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封印解放の逆襲

新橋駅前のコンビニを後にした私たち三人は、無言のまま夜の街を歩いていた。


「明日の財務会議か...」


口を開いたのは花子だった。彼女の表情は真剣そのもので、かつて異世界で魔物と対峙していた時のような鋭さを帯びていた。


「粘田さん、大丈夫?」


「ああ...多分」


答えながらも、私の心は複雑だった。調和のスライムだという事実。そして間苧谷部長が魔王だという真実。全てが繋がり始めていた。


「とりあえず、今日は帰って休みましょう」小振田が提案した。「明日に備えて」


彼の言葉に頷き、私たちはそれぞれの家路についた。


---


翌朝、会社に向かう電車の中で、私は窓に映る自分の姿をぼんやりと見つめていた。普通のサラリーマン...のはずなのに。


「おっと」


電車が揺れた拍子に、私の右手が窓ガラスにぺたりと張り付いた。慌てて引き離そうとするが、スライム特有の粘着性で簡単には離れない。


「あの...すみません」


隣の乗客に謝りながら、なんとか手を引き剥がした。指先が少し透明になっている。どうやら昨夜の出来事で、スライムとしての性質がより強く出るようになったらしい。


会社に到着すると、妙な緊張感が漂っていた。エレベーターホールでは社員たちが小声で話している。


「聞いた?今日の財務会議、間苧谷部長が直々に全社員に出席を命じたらしいよ」

「マジかよ...あの鬼部長が」

「なんでも『重大発表』があるんだって」


私は背筋が凍るのを感じた。まさか...


席に着くと、花子がすぐに駆け寄ってきた。


「粘田さん!大変よ!」


「財務会議のこと?」


「それもだけど...」彼女は声を潜めた。「今朝、オフィスのあちこちに『裂け目』が出始めてるの」


「え?」


花子に案内され、コピー室に向かうと、確かに壁の一部が歪んでいた。まるで現実が薄紙のように破れかけている。そこからは異世界特有の魔力のようなものが漏れ出していた。


「これは...」


「他にも給湯室や会議室B、それに...」花子は躊躇いがちに言った。「間苧谷部長の部屋の前にも大きな裂け目が」


状況は予想以上に深刻だった。煮込み田の警告は本当だったのか。それとも...


「財務会議は10時からよね」花子が時計を見た。「あと1時間...」


私たちは席に戻り、小振田からのメッセージを待った。彼は今日休みを取り、裏から調査するという。しかし、9時45分になっても連絡はなかった。


「行くしかないわね」花子が立ち上がった。「何が起きるか分からないけど...」


大会議室に向かう廊下は、いつもより長く感じられた。壁には小さな裂け目が点々と現れ、空気そのものが重く感じる。


会議室のドアを開けると、既に多くの社員が集まっていた。皆、不安そうな表情で席に着いている。そして最前列には...


「ようこそ、粘田君、勇田さん」


間苧谷部長が微笑んでいた。その笑顔には何か不気味なものがあった。


「席に着きたまえ。今日は特別な日だからね」


私たちは言われるまま席に着いた。時計が10時を指す。


間苧谷部長がゆっくりと立ち上がった。


「諸君、今日はある発表をしたい」


部長の声が響く。不思議と、その声には魔力のようなものが込められているのを感じる。


「我が社は今日をもって、新たなステージへと進む」


突然、会議室の壁に大きな裂け目が走った。社員たちから悲鳴が上がる。


「何っ...!?」

「壁が...壁が割れてる!」


間苧谷部長は動じなかった。むしろ満足げに頷いている。


「驚くことはない。これは進化の過程だ」


彼がスナップを鳴らすと、裂け目から異世界の光景が見え始めた。赤い空、浮かぶ島々、そして遠くに見える巨大な城。


「我が本来の王国だ」


間苧谷の姿が変わり始めた。スーツが溶け、代わりに黒い鎧のようなものが現れる。角が生え、目が赤く輝いた。


「私の本名は、魔王ザオウル・マオダリウス」


会議室は完全にパニックとなった。社員たちは悲鳴を上げ、出口へと殺到する。しかし、ドアは開かない。


「逃げても無駄だ。今日、この会社は我が城となる」


彼の手が動いた瞬間、会議室の床が崩れ落ち始めた。代わりに現れたのは、異世界の城の広間のような空間。


「何をする気だ!」私は叫んだ。


「単純なことだ、粘田...いや、調和のスライムよ」魔王は笑った。「お前の力を使って、二つの世界を完全に融合させる。そして私が両方の世界を支配するのだ」


花子が私の前に立ちはだかった。


「させないわ!」


「勇者風情が...」魔王は手を振り上げた。「魔王流パワハラ呪文・第一章!『無能社員追放の刻』!」


黒い光が花子を直撃した。彼女は悲鳴を上げ、床に倒れ込む。


「花子さん!」


「大丈夫...これくらい...」


花子は震える手で立ち上がろうとしたが、再び魔王の呪文が放たれた。


「『昇給なし永久固定の呪い』!」


今度は複数の社員が呪文に巻き込まれ、床に崩れ落ちた。彼らの体から生気が失われていくのが見える。


「やめろ!」


私は魔王に向かって走り出した。体が勝手に変形し始め、半分スライム状態になる。壁を伝い、天井を這い、魔王に近づく。


「ほう、本気を出すか」魔王は楽しそうに言った。「ならば私も...『強制残業三千時間の呪縛』!」


黒い炎のような呪文が私に向かって飛んできた。反射的に体を扁平にし、かわす。


「なぜだ!効かないのか!」


魔王の表情が歪んだ。私は天井から彼の真上に移動し、一気に落下した。


「うおおおっ!」


スライム特有の体重で魔王を押しつぶす。しかし、彼は簡単には倒れない。


「愚かな...」魔王が低く唸った。「最終奥義...『リストラ断罪の鉄槌』!」


会議室全体が赤く染まり、空間そのものが歪み始めた。社員たちは悲鳴を上げ、中には気を失う者も。


その時、会議室のドアが勢いよく開いた。


「お待たせしました!」


小振田緑朗が立っていた。しかし、いつものコンビニ店員の姿ではない。緑色の肌に尖った耳...元の姿、ゴブリンの姿に戻っていた。


「転生者管理機構、特別対策班です!」


彼の後ろには数十人の「店員」たちが控えていた。全員が様々な種族の姿をしている。


「間苧谷京一、あなたは転生者協定第三条に違反しています!」


魔王は一瞬たじろいだが、すぐに高笑いを上げた。


「遅すぎるぞ、ゴブリン!見ろ!」


彼が指さした先、会議室の中央に巨大な裂け目が開いていた。そこから異世界の風景が広がり、どんどん現実世界を侵食していく。


「もう止められん!二つの世界は融合し、私の支配下となる!」


小振田は私を見た。


「粘田さん!あなたしかできません!調和のスライムの力を使って!」


「どうすれば...」


「あなたの中にある力を解放するんです!」


私は自分の中を見つめた。確かに、そこには異質な力が眠っている。スライム時代から持っていた、世界を繋ぐ力。


「調和...か」


私は裂け目に向かって歩き始めた。


「何をする気だ!」魔王が叫んだ。


「本来の仕事をするだけさ」


私は裂け目に手を伸ばした。接触した瞬間、体中に電流が走ったような衝撃。しかし、痛みはない。むしろ、心地よい感覚だった。


私の体が光り始め、透明なスライムの姿と人間の姿が交互に現れる。


「調和の力よ...二つの世界を...正しく繋げ!」


光が爆発的に広がり、会議室全体を包み込んだ。


「な、何だと...!?」魔王の悲鳴が聞こえる。


光が収まると、会議室は元の姿に戻っていた。裂け目は消え、社員たちも意識を取り戻し始めている。


しかし、何かが違う。


窓の外を見ると、東京の風景の中に、異世界の建物が点在している。空には浮島が浮かび、道路では人間とモンスターが共存している。


「これは...」


「完全な調和」小振田が答えた。「二つの世界が無理なく共存している状態です」


魔王...間苧谷部長は床に座り込んでいた。彼の姿は人間と魔王の中間、角はあるがスーツを着ている奇妙な姿だ。


「負けたか...」彼はつぶやいた。「だが、これも悪くない」


花子が私の肩を叩いた。


「やったわね、粘田さん!」


私は自分の手を見た。もう完全に人間の姿に戻っている。しかし、指先を集中させると、少し透明になる。スライムの性質は残っているようだ。


「これからどうなるんだろう」


小振田は微笑んだ。


「新しい世界の始まりです。人間と異世界の生物が共存する世界。そして、その調和を守るのが私たち転生者管理機構の仕事」


彼は名刺を差し出した。


「良かったら、うちで働きませんか?あなたの力が必要なんです」


私は名刺を受け取りながら、窓の外の新しい世界を見つめた。


異世界と人間界がぬるっと調和した世界。


まるで、スライムのように。

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