熱弁のスライム革命
会議室のドアが勢いよく開かれた。間苧谷部長が両手を広げて入ってくる姿は、まるで魔王が城に帰還したかのようだった。
「諸君!プレゼンは大成功だった!」
彼の声は会議室中に響き渡る。社員たちが拍手する中、部長は両手を上げて静かにするよう促した。
「だがしかし!」
突然、彼の声のトーンが変わる。目が赤く光り始めた。
「我々の真の戦いはここからだ。明日の東京タワーでの儀式に向けて、今日は全力で企画を練り上げる。世界を滅ぼすかのような、革命的なアイデアが欲しい!」
僕は花子と顔を見合わせた。昨夜見た部長のメールの内容が頭をよぎる。
「全員、一時間後にアイデアを持ち寄れ!」
部長の号令で、社員たちは慌ただしく散っていった。
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「どうする?」
花子が小声で尋ねる。僕たちはコピー機の陰に隠れるように立っていた。
「まずは普通にアイデアを出しながら、部長の様子を探るしかないよ」
緑朗がコーヒーを持って近づいてきた。
「おはよう。昨日のあとは大丈夫だった?」
「うん、なんとか…」
僕は少し恥ずかしそうに答えた。スライム化した記憶はほとんどないが、エアコンダクトの中を這いまわったという事実は消せない。
「それより、これ見て」
緑朗がスマホを見せてきた。東京タワーの予約情報だ。
「明日の夜、展望台が貸切になってる。予約者は…」
「間苧谷商事…」
僕たちは顔を見合わせた。
「とにかく今日は普通に仕事をして、部長の警戒を解くしかない」
僕の言葉に二人は頷いた。
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会議室に再び集められた社員たちの表情は緊張に満ちていた。間苧谷部長は先頭に立ち、腕を組んでいる。
「では始めよう。革命的なアイデア合戦だ!」
一人目の社員が立ち上がり、プレゼン資料を映し出した。
「えーと、弊社の新商品『滅びのエナジードリンク』という企画です…」
「弱い!」
部長の一喝で社員は座り込んだ。次々と社員たちが立ち上がるが、どれも部長の目には適わない。
「違う!もっと破壊的なアイデアだ!人間界を根底から覆すような!」
部長の目が赤く光る。社員たちの間に動揺が広がる。
「次、粘田君!」
突然名前を呼ばれ、僕は慌てて立ち上がった。実は何も準備していない。
「えっと…」
言葉に詰まる僕の足元から、緑色の液体が漏れ出した。緑朗のドリンクだ。ポケットに入れていたボトルが割れたらしい。
「あっ…」
その液体が僕の足を伝い、みるみるうちに体が変化し始めた。右半身がスライム化したのだ。
会議室がざわめく。
「これは…」
間苧谷部長の目が大きく見開かれた。
咄嗟に思いついたアイデアを、僕は叫んだ。
「新企画です!『人間とモンスターの共存社会』!」
スライム化した右手を高々と掲げる。
「現代社会は多様性が求められています。しかし、本当の多様性とは何でしょう?それは種族を超えた共存です!」
会議室は静まり返った。僕は勢いに乗って続ける。
「我々の会社が先駆けとなり、モンスターの雇用を始めるのです。彼らの特殊能力を活かした新サービスの展開!スライムの清掃サービス、ゴブリンの接客…」
言いながら、僕は緑朗を見た。彼は苦笑いしながら小さく頷いた。
「人間界とモンスター界の架け橋となる、革命的ビジネスモデルです!」
プロジェクターに映った僕の姿は、半分人間、半分スライムという奇妙な光景だった。しかし、その独特な存在感が会議室の空気を変えていく。
「なるほど…」
間苧谷部長が顎に手を当てる。彼の目の赤い光が少し和らいだような気がした。
「面白い発想だ。確かに革命的だ…」
部長の言葉に、社員たちからも賛同の声が上がり始めた。
「私も意見があります!」
花子が立ち上がった。
「粘田さんの案に追加して、『魔法技術の現代応用』はどうでしょう?異世界の魔法を現代技術と融合させた新製品開発です!」
彼女は堂々と語り始めた。元勇者の知識を活かした提案だ。
「たとえば、魔力を使った無公害エネルギー、回復魔法を応用した医療機器…」
次々と斬新なアイデアが飛び出す。社員たちも触発され、自分なりの意見を述べ始めた。
「モンスター観光ツアーはどうでしょう?」
「魔法通信網の構築!」
「異世界食材のレストランチェーン!」
会議室は熱気に包まれた。間苧谷部長は腕を組み、じっと聞いている。
「皆、素晴らしい…」
部長がゆっくりと立ち上がった。社員たちは息を呑む。
「これこそ私が求めていたものだ。革命的で、世界を変えるアイデア」
部長の声は低く、重々しい。
「しかし…」
彼の目が再び赤く光る。
「これらは全て、明日の儀式の後に実現することになるだろう」
僕は花子と緑朗に目配せした。やはり部長は儀式を諦めていない。
「明日の東京タワーでの会議では、これらのアイデアをさらに発展させよう。全員、参加するように」
「はい!」
社員たちが声を揃える。部長は満足げに頷いた。
「では解散だ。明日に備えて英気を養え」
部長が会議室を出ていくと、社員たちもそれぞれ自分の席に戻っていった。
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「どうする?」
緑朗が小声で尋ねた。僕たちは給湯室に集まっていた。僕の右半身はまだスライム状態だ。
「明日の儀式に全員を集めるつもりみたいだね」
花子が心配そうに言う。
「でも、今日の会議で一つわかったことがある」
僕は右手のスライム部分を見つめながら言った。
「部長は本当に世界征服…じゃなくて、世界を変えたいと思ってるんだ。彼なりの方法で」
「つまり?」
「明日、僕たちも東京タワーに行こう。そして、今日出たアイデアを本気で提案するんだ」
「え?儀式を止めないの?」
花子が驚いた顔をする。
「止めるよ。でも、力ずくじゃなく、『別の革命』を提案するんだ」
僕はニヤリと笑った。スライムの柔軟性と人間の知恵を合わせれば、きっと部長の心も変えられるはずだ。
「モンスターと人間が共存する世界…悪くないかもね」
緑朗が笑った。彼の目には少し期待の光が宿っていた。
「明日が勝負だね」
花子も決意を固めたように頷いた。
窓の外では、東京タワーが夕日に照らされて赤く輝いていた。明日、あの場所で何が起こるのか。
僕は右手のスライム部分を握りしめた。それは柔らかく、しかし確かな手応えがあった。




