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地下迷宮の謎

「粘田さん、これ見てください!」


花子が差し出したのは、社内メールのプリントアウト。内容を見た瞬間、私の体が一瞬ぬるっと溶けかけた。


『全社員各位:新規プロジェクト「地下迷宮」始動のお知らせ』


「地下迷宮…?」


私は思わず声に出していた。昨日感じた地下からの振動と関係あるのだろうか。


「なんか怪しくないですか?」花子は身を乗り出して小声で言った。「だって普通の会社で『迷宮』って…」


「確かに変だね。でも、会社名が『迷宮商事』だから、なんか関連するプロジェクトなのかも」


「粘田さん!それ違います!うちは『明鏡商事』ですよ!」


「え?あ、そうだった」


スライム時代の記憶力の低さが時々出る。人間になっても直らない悪い癖だ。


そのとき、エレベーターから間苧谷部長が現れた。今日も目が赤く光っている。


「おぬしら、何をこそこそ話しておる?」


「い、いえ!何も!」


私は慌てて立ち上がったが、椅子に足を引っかけてつまずき、床にぺたりと張り付いた。


「また床に張り付いておるな…」部長は呆れた表情で言った。「粘田、花子、会議室に来い」


二人で会議室に入ると、そこには小振田緑朗の姿があった。


「おはよう、ぬる…いや、粘田くん」


小振田は笑顔で手を振るが、その目は何か企んでいるように見える。


「今日から二人には特別任務を与える」


部長が切り出した。「地下迷宮プロジェクトの調査だ」


「調査…ですか?」


「そうだ。地下で何が行われているのか潜入して情報を集めてこい」


花子が首をかしげる。「でも部長、それ普通に聞けばいいんじゃ…」


「駄目だ!」部長は突然声を荒げた。「あれは…私の許可なく始まったプロジェクトだ」


「え?」


「詳細は言えん。とにかく、何が行われているのか探ってこい。特に『ドノ堕ム・ゲン吉』という名前に関連する情報があれば、すぐに報告するのだ」


「ドノ堕ム・ゲン吉…?」


私はその名前を繰り返した。なんだか聞いたことがあるような…。


「わかりました!任せてください!」


花子が急に勇者モードになって胸を張った。異世界では魔王を倒した彼女だが、現代では天然系OLとして働いている。時々、勇者の血が騒ぐらしい。


「よし、行くぞ粘田さん!」


「ちょ、ちょっと待って…」


会議室を出ると、花子はすぐにエレベーターのボタンを押した。


「花子さん、本当に行くの?」


「もちろんです!冒険ですよ、冒険!」


彼女の目が輝いている。完全に勇者モードだ。


エレベーターで地下に降りると、前日見た「立入禁止」の扉があった。しかし今日は、なぜか鍵がかかっていない。


「おかしいな…」


扉を開けると、そこには長い通路が続いていた。壁には不思議な模様が描かれ、青白い光が通路を照らしている。


「わぁ…まるで異世界の洞窟みたい」


花子が目を輝かせる。


「花子さん、これヤバいよ。会社の地下にこんなの普通じゃない」


「だからこそ調査するんです!」


通路を進むと、振動はより強くなった。壁に手を当てると、スライム時代の感覚が蘇る。


「これは…魔力?」


「粘田さん、何か言いました?」


「いや、なんでもない」


突然、通路が二手に分かれた。


「どっちに行く?」


花子が尋ねる。私は壁に張り付いて感覚を研ぎ澄ませた。


「右かな…左からは何か嫌な気配がする」


右の通路を進むと、突然天井が低くなった。大人が一人やっと通れるくらいの高さだ。


「うわ、狭い…」


花子が身をかがめる。


「僕、先に行きます」


私はスライム時代の柔軟性を活かし、体を平たくして狭い通路をするすると進んだ。


「粘田さん、それすごい…人間なのにそんなに体を…」


「あはは、柔軟体操してるんで」


嘘をつくのは得意ではない。


通路の先に小さな部屋があった。中央には魔術陣のような模様が床に描かれている。


「これは…」


花子が目を見開いた。「異世界の召喚魔法の陣に似てる…」


「花子さんもわかるの?」


「え?いや、ファンタジー小説で見たことあるなーって」


彼女は慌てて誤魔化した。元勇者の秘密は守っているようだ。


魔術陣の周りには奇妙な装置が並んでいる。現代技術と魔法が融合したような不思議なものだ。


「これ、何のためのものなんだろう…」


私が装置に触れようとした瞬間、突然警報が鳴り響いた。


「やばい!誰か来る!」


二人で急いで隠れると、ドアが開き、見知らぬ男性が入ってきた。白衣を着た研究者のような人物だ。


「また誤作動か…」


男性は警報を止めると、魔術陣をチェックし始めた。


「ゲン吉様の降臨準備は順調だな…」


彼は独り言を言いながら作業を続ける。


「ドノ堕ム・ゲン吉…」


私は小声で繰り返した。部長が言っていた名前だ。


男性が去った後、私たちは隠れ場所から出た。


「粘田さん、これ絶対おかしいですよ!降臨って何ですか?」


「わからないけど…」


私は魔術陣をもう一度見た。確かに異世界の魔法陣に似ている。スライムだった頃、こういうものを見たことがある。


「とりあえず、部長に報告しましょう」


帰り道、私たちは別の出口を見つけた。なぜか隣のコンビニの倉庫につながっていた。


「あれ?ここって…」


ちょうどそこに小振田が現れた。コンビニの制服を着ている。


「おや、二人とも何をしてるんだい?」


「あ、小振田さん…ここでバイトしてるの?」


彼はニヤリと笑った。「ああ、昔からね。便利なんだよ、ここは…」


その言葉に何か含みがあるように感じた。


「じゃあ、また会社で」


小振田は私たちに背を向け、倉庫の奥へと消えていった。


会社に戻ると、部長は私たちの報告を真剣な表情で聞いていた。


「ドノ堕ム・ゲン吉の降臨…やはりそうか」


「部長、あれは一体何なんですか?」


部長は窓の外を見つめながら言った。「かつて異世界で最も恐れられた存在だ…」


「え?」


「いや、何でもない。よく調べてきた。明日も潜入してくれ」


部長は会話を打ち切り、自分のデスクに戻っていった。


「粘田さん、明日も行きますよ!」


花子は意気込んでいるが、私は不安だった。ドノ堕ム・ゲン吉とは何者なのか。なぜ会社の地下に魔術陣があるのか。そして小振田の正体は…。


帰宅途中、私はふと立ち止まった。スライムだった頃の記憶がよみがえる。


「ドノ堕ム・ゲン吉…待てよ、この名前…」


それは異世界で最も恐れられた存在の一つ。伝説の魔物だ。もし本当に降臨するなら、この世界は…。


「明日、もっと深く探らないと」


空を見上げると、月が赤く染まっていた。何かが始まろうとしている。それは間違いない。

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