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剣の覚醒

社内のパソコンが一斉に青い光を放ち始めたのは、午後三時十五分のことだった。


「また始まった…」


私は溜息をつきながら、スライム化しそうな指先を見つめる。先日の「システム支配計画」騒動から一週間。どうやら我が社の異常事態はこれで終わりではないらしい。


「粘田さん!見て!」


勇田花子が私のデスクに駆け寄ってきた。彼女の手には、なぜかペーパーナイフが握られている。いや、よく見るとそれは…


「それって…剣?」


「そう!浄化の聖剣よ!」


花子の目が異様に輝いている。小さなペーパーナイフだったはずのものが、今や淡い光を放つ短剣に変わっていた。


「久しぶりに力が戻ってきた感じがする…」


彼女はその短剣を前に掲げ、まるで何かの呪文を唱えるように目を閉じた。すると、剣から放たれる光が徐々に強くなり、オフィス内に拡散していく。


「おい、勇田!何をしている!」


間苧谷部長が自分のオフィスから飛び出してきた。彼の額には、小さな角のようなものが浮かび上がっている。


「システムに異常が発生しています!」


総務課長が慌てて報告する。「全社のパソコンが再び異常な動きを…」


「黙れ!」


部長の声が轟き、オフィス内の電気が一瞬消えた。再び点灯した時、部長の姿が変わっていた。黒いスーツではなく、漆黒のローブを纏い、手には赤く輝く杖を持っている。


「魔王の力が…戻ってきたか」


部長は自分の手を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。


「部長、何が起きているんですか?」


私は床から自分を引き剥がしながら(またスライム化して床にくっついてしまった)尋ねる。


「愚問だ、粘田」部長は杖を掲げる。「異世界と現実の境界が薄れているのだ。我々の本来の姿が現れ始めている」


確かに、オフィス内を見回すと、同僚たちの姿が少しずつ変化していた。経理部の鈴木さんの耳がエルフのように尖り、営業部の田中さんの背中からは小さな翼が生えている。


「これは…」


「浄化の剣技・解放」


花子の声が静かに響いた。彼女の周りには純白の光の輪が広がり、短剣は今や正真正銘の聖剣に変わっていた。


「数十年ぶりね…この感覚」


彼女はゆっくりと剣を構え、まるで見えない敵と対峙するように姿勢を正した。


「待て、勇田!」部長が制止する。「その力を解放すれば、オフィスが…」


「でも、このままでは魔力の暴走が止まりません!」花子が叫ぶ。「システムが完全に異世界と同期してしまいます!」


その時、エレベーターのドアが開き、小振田緑朗がコンビニの制服姿で飛び込んできた。


「大変です!街中で人々が変身し始めています!」


彼の額には小さな角が生え、肌は薄い緑色に変わっていた。完全なゴブリンの姿だ。


「ゴブリンの直感で感じたんです。この辺りが異変の中心だって」


オフィスの窓から外を見ると、確かに街の様子がおかしい。空には紫色の靄が漂い、歩行者の中には獣人や翼のある存在が混じっている。


「これは予想以上の事態だな…」部長が呟く。


「部長のせいでしょ!」花子が剣を向ける。「またシステムを魔力で強化しようとしたんでしょう?」


「違う!」部長は強く否定した。「今回は私ではない。だが…」


彼は窓の外を見て、表情を険しくした。


「かつての部下たちが動き始めたようだ」


「部下?」


「私が魔王だった頃の…」


突然、オフィスの床が揺れ始めた。コピー機から黒い霧が噴き出し、それが人型に変形していく。


「魔王様…お久しぶりです」


霧が晴れると、黒いローブを着た男が立っていた。


「カイル!」部長が驚きの声を上げる。「お前がこの仕業か?」


「はい。魔王様が人間界に溶け込んでしまったので、私たちで魔界との接続を復活させることにしました」


カイルと呼ばれた男は丁寧に一礼する。その背後には、コピー機から次々と黒い霧の人影が現れていた。


「我々の目的は魔王様の復権です。人間界と魔界を融合させ、再び魔王様の支配下に置きます」


「バカな!」部長が怒鳴る。「私はもう魔王ではない!間苧谷京一という一会社員だ!」


「そんな…」カイルは困惑した表情を浮かべる。「では、このシステム魔法は…」


「私よ」


花子が一歩前に出た。聖剣が彼女の手の中で輝きを増す。


「勇者として、魔界の侵攻を感じ取ったの。だから防衛本能で剣の力を呼び覚ました」


「なるほど」カイルは冷笑する。「かつての勇者様か。しかし、今のあなたに何ができる?」


「見せてあげる…」


花子は深く息を吸い込み、剣を天に掲げた。


「浄化の剣技・極光閃!」


彼女の剣から眩い光が放たれ、オフィス内を満たした。黒い霧の人影たちが悲鳴を上げ、後退する。


「素晴らしい…」部長が感嘆の声を上げる。「さすが勇者だな」


「でも、これだけでは足りない」花子は息を切らしながら言う。「彼らの魔力源を断たないと…」


そこで私は思い出した。スライムの特性を使えば、魔力の流れを感知し、遮断できるかもしれない。


「僕にやらせてください」


私は勇気を出して言った。全員の視線が私に集まる。


「粘田…お前に何ができる?」部長が疑わしげに尋ねる。


「スライムの特性と氷結の王の力を使って、魔力の流れを凍結させます」


私は意を決して、完全にスライム化した。体が透明な青色に変わり、床に広がっていく。


「コピー機に向かって!」花子が叫ぶ。「あれが魔力の入り口よ!」


私はスライム状態でコピー機に向かって這っていった。黒い霧の中、カイルが私を阻止しようとする。


「させるか!」


彼の放った黒い魔力の弾が私を通り抜けた。スライムの特性で物理攻撃が効かないのだ。


コピー機に到達した私は、全身で機械を包み込み、氷結の力を発動させた。青白い冷気がスライム体から放出され、コピー機を覆い始める。


「やめろ!」カイルが叫ぶ。


「粘田さん、がんばって!」花子が応援する。


「我が部下よ…」部長も杖を掲げ、赤い魔力を放出した。「私は魔王ではなくなったが、お前たちを止める力はある!」


部長の魔力と花子の聖なる力が混ざり合い、カイルたちを押し返していく。


私はコピー機を完全に凍結させた。霧の流入が止まり、カイルたちの姿が薄れていく。


「魔王様…必ずまた…」


カイルの最後の言葉が消え、オフィスに静寂が戻った。


私はスライム状態から人間の姿に戻り、疲れ果てて床に座り込んだ。花子の剣は再びペーパーナイフに戻り、部長のローブもスーツに変わっていた。


「なんとか…収まったみたいですね」


窓の外を見ると、街の異変も徐々に元に戻りつつあった。


「粘田」部長が近づいてきた。「よくやった」


「ありがとうございます…」


「しかし、これで終わりではないだろう」部長は真剣な表情で言った。「魔界との接続が一度開いてしまった以上、再び何かが起こる可能性がある」


「対策は?」花子が尋ねる。


「当面は通常業務を続けながら、警戒を怠らないことだ」部長は腕を組む。「そして…」


彼は小さく笑った。


「今週の飲み会では、みんなの隠された力について話し合おう。我が社の真の力を知る時が来たようだ」


私たちは顔を見合わせ、苦笑した。平凡なはずのオフィスが、これからどんな異世界的空間に変わっていくのか。


「とりあえず、今日の残業は中止だ」部長が宣言した。「全員、今日は早く帰って休め」


「やったー!」


社員たちから歓声が上がった。これが唯一の正常な反応かもしれない。


私は自分のデスクに戻り、荷物をまとめ始めた。指先がまだ少し透明で、床にくっついてしまう。


「粘田さん」


花子が近づいてきた。


「はい?」


「あなた、思ったより頼りになるわね」彼女は微笑んだ。「スライムなのに」


「…ありがとうございます」


複雑な気持ちで答えると、彼女はクスッと笑った。


「明日からも、よろしくね」


彼女が去った後、私は窓の外を見た。夕焼けに染まる新橋の街並み。どこにでもある日常の風景。


しかし、その下では異世界と現実が少しずつ融合しつつある。


明日はどんな一日になるだろう。でも、今日のところは…早く帰って、ビールでも飲もう。

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