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柔軟な転躍

会議室は魔王間苧谷の魔力で赤く染まり、社員たちの悲鳴が響き渡る。私は天井から魔王に飛びかかったが、彼は全く動じない様子だった。


「『リストラ断罪の鉄槌』!」


魔王の呪文が空間を歪ませる中、小振田率いる転生者管理機構の面々が突入してきた。しかし、すでに会議室の中央には巨大な裂け目が開き、異世界と現実世界が融合し始めていた。


「粘田さん!あなたの調和の力を使って!」


小振田の声に導かれ、私は裂け目に手を伸ばした。体が光り始め、スライムと人間の姿が交互に現れる。


「調和の力よ...二つの世界を...正しく繋げ!」


光が爆発的に広がり、会議室を包み込んだ。


***


「ぐっ...」


私は床に倒れていた。頭がズキズキと痛む。何が起きたのだろう?


「粘田さん!大丈夫ですか?」


花子の声がする。彼女の顔がぼんやりと視界に入ってきた。


「花子...さん...」


ゆっくりと上体を起こす。会議室は元の姿に戻っていた。いや、一見元通りに見えるが、何かが違う。壁の色が微妙に変わっている。窓の形も少し歪んでいる。


「何が...」


「すごかったよ、粘田くん」


振り返ると、間苧谷部長が立っていた。しかし、その姿は人間と魔王の中間だった。小さな角が額から生え、目は赤く輝いている。スーツは着ているが、その生地は鱗のように光を反射していた。


「部長...?」


「もう『魔王』でいいよ」彼は肩をすくめた。「どうやら君の力は本物だったようだね」


私は立ち上がり、窓の外を見た。新橋の街並みは一見変わらないように見えたが、よく見ると異世界の要素が混ざり合っていた。高層ビルの間に浮かぶ小さな島。歩道を歩く人間とモンスター。空には翼の生えた郵便配達人が飛んでいる。


「これが...調和?」


「そう」小振田が近づいてきた。彼はもうゴブリンの姿ではなく、人間の姿に戻っていた。「あなたの力で二つの世界が融合したんです。でも無理やりではなく、自然な形で」


会議室の社員たちは、混乱しながらも徐々に状況を受け入れ始めているようだった。中には「これって夢?」と頭を抱える者もいれば、「窓の外、ドラゴンが飛んでる!」と興奮する者もいる。


「しかし、まさか調和のスライムがこんな力を...」魔王は腕を組んだ。「私の計画は台無しだ」


「そもそも何がしたかったんですか?」私は尋ねた。


「簡単さ」魔王はニヤリと笑った。「この会社を拠点に、二つの世界を支配するつもりだった。『間苧谷商事帝国』の名の下にね」


「それって単なる会社の拡大じゃないですか」花子が呆れた声で言った。


「そうそう、まさに『グローバル展開』ってやつさ」魔王は笑った。「でも、こうなった以上は...」


彼は突然、私の方に向き直った。その目が赤く輝き、オーラが噴出する。


「諦めるわけにはいかんな!」


「え?」


「魔王流パワハラ呪文・奥義!『年度末査定マイナス百点』!」


黒い光の矢が私に向かって飛んできた。反射的に体を曲げると、まるでスライムのように体が伸び、不可能な角度で矢をかわした。


「なっ!?」


魔王の驚きの声。私の体は一瞬透明になり、床にぺたりと張り付いた。


「粘田さん!」花子が叫んだ。


私の体は床を這うように移動し、魔王の足元へ。そこから一気に立ち上がり、魔王の懐に潜り込んだ。


「こ、これは...!」


「部長、いい加減にしてください!」


私の腕が伸び、まるでスライムのように魔王の体を拘束する。


「ぐわっ!離せ!」


「いえ、これは『抱擁』です」私は言った。「調和とは、戦うことではなく、受け入れること」


魔王は暴れたが、私の体は柔軟に形を変え、彼の動きに合わせて伸縮する。


「くっ...この柔軟さは...」


「スライムの特性です」私は微笑んだ。「どんな形にも適応する。どんな世界にも馴染む」


突然、魔王の体から赤い光が放たれた。強烈な熱波が私を襲う。


「熱っ!」


私は思わず体を離した。魔王は炎に包まれ、その姿はさらに魔王らしくなっていく。角は大きく伸び、背中からは翼が生えた。


「なかなかやるな、粘田...いや、調和のスライムよ!」


会議室の社員たちは悲鳴を上げ、ドアへと殺到する。しかし、魔力のバリアがドアを塞いでいた。


「花子さん、逃げて!」私は叫んだ。


「逃げないわ!」


花子が前に出てきた。彼女の手には...コピー用紙?


「勇者流事務術・奥義!『会議資料一万枚の嵐』!」


花子の手から無数の紙が飛び出し、魔王に向かって渦を巻いた。紙の一枚一枚が光を放ち、まるで刃のように魔王を切り裂く。


「なんだと!?」魔王は腕で顔を守った。「こんな事務用品風情が...!」


「侮るなかれ!」花子の目が輝いた。「私は三年連続コピー機マスター。用紙補充速度社内一位よ!」


魔王が苦しむ隙に、小振田が私の横に来た。


「粘田さん、彼の弱点はプレゼン資料です」


「え?プレゼン資料?」


「そう。魔王は『説得力のあるデータ』に弱いんです」


なるほど。それで魔王は会社を支配しようとしていたのか。データと論理で世界を征服する気だったんだ。


私はオフィスの隅にあるノートパソコンに目をやった。


「花子さん、もう少し時間を!」


「任せて!」花子は両手を広げ、「勇者流事務術・補助呪文!『議事録作成の盾』!」と叫んだ。


魔王の攻撃を受け止めながら、私はパソコンに向かって這いつくばるように移動した。スライムの特性で体を薄く伸ばし、床に張り付いて進む。


パソコンの前に到着。電源を入れ、プレゼンソフトを起動する。


「何をしている!?」魔王が気づいた。「やめろ!」


彼が放った火の玉を、私は体を平たくして避けた。


「小振田さん!データを!」


小振田が私にUSBメモリを投げた。見事キャッチし、パソコンに差し込む。


「これは...」


画面に表示されたのは、「転生者による世界融合の経済効果」という資料だった。グラフ、表、数字の羅列。そして最後のスライドには「共存による相乗効果は単独支配の5.7倍」という結論。


「プロジェクター!」


花子が即座に反応し、天井のプロジェクターのスイッチを入れた。会議室の壁に巨大なグラフが映し出される。


「間苧谷部長!いや、魔王ザオウル様!」私は立ち上がった。「このデータをご覧ください!」


魔王は攻撃の手を止め、思わず画面を見た。


「何だ、この数字は...」


「世界を支配するより、共存させた方が効率がいいんです」私は説明した。「利益率、成長率、すべてにおいて!」


魔王は眉をひそめ、プレゼンに見入っている。


「次のスライドをご覧ください」私は続けた。「これは『魔王的経営』と『調和的経営』の比較データです」


スライドが切り替わる。魔王の目が見開かれた。


「馬鹿な...調和的経営の方が長期的収益が...」


「そうなんです」小振田が補足した。「短期的には支配の方が効果的ですが、長期的には調和こそが最適解なんです」


魔王の体から徐々に炎が消えていく。彼は膝をつき、プレゼン資料を食い入るように見つめていた。


「数字は...嘘をつかない...」


最後のスライドには「結論:共存こそ最大の利益」と大きく表示されていた。


魔王の体から魔力が抜けていき、徐々に人間の姿に戻っていく。角は縮み、翼は消え、再び間苧谷部長の姿になった。


「負けた...データに、負けたか...」


部長はぐったりと床に座り込んだ。会議室のバリアが解け、社員たちはほっと息をついた。


「粘田くん...」部長が私を見上げた。「君の言う『調和』...試してみる価値はあるかもしれんな」


私は手を差し出した。


「一緒にやりましょう、部長」


部長は少し迷った後、私の手を取った。


「ああ...だが、給料は上げんぞ」


部長が立ち上がると、会議室に拍手が起こった。社員たちの顔には安堵の表情が浮かんでいる。


窓の外では、人間とモンスターが行き交う新しい世界の風景が広がっていた。調和の世界の始まり。


そして私たちの新しい日常の始まり。


「さて」部長は咳払いをした。「財務会議を再開するぞ。第一議題、異世界市場開拓について」


私は思わず笑みを浮かべた。スライムだった頃には想像もできなかった展開だ。でも、それもまた人生...いや、転生生活というものかもしれない。


スマホが震える。小振田からのメッセージだった。


「転生者管理機構、いつでも歓迎します」


私はメッセージを見つめながら考えた。これからどうするべきか。


だが、それはまた別の話。

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