの!?』

『うおおおお!マジかよおおおお!』

『何人ものイケメンに告白されてもきっぱり断るあの比名さんを落とした男がいるだと!?』


 色恋が好きな女子と、比名さんのことが好きな男子が騒ぎ出し、教室内が大混乱する中、彼女はまったく動じることなく俺を真っすぐに見つめて『ニコニコ』していた。それは確かに好きな人しか眼中に無い恋する乙女と言われても納得ができるものだった。


 だが、俺のミスにより、事態が混迷を深めることになってしまったのだ。


『おいおい。お前、倉敷っつったっけ?どういうことだよ!』

『いや、俺も分からない……』

『んなわけねーだろ!』

『マジで分からないんだって。だって俺、好きな人いるし……』


 美少女が好き好きオーラを発して話しかけて来ているにも関わらず、俺は焦りと照れ隠しで、彼女の前でとんでもないことを言ってしまったのだ。もし彼女が俺のことを本当に好きであれば、盛大に傷ついてしまう。せめてオブラートに包むべきだった。


 だが最低な俺は大騒ぎに焦りに焦ってやらかしてしまった。この時のことを考えると未だに凹む。


 実際、俺の言葉を受けた比名さんはピシリと動きと表情が固まってしまった。


『はぁ!?比名さんに好かれていて、他の人が好きだって!?』

『一体誰だよ!?』

『いや、その、誰っていうか、片思いで、顔も知らない相手なんだが……』


 焦った俺は、思考がまとまらず、聞かれたことを素直にゲロってしまった。


 俺には片思いの相手がいること。

 でもその人に会ったこともないこと。


『は?』

『え?』

『どういう意味?』


 当然、これまたクラス中が困惑することになる。

 見ず知らずの相手に片思いをしていて、それゆえ超絶美少女の想いを受け止められないだなど、全く意味が分からない。


 俺がギャラリーだったら、間違いなくそう思うはずだ。


『何それ意味分かんない。ねぇ比名さん、こんな奴やめて……え!?』


 俺の態度をネガティブに受け取った女子が、比名さんをフォローすべく声をかけようとしたのだが、その子は比名さんの表情を見て驚愕した。


『(ニコニコニコニコニコニコニコニコ)』


 何故なら彼女は、見ている俺達の目が眩みそうになるほどに、嬉しそうな笑みを浮かべていたから。


 俺には片思いの好きな人がいる。

 それなのに、俺を好きなのかもしれない彼女はそのことを心から喜んでいる。 


 全く意味が分からない。


 その後、混乱は長い間治まらず、女子が比名さんに『やっぱり倉敷くんのことが好きなんでしょ?』と聞かれても『ふふ、どうだろうね』と嬉しそうにはぐらかす。結局、何がどうなっているのか誰も分からずに現在まで来てしまったということだ。


 話は戻り、後ろの席の男は隣の女子と一緒にまだ俺にネチネチ言っているが、俺も訳が分からない以上、まともにとりあうのも馬鹿らしい。適当に受け流しながら、自席に戻った比名さんの方を何となく見る。


 彼女はクラスメイトの女子と話をしていた。


「そういえばそろそろ七夕だよね」

「うわ!比名スマイルが眩しい!」

「え?もしかして比名さんって七夕そんなに好きなの?」

「うん!」


 七夕か。

 俺も七夕は一年で一番好きな日だ。


 比名さんも七夕が好き。


 ドクンと胸が高鳴った。


 もしかしたらそうかもしれない、とは思ったことがある。

 だがそんな都合の良いことがあるはずがない、と期待を抱かないように自制していた。


 俺の片思いの人の名前は『つむぎ』。


 比名(ひな) (つむぎ)


 好きな人が比名さんだったら、あれほどの美少女だったのなら、どれだけ嬉しいことだろうか。


 可能性はある。

 だが違う可能性だって大いにある。


 俺が知っているのは、片思いの彼女が同じ地域に住む近い世代の『つむぎ』という名前の女性ということ。


 だが『つむぎ』は俺達の世代が生まれた時に、女子につける人気の名前だったらしく、この学校にも同じ学年に六人いる。近隣の他の高校や、高一(後輩)高三(先輩)まで含めるとかなりの人数になる。


 その中で想い人が比名さんであるだなんて、そんな都合が良いことがあるわけがない。


 あるわけが無いんだ。


ーーーーーーーー


 七月七日。

 七夕。


 その日の午後、俺は足取り軽く、少しのドキドキと共に、近くの商店街へと向かった。


「この時間ならもう来てるよな」


 まるで織姫と彦星のように誰かに会うのを待ち遠しく思っているかのようなセリフだが、そうではない。


 俺が向かったのは、商店街の一角に置かれていた大きな笹。


 そこに願い事を書いた短冊を飾るイベントが毎年行われているのだ。


「おおー、大盛況だな」


 小さな子供達が短冊に願い事を書いて楽しそうに飾り付けをしている。

 その姿を見ているだけでほっこりした気分になるから、それだけでも来たかいがあったと思える。


「さて、どんな様子かな?」


 俺は短冊を手に取らず、笹に飾られた短冊からあるものを探す。


 人の願い事を覗き見するわけではないぞ。

 この笹は七夕より前に飾られていて、俺はもう短冊を飾ってあったのだ。


 俺が探しているのは自分の短冊。

 そしてそれはすぐに見つかったのだが。


「あれ?」


 願いが書かれた自分の短冊。

 その周囲。


 俺が本当に探していたのは別の短冊だったのだが、あると思っていたそれがそこにはない。


「おかしいな。いつもならもう飾られているはずなのに」


 何度探しても、それは見つからない。


「『つむぎ』ちゃん、今年はまだ来てないのかな。それとも、もう飽きちゃったかな……」


 がっかりして肩を落とす。


 片思いの相手に出会えなかった(・・・・・・・)のだから仕方ない。


「倉敷くん」

「え?」


 意気消沈していたら背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこには信じられない、いや、心の何処かでそうだったら良いなと思っていた人物が立っていた。


「比名……さん?」

「ふふ、こんにちは」


 彼女はいつも通りニコニコ笑顔で……いや、何か違うぞ。


「こ、こんにちは。こんなところで会うだなんて。もしかして比名さんも短冊を飾りに来たのか?」

「……どうかな?」

「それってどういう……いや、それより、比名さん、何か緊張してる?」

「え?」


 なんとなくだが、彼女の笑顔がいつもと違い、少しだけ強張っているような気がした。


 彼女は可愛らしく目を真ん丸にして驚き、そしてやがて元の緊張感を孕んだニコニコ笑顔に戻る。


「バレちゃったか。この後、楽しみなんだけどすっごいドキドキすることが待っててちょっとね」

「ふ~ん、そうなんだ」


 楽しみなんだけど、すっごいドキドキすること。


 一体何のことだろうか。

 

 そのことを考えようとしていたら、話しかけられてしまい思考は霧散した。


「倉敷くんはここで何をしているの?」

「あ……俺?俺は……その……」


 もし彼女があの『つむぎ』ちゃんであるならば、この話をすれば反応するはずだ。 

 だがそうでなければ、今度こそ彼女を悲しませてしまうことにならないだろうか。俺に気があるというのが自意識過剰で無ければ。というかクラス中からそうに違いないと毎日言われてたらそう思ってしまうわ。


 少し悩んだが、素直に話すことにした。

 今後、俺と彼女の関係がどうなるにしろ、この話をするのは避けては通れないだろうとなんとなく思ったからだ。


「前に言った、片思いの相手に会いに来たんだ」

「……ここで待ち合わせしてるの?」


 彼女の返答には間があったが、表情や雰囲気は変わらず緊張した笑みのままだ。

 う~ん、内心が分からない。


「待ち合わせはしてないかなぁ。そもそも顔も知らないしな。それに会うって言っても、実際に会う訳じゃなくて、短冊を使ってちょっとしたやりとりをしてるんだ」

「短冊を使ってやりとり?」


 彼女がそのことを知っているのであれば、その疑問は出て来ない。

 やっぱり彼女は何も知らないのだろうか。

 それとも、とぼけているだけなのだろうか。


「そう。短冊を使って会話をしてるんだ。去年は彼女が先に短冊に願い事を書いて、俺が後でその願い事に対して短冊でコメントする。今年は俺が先に短冊に願い事を書いて吊るしてあるから、彼女がそれにコメントするはずだ」


 今年はまだ彼女の短冊が飾られてなかったけどな。もしかしたら面倒になって止めてしまっただけかもしれないけど。


「面白いね。どうしてそんなことが始まったの?」

「あ~なんでだろうな。覚えてないや、はは」

「本当に?」

「ノーコメントで」


 ばっちりと覚えている。

 だがそれは彼女の願いに関係することだ。簡単に言いふらして良いような内容ではないため誤魔化した。


「そっか、ふふ、優しいね」

「え?」


 彼女のニコニコから緊張が薄れて、いつも通りの、いや、いつもよりも深い喜びを湛えた笑みへと変わり、俺は惹き込まれてしまった。


「それで、その短冊の彼女さんは今年も返事をくれたの?」

「彼女じゃないんだが……いや、今年はまだだったよ。もう良い歳だろうし、止めたくなったのかもな」

「ううん……きっととても大切な理由があるんだよ」

「え?」


 彼女の手にはいつの間にか短冊が握られていた。


「例えば、今年こそは勇気を出すぞ、とかね」


 そして真っすぐ笹に向かうと、俺の短冊を探すことなく(・・・・・・)特定し、その隣にそれを飾ったでは無いか。


 俺と『つむぎ』ちゃんの短冊は、毎年同じような場所に飾っている。

 まさか彼女はその場所を知っていると言うことなのだろうか。


 胸が高鳴る。

 思わず生唾を飲み込んでしまう。

 一気に緊張が押し寄せて来る。


 まさか。

 まさかまさかまさかまさか。


 彼女は飾りつけを終えると、それを見て欲しいと言わんばかりに道を開けた。


 俺はゆっくりとそこに近づき、彼女が飾った短冊を見る。


『はるとくんの願いが叶いますように つむぎ』


 それは俺達が勝手に決めたルールのようなものだった。


 どちらかが先に願いを書き、後に飾る番の人は『相手の願いが叶うように』との願いを記した短冊を飾る。


 彼女はそれを知っていた。

 そしてそれを俺の短冊の隣に飾った。


 つまりやはり比名さんは。


「つむぎ……ちゃん?」


 毎年、七夕の時だけ会話ができる想い人。

 俺の初恋の人。


 その子が今、目の前で顔を真っ赤にしてニコニコ笑っている。




「『はると』くん、好きです」




 その言葉に頭が真っ白になった。


 想い人が、そうだったらいいなと密かに期待していた比名さんで、しかも告白までされたら当然だろう。


 嬉しさでどうにかなってしまいそうになっても変じゃないよな。


 いや、そうじゃないだろ。


 彼女が勇気を出して告白してくれたんだ。


 女の子の方から告白してくれたんだ。


 しっかり返すのが男ってものだろう。




「俺も好きだ。『つむぎ』ちゃん」




 その瞬間、比名さんの瞳から涙が零れ落ちた。


 俺は慌てて彼女に身体を寄せ……


「あ~なかせちゃった!」

「おんなのこをなかせちゃだめなんだよ!」

「いまのこくはくってやつだよね!」


 しまった。

 ここは商店街で、近くでは子供達が短冊に願いを書いていた。

 周囲には親達もいて、当然それ以外にも人が多い。


 めっちゃ多くの人に見られてるうううううううう!


「つ、『つむぎ』ちゃん!こっち!」


 俺は慌てて彼女の手を取り、人気(ひとけ)が少ない近所の公園へと走った。


ーーーーーーーー


「ご、ごめんね。私ったら感極まっちゃってつい……」

「い、いや、それは構わないんだけど……もう大丈夫?」


 比名さんは走りながらも泣いていて、俺は嬉しさよりも、こんなところを見つかったら通報されるのではないかという不安の方が大きかった。


「大丈夫じゃない」

「え?」

「嬉しすぎてもっと泣いちゃいそう」

「う……」


 何この可愛い生き物!

 嬉死んじゃうわ!


 だが死ぬにはまだ早い。

 俺の気持ちが分かったからか、彼女はこれまで隠していた事実を惜しげもなく公開しはじめたのだ。


 これから俺は、彼女の想いの強さを知り、無限に嬉死させられることになる。


「『はると』くんに好きになって貰えるように頑張って良かった」

「え?」


 それは、学校で毎日話しかけてきたことなのだろうか。

 一瞬そう思ったのだが、全く別のことだった。


「『はると』くんに好きになってもらえるように可愛い子になろうってずっと頑張ったの。小さい頃の私って野暮ったい感じだったから、このままじゃがっかりさせちゃうって思って」


 つまり彼女の『美少女』や『深窓の令嬢』は努力の賜物だということだ。瑞々しい肌も、サラサラの髪も、全身の程よい肉付きも、全ては俺に好きになってもらうため。


 やばい、嬉しすぎて顔が気持ち悪くにやけてしまう。

 比名さんみたいに綺麗なニコニコ笑顔なんて俺は無理なんだよ!


「あ、ありがと……う?」


 この反応は正しいのだろうか。

 いや、正しいと信じよう。


「お礼を言うのは私の方だよ」


 彼女の可愛らしさに打ちのめされようとしていた俺だが、彼女のこの言葉で冷静さが戻って来た。


 俺には分かっていた。

 彼女が何故俺のことを好きだと思ってくれていたのかを。


 そしてそれは少しだけシリアスな話なのだ。

 浮かれながら聞けるようなメンタルは俺には無い。


「あの日、『はると』くんの短冊のおかげで、私は救われました」


 あの日とは、俺達が短冊でコミュニケーションを取り始めた最初の七夕の事。


 その日の事を俺は今でも覚えている。


 小学生の頃、両親に連れられてやってきた商店街の短冊コーナー。


 俺は願い事を書きたい気持ちは全く無かったのだが、両親に書いてみたらと強く勧められて、面倒だったけど適当なことを書いた。確かゲームソフトが欲しいとかそんな内容だったはずだ。

 その七夕を飾って、他の人は何を書いているのだろうとなんとなく見たら、『つむぎ』ちゃんの短冊を見つけて俺は慌てて短冊を書き直し、彼女の隣にそれを飾った。




『おかあさんのびょうきがなおりますように つむぎ』

『つむぎちゃんのねがいがぜったいにかないますように!!!!!!!!!!!!!!!! はると』




 改めて思い出すと気恥ずかしいけれど、当時は顔も知らないのに、『つむぎ』ちゃんのことが心配で滅茶苦茶真剣に書いた。神社にも行って、『つむぎ』ちゃんのお母さんの病気が治るように願ったのはとても恥ずかしいので彼女には秘密だ。


「本当にありがとう。お母さんが助かったのは『はると』くんのおかげだよ」

「あはは、そう……かな?」

「間違いないよ。それに、私も救われた。お母さんが入院することになって、死んじゃ嫌だって思って苦しくて、絶望して、神社に何度もお参りして、あの笹のところにも何度も何度も行ってお願いしたの」


 子供にとって親が失われることほど辛いことは無い。彼女のお母さんの病名は知らないけれど、死んでしまうかもしれないと一度でも思ってしまったのならば、それは地獄とも思える程に苦しい日々だったに違いない。


「そうしたらある日、すぐ隣の短冊に私の名前が書かれていることに偶然気が付いて、私の願いを支えてくれている人がいることを知ったの。嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて、不安だった心に力が湧いてきて、お母さんが不安にならないように、病気を治すことに集中できるように頑張ろうって思えたの」


 それが彼女が俺を想うきっかけになったことだったのだ。


 とはいえ、俺自身、別にこの行為により『つむぎ』ちゃんが俺のことを好きになってくれたかもなんてことは一度も思ったことはない。もし『つむぎ』ちゃんが比名さんで、彼女が俺のことを会う前から好きだと思ってくれていたとするならば、このこと以外に原因は無いだろうなと思ったくらいだ。


 なお、俺の方はもっと単純で、翌年の七夕に彼女が俺の短冊に返事をくれたことが嬉しくて好きになってしまったりする。男なんてそんなもんだ。


『はるとくん、きょねんはありがとうございました。お母さんはたすかりました。はるとくんのねがいがかないますように つむぎ』


 これ以来、相手の願いが叶うようにって交互に書くような流れに自然となっちゃったんだよな。


「だからもう一度言うね。『はると』くん、ありがとう」

「どういたしまして」


 今年は彼女のニコニコ笑顔をたくさん見たけれど、今の笑顔が一番素敵かもしれないな。


 とはいえ、そのことをここで伝えるのは無粋というものだ。


 俺はたっぷりと心地良い空気感を堪能した後、気になっていることを聞いてみた。


「そういえば、どうして『つむぎ』ちゃんは俺のことを知っていたの?」


 俺の名前『はると』も『つむぎ』と同じく、生まれた時に男の子の名前として人気だったものだ。同じ名前の男子と何人も会ったことがある。だから短冊の名前と同年代という条件だけでは相手を特定できないはず。


 とはいえ、考えられる理由は一つしか無いけどね。


「う…………実は、『はると』くんがどんな男の子かなってこっそり笹を見てました」

「やっぱりかぁ~」


 俺も『つむぎ』ちゃんがどんな子か気になってたんだけど、なんか気恥ずかしくて毎年見ないで帰っちゃったんだよ。見つけた所で、話しかける勇気もなかったしな。


「しかも毎年」

「毎年!?」


 そんなに見られてたのかよ。流石に気付けよ俺。


「本当は声をかけたかったんだけど、勇気が無くて」


 そこは俺と同じだったんだな。


「それに、私は『はると』くんのことが好きだったけど、『はると』くんは私を好きになる理由は無いから、声をかけて告白しても失敗するかもと思って怖くて」

「え?」


 そういえば昔は見た目が野暮ったいとかって言ってたな。

 だから告白が失敗するかもって思ったのか。俺は別に気にしないで喜んだと思うけどな。


「だから好きになって貰えるように頑張って、結果が出たら告白しようって思ってたの」

「ま、まさか高二になるまでずっと?」

「うん」


 俺に好きになってもらうために十年以上も頑張って自分を磨いてたってこと!?


 そんなの溺れるくらい好きになっちゃうに決まってるだろうがああああああああ!


 やばい、可愛すぎて悶えてしまいそう!

 思いっきり抱き締めてたっぷり撫でて『頑張ったね、可愛いよ』って連呼したい!


「四月に同じクラスになったのが嬉しくて、すごいドキドキしたけど嬉しさの方が上回っちゃって何度も話しかけちゃった。本当はもっと沢山お話したかった。すぐにでも告白したかった。でも告白するならやっぱり七夕が良いなって思ってたからなんとか我慢して……」


 今日だって必死に我慢して最高の流れで告白できるように頑張ってたんだな。


 無理。

 もう無理。


 いじらしすぎて耐えられるかこんなの!


「好き」

「え?あ、はい。私も好きです」


 おっと心の声が漏れてしまった。

 いや、別に隠すつもりはないが、彼女の話が終わるまでは耐えられなくても耐えきるつもりだったんだよ。


 でも話は大体終わった気がする。

 じゃあもう我慢する必要はないよな?


「それで、その、『つむぎ』ちゃんは、これからどうしたい?」


 相手に選択を委ねるのは卑怯だろうか。

 だがそうでもしなければ、俺は自分の欲望をぶつけてしまいかねない。


 それほどまでに彼女の愛らしさにノックアウト寸前だ。


 そんな俺に、彼女は全力のストレートをお見舞いして来た。


「一年に一度じゃなくて、これから毎日たくさんお話しして触れ合いたいです!」


 その眩しいまでのニコニコにダウンされてしまった俺は、心の中で一つの決意をした。


 織姫と彦星のように、イチャイチャしすぎて七夕しか会えなくなるようなことがならないように、必死に自制しようと。




 でも七夕の今日くらいは、全力でいちゃついても良いよな?


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― 新着の感想 ―
つむぎちゃんにとって、はるとくんとは七夕しか会えない(目にすることができない?)織姫と彦星の関係だったんですね! 素敵なお話、ありがとうございました。
織姫と彦星みたいに、年1とは言わない。 毎日イチャイチャしとけ 面白かったです。
長年の思いがかなったのは嬉しいでしょうが。確かに伝説を反面教師に、しっかり自制して付き合ってるから行ってほしいですねw 七夕の投稿、お疲れ様でした。
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