表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/289

EVEプロジェクト始動

期末の忙しさに追われる三月末日。社内はいつも以上の緊張感に包まれていた。


窓際の席で資料を眺めていた僕、粘田透(元スライムのぷる男)は、ふと壁に背中がぴったりとくっついていることに気づいた。


「あっ、またやってる…」


慌てて体を引き剥がす。スライム時代の癖が抜けず、無意識に壁や床にくっついてしまうのだ。幸い、今回は誰にも見られなかったようだ。


「粘田くーん!コピー機が暴走してるよー!助けてー!」


勇田花子の悲痛な叫び声。彼女は元勇者なのに、なぜかコピー機との戦いだけは常に敗北する。


「はいはい」


コピー室に向かうと、花子が紙詰まりと格闘していた。紙を引っ張る姿は、まるで魔物と戦っているかのよう。


「ねえ粘田くん、この機械って魔力で動いてるの?」


「いや、電気だよ」


「でも反応しないんだもん!剣で切り裂きたい!」


「それだけはやめて」


コピー機の修理を終えると、社内放送が鳴り響いた。


「緊急会議を十分後に開催します。全社員、第一会議室にお集まりください」


アナウンスの声は総務課の佐藤さんだが、どこか緊張感が漂っていた。


「なんだろう?」花子が首を傾げる。


「さあ…」


会議室に向かう途中、消火器「セバスチャン」の前を通りかかった。なぜかこの消火器だけが名前を持ち、社員全員から敬意を払われている。


「今日も立派だね、セバスチャン」


花子が消火器に向かって敬礼した。気のせいか、消火器が微かに揺れたような…。


会議室に入ると、すでに多くの社員が集まっていた。最前列には間苧谷部長の姿。彼は元魔王だが、今はただのパワハラ上司として恐れられている。


「皆、集まったな」


間苧谷部長が立ち上がると、室内の空気が一気に重くなった。彼の背後には「新規事業計画」と書かれた巨大なスライドが映し出されている。


「本日より、我が社は新たなプロジェクトを始動する」


部長の目が赤く光った気がした。


「その名も…EVE(Evil Vs. Excel)プロジェクトだ!」


会議室がざわめいた。


「Evil?」「Excel?」「悪とエクセルの戦い?」


様々な声が飛び交う中、部長は続けた。


「諸君らも知っての通り、我が社には…特殊な人材が揃っている」


部長の視線が僕や花子、そして入口付近で立っている小振田緑朗(元ゴブリン)に向けられた。


「異世界の知識と現代のテクノロジーを融合させ、新たなビジネスモデルを構築する。それがEVEプロジェクトの目的だ」


スライドが切り替わり、複雑な図表が表示された。中央には「異世界×現代=利益」という不思議な方程式。


「例えば、スライムの特性を活かした新素材開発。勇者の直感力を生かした市場予測。ゴブリンの適応力を活用した顧客サービス」


部長の説明に、社員たちの表情が次第に変わっていく。半分は困惑、半分は興味津々といった具合だ。


「質問はあるか?」


恐る恐る一人の社員が手を挙げた。


「このプロジェクト、具体的にどんな商品を…」


「滅びよ人間!」


部長が突然叫んだ。会議室が凍りついた。


「…すまん、癖だ。質問に答えよう」


部長は咳払いをして続けた。


「具体的な商品例としては、『魔力充電式モバイルバッテリー』『スライム成分配合洗剤』『ドラゴン鱗風防水カバー』などを考えている」


なるほど、異世界の特性を現代製品に応用するということか。


「あの、質問です!」


花子が元気よく手を挙げた。


「魔法詠唱が必要な製品は、呪文を忘れた時のサポート体制はありますか?」


会議室が静まり返った。普通の社員には意味不明な質問だ。


「…それは製品マニュアルに記載する」


部長は真顔で答えた。


「他に質問は?」


僕は思わず手を挙げていた。


「粘田か。何だ?」


「このプロジェクト、僕たち転生者だけでなく、一般社員も参加するんですか?」


部長はにやりと笑った。


「もちろんだ。全社一丸となって取り組む。ただし、プロジェクトメンバーの選定は私が行う」


その言葉に、一般社員たちの表情が緊張に染まった。魔王の選定とは…。


「では、プロジェクトリーダーを発表する」


部長がスライドを切り替えると、そこには驚くべき名前が。


「粘田透」


え?僕?


「粘田、前に出ろ」


震える足で前に進むと、部長が僕の肩に手を置いた。その手から異様な熱を感じる。


「諸君、粘田はスライムとしての柔軟性と、人間としての適応力を兼ね備えた人材だ。彼こそがこのプロジェクトにふさわしい」


会議室から拍手が起こる。しかし、それは義務的なものだった。


「粘田、一言どうぞ」


突然のことに頭が真っ白になる。


「あ、あの…えっと…」


その時、何かが僕の中で変わった。スライム時代の本能が呼び覚まされたのか、言葉が自然と口から溢れ出した。


「皆さんの協力なしでは成功しません。異世界の知恵と現代の技術を融合させ、新たな価値を創造しましょう。柔軟に、そして粘り強く…」


自分でも驚くほど堂々とした発言。会議室の空気が変わった。


「流石だな」部長が満足げにうなずく。


会議終了後、社員たちが三々五々と部屋を出ていく。花子が駆け寄ってきた。


「すごいじゃない!プロジェクトリーダーだって!」


「いや、自分でも驚いてる…」


「でも、部長が選んだってことは…」


花子の表情が曇った。魔王が選ぶリーダーには、何か裏があるのかもしれない。


「大丈夫だよ」


小振田緑朗が近づいてきた。コンビニ店員の制服を着ている。


「部長は本気で君を評価してるよ。魔王は人を見る目がある」


「そうかな…」


「それより」緑朗が声を潜めた。「このEVEプロジェクト、単なるビジネス以上の何かを感じないか?」


「どういうこと?」


「部長の目的は、ただの利益じゃない気がする。異世界と現代の融合…それは一体何のために?」


確かに、部長の説明には何か引っかかるものがあった。


「とにかく気をつけて。僕はコンビニのシフトがあるから行くけど、何かあったらすぐ連絡して」


緑朗は小走りで去っていった。


会議室に残ったのは僕と花子、そして最後の一人、部長だけになった。


「粘田、明日から君のデスクを移動してもらう。プロジェクト専用のスペースを用意した」


「はい、ありがとうございます」


「期待しているぞ」


部長が出ていくと、花子が小声で言った。


「ねえ、このプロジェクト、本当に大丈夫?」


「どうだろう…でも、やるしかないよね」


「そうだね。私も勇者として、いや、OLとして全力でサポートするよ!」


花子の目に決意の光が宿った。


オフィスに戻る途中、またしてもセバスチャンの前を通る。今度ははっきりと感じた。この消火器から漂う違和感。まるで…生きているかのような。


「気のせいじゃない」


振り返ると、セバスチャンは確かに僕の方を向いていた。さっきまでとは向きが違う。


EVEプロジェクト。異世界と現代の融合。そして動く消火器。


この会社で、何かが始まろうとしている。


デスクに戻り、パソコンを開くと、部長からのメールが届いていた。


件名:「EVEプロジェクト 極秘資料」


添付ファイルを開こうとした瞬間、画面が真っ赤に染まり、奇妙な文字が浮かび上がった。


「魔界ポータル起動準備完了」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ