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転生後の再始動

会議室の明かりが徐々に戻り、先ほどまでの魔力の嵐が嘘だったかのように静けさが訪れていた。窓の外では、人間とモンスターが共存する新しい風景が広がっている。


「まさか…本当に世界が融合するなんて」


誰かがつぶやいた言葉に、社員たちは改めて現実を受け入れようとしていた。私は床に座り込んだまま、自分の手を見つめる。スライムだった頃の透明な青さが一瞬だけ指先に現れては消えていく。


「粘田くん、よくやった」


間苧谷部長—いや、魔王—が私の肩に手を置いた。彼の姿は完全に人間に戻っていたが、目の奥には赤い光がわずかに残っていた。


「ありがとうございます…」


言葉を返しながらも、自分が何をしたのか完全には理解できていなかった。ただ、二つの世界が無理なく溶け合い、新しい秩序が生まれたことだけは確かだった。


「みなさん、今日の会議はここまでです」


部長が宣言すると、疲れ切った社員たちはほっとした表情で会議室を後にし始めた。中には窓の外を指さし、「あれ、龍が郵便配達してる!」と騒ぐ者もいる。


「粘田さん、大丈夫?」


花子が心配そうに私を見つめていた。彼女の手には先ほど魔王に向けて放った書類の残骸がまだ握られていた。


「なんとか…でも、これからどうなるんでしょうね」


「それは…私たちが作っていくものじゃないかな」


彼女の言葉に小振田もうなずいた。彼は完全に人間の姿に戻っていたが、耳だけはわずかにとがったままだった。


「転生者管理機構としても、今回の事態は想定外でした。ですが、調和のスライムの力は伝説通りだったということですね」


「伝説?」


私が首をかしげると、小振田は口元に指を当てた。


「それはまた今度。今は休んだ方がいいでしょう」


***


オフィスを出た私たちは、いつもの居酒屋「つるっと」に向かった。店の看板には人間とスライムが乾杯する新しいロゴが描かれている。世界の変化は思った以上に速かった。


「乾杯!」


間苧谷部長がビールジョッキを掲げた。彼はいつもの「滅びよ人間!」という乾杯の音頭を言わなかった。その代わりに。


「共存の時代に!」


私たちも「かんぱーい!」と声を合わせた。ビールの泡がこぼれ、テーブルに広がる。その様子を見て、私はふと思い出した。スライムだった頃、液体に溶け込む感覚を。


「なあ粘田くん」部長が声をかけてきた。「お前、本当に底辺スライムだったのか?」


「はい…ヌル山の最下層で生きていました」


「信じられんな」部長は首を振った。「調和のスライムは千年に一度現れるかどうかの存在だというのに」


「そうなんですか?」


「ああ。異世界では伝説だったんだ。二つの世界を繋ぐ存在」


花子がコップを置きながら割り込んできた。


「でも、それよりも気になるのは…」


「あの謎の転生者ね」小振田が真剣な表情で言った。「空間の歪みが起きる直前、黒い影が見えたでしょう?」


確かに、会議室が魔力で染まる前、一瞬だけ見えた黒い影。人の形をしていたが、その正体は闇に包まれていた。


「あれは…」部長の表情が暗くなる。「多分、奴だ」


「奴?」


「モツ夫」


その名前を聞いた瞬間、居酒屋の電気が一瞬だけちらついた気がした。


「モツ夫って…何者なんですか?」


部長はグラスを傾け、一気に飲み干した。


「かつて私が魔王だった頃の…右腕だ」


「えっ?」


「闇の力を操る能力者。人間界に転生したはずだったが、最近になって動きが活発になっている」


小振田がうなずいた。「転生者管理機構でも監視対象です。しかし、その正体はつかめていません」


「でも、なぜ今…」


「おそらく」部長が低い声で言った。「世界の融合を狙っていたんだろう。私とは違う目的でね」


テーブルに重い沈黙が落ちた。窓の外では、空を飛ぶ小さなドラゴンが街灯の明かりに照らされていた。


「とにかく」花子が明るい声で沈黙を破った。「今日は祝杯をあげましょう!明日からまた仕事だし」


「そうだな」部長も表情を和らげた。「明日からは新しい世界での営業活動だ。異世界企業との取引も始まる」


「え?そんな急に?」


「ビジネスに休みなし!」部長は再びグラスを掲げた。「間苧谷商事、いや『調和商事』の船出だ!」


私たちは再び乾杯した。頭の中ではさまざまな疑問が渦巻いていたが、とりあえず今は、この不思議な状況を受け入れるしかない。


***


深夜、私はアパートに戻った。部屋に入ると、壁にぺたりと体を張り付かせた。スライムの習性は完全には消えていなかった。


「はぁ…」


天井を見上げながらため息をつく。窓からは月明かりが差し込み、部屋を青白く照らしていた。その光の中、私は自分の手をじっと見つめた。


「ヌル山ぷる男から粘田透へ…」


そして今や、二つの世界を繋ぐ「調和のスライム」。


スマホが震えた。小振田からのメッセージだ。


「明日、転生者管理機構の本部にご案内します。あなたの力について詳しく調査させてください」


返信しようとした瞬間、画面が一瞬暗くなり、別のメッセージが浮かび上がった。


「調和など幻想。真の闇を知れ」


背筋が凍りついた。送信者名はない。しかし、これはおそらく…


「モツ夫…」


その名を口にした途端、部屋の電気が切れた。真っ暗闇の中、窓の外に人影が見えたような気がした。しかし、目を凝らすと何もない。


スマホの画面を見ると、先ほどの不気味なメッセージは消えていた。幻だったのか?


私は体を丸めて布団に潜り込んだ。明日からまた新しい日常が始まる。異世界と人間界が融合した世界での生活。そして、闇の中に潜む謎の存在との対峙。


「明日も…なんとか頑張ろう」


そう自分に言い聞かせながら、私は目を閉じた。スライムだった頃のように、意識がぬるりと溶けていく感覚。


夢の中で、私は再びヌル山を駆け回っていた。ただ今度は、一人じゃない。人間と魔物たちが一緒に笑いながら。


調和の世界の始まり。そして新たな闇の予感。

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