表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/289

システム支配計画

間苧谷部長が会議室から威風堂々と現れた。その表情には、いつもの魔王の風格に加えて、何か企みを秘めた怪しさが漂っている。


「諸君、我が社の次なる戦略を発表する!」


部長の声が会議室に響き渡る。スクリーンには「人間界支配計画 Phase 1: システム支配」と大きく表示されている。私は思わず椅子から滑り落ちそうになった。


「人間界を支配するには、まずシステム支配からだ!」


部長は拳を天井に向かって突き上げる。その瞬間、蛍光灯が一瞬ちらついた。


「先日の氷結の王事件で気づいたのだ。現代社会の真の力はITシステムにある。我々はこれを利用して、密かに世界征服を...」


突然、社内の非常ベルが鳴り響いた。


「なんだ?我が演説の最中に」


部長が眉をひそめる中、総務課長が慌てて駆け込んできた。


「部長!システム障害が発生しています!全社のパソコンが突然再起動し、画面に『魔力検知:危険レベル』と表示されています!」


「何!?」


部長の顔が青ざめる。


「システム部門の緊急メンテナンス要請を出しました。羽羽月システムの技術者が今向かっているそうです」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアが開き、白衣を着た女性が現れた。


「羽羽月システムの月島です。緊急対応に参りました」


彼女はクールな表情で会議室に入ってきた。髪を一つに結い、眼鏡の奥の瞳は鋭い。


「状況を教えてください」


部長が事態を説明する間、私は自分の席に戻ろうとしたが、またしても床に張り付いてしまった。スライムの習性は本当に厄介だ。


「粘田さん、また床にくっついてますよ」


勇田花子が小声で教えてくれる。彼女は元勇者だけあって、こういう非常事態でも冷静だ。


「すみません...緊張すると...」


ようやく体を引き剥がし、自分のデスクに向かう。パソコンの画面には確かに「魔力検知:危険レベル」の文字。さらに、「異世界接続:確立中」というポップアップも表示されている。


「これは...」


月島技術者がサーバールームから戻ってきた。彼女の表情は更に険しくなっている。


「診断結果が出ました」


全員の視線が彼女に集中する。


「これは単なるシステム障害ではありません。異世界魔法の暴走です」


会議室がざわついた。


「具体的には?」部長が問いかける。


「貴社のシステムに魔力が流入し、データベースが異世界と同期しようとしています。しかも、先日の氷結の王事件とは異なり、今回は意図的なものです」


「意図的だと?」


「はい。誰かが貴社のシステムを利用して、異世界と現実世界を繋ごうとしています」


その瞬間、私のパソコンから青い光が漏れ始めた。他の社員のパソコンも同様だ。


「全員、パソコンから離れてください!」月島が叫ぶ。


しかし遅かった。各デスクのパソコンから青い霧のようなものが立ち昇り、オフィス内に広がっていく。


「これは...魔力の具現化!?」花子が驚きの声を上げる。


霧の中から、小さな生き物のシルエットが見え始めた。スライムのような、ゴブリンのような...


「我が社が乗っ取られる!」部長が叫ぶ。「全員、非常事態対応プロトコルを実行せよ!」


混乱の中、私は自分の体が変化していくのを感じた。指先が透明になり、スライム化が始まっている。先日の氷結の王の力も同時に目覚め、指から冷気が漏れ出した。


「粘田さん!」花子が駆け寄ってくる。「あなたの力が必要です!」


「僕に何ができるんですか...」


「あなたはスライムの特性と氷結の王の力を持っています。魔力の流れを感知できるはず!」


そう言われて、私は意識を集中した。スライム化した手をパソコンに近づけると、魔力の流れが感じられる。確かに異常だ。しかし...


「これは...外部からの侵入ではない」


「何?」


「内部から発信されている魔力です。しかも...」


その時、オフィスのドアが勢いよく開いた。


「すみません!お邪魔します!」


コンビニ店員の制服を着た小振田緑朗が飛び込んできた。


「小振田さん?今日は休みじゃ...」


「重大な情報を持ってきました!」彼は息を切らしている。「私のコンビニに来たお客さんから聞いたんですが、この辺りで『システム支配計画』という怪しい話が広まっているそうです」


全員の視線が部長に向けられた。


「な、何を見ている!私は関係ない!」部長が慌てて否定する。


小振田は続ける。「そのお客さん、黒いマントを着て、『滅びよ人間』と言いながらおにぎりを買っていったんです」


「...」部長の顔が引きつる。


「部長...」花子が疑わしげに見つめる。「もしかして、この魔力の暴走...」


「違う!私は...」


その時、月島技術者が割り込んだ。「魔力の発生源を特定しました。間苧谷部長のパソコンからです」


「えっ!」


全員の視線が再び部長に集中する。


「仕方ない」部長はため息をついた。「認めよう。私だ」


「部長、いったい何を...」


「世界征服の第一歩としてシステム支配を計画した。先日の氷結の王事件で気づいたのだ。現代社会はシステムに依存している。それを支配すれば...」


「でも、魔力の暴走は計画外だったんですね?」私が尋ねる。


「ああ。単に社内システムを魔力で強化しようとしたら、予想外の反応が起きた」


「それが異世界との接続を引き起こしたんですね」月島が分析する。


「しかし、この状況を放置すれば...」花子の表情が暗くなる。


「異世界の存在が大量に現実世界に流れ込む可能性があります」月島が冷静に説明する。「最悪の場合、現実世界が異世界化するでしょう」


「それは...」


私はふと自分の手を見た。スライム化と氷の力。異世界と現実の融合。


「僕にできることがあるかもしれません」


全員の視線が私に向けられた。


「スライムの特性を使って、魔力の流れを遮断できるかも」


「できるのか?」部長が食いつく。


「やってみます」


私はサーバールームへ向かった。完全にスライム化した体で、メインサーバーに接触する。氷結の王の力も使い、魔力の流れを凍結させていく。


「魔力の流れが止まっています!」月島の声が聞こえる。


しかし、何かがおかしい。魔力が私の体に吸収されていく。情報の断片が脳裏に流れ込んでくる。


「これは...部長の記憶?」


魔王時代の記憶、人間界に来てからの孤独、そして...会社を通じて世界を支配したいという野望。


「粘田さん!」花子の声が遠くから聞こえる。「大丈夫ですか?」


意識が遠のきそうになる中、私は必死に踏みとどまった。


「部長...あなたの気持ち、わかります」


「何?」


「異世界から来て、この世界に適応するのは難しい。でも...」


私は魔力を完全に吸収し、人間の姿に戻りながら言った。


「世界征服よりも、この会社で一緒に働く方が...楽しいと思いませんか?」


部長は沈黙した後、小さく笑った。


「...バカな部下だ。だがそれも悪くない」


システムは正常に戻り、魔力の暴走は収まった。月島技術者は対策ソフトをインストールし、今後同様の事態が起きないよう設定してくれた。


「ただし」彼女は帰り際に言った。「異世界の存在が増えている御社は要注意です。定期的なメンテナンスをお勧めします」


オフィスに平穏が戻った午後、部長が私のデスクにやってきた。


「粘田」


「はい」


「今回の件は内密にしておけ」


「はい...」


「それと...」部長は少し照れくさそうに言った。「今度の飲み会の乾杯の音頭は『繁栄せよ我が社!』にしようと思うが、どうだろう」


「...素晴らしいと思います」


部長は満足げに頷き、自分のデスクに戻っていった。


窓の外を見ると、夕日が沈みかけている。今日も一日、異世界転生者たちの会社は何とか乗り切った。


私の指先から最後の冷気が消えていく。明日はどんな一日になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ