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混乱の会議室

会議室に入ると、まるで空気が凍りついたかのような緊張感が漂っていた。間苧谷部長の額から生えた角は、すでに完全に姿を現している。その威圧感は、かつての魔王時代を彷彿とさせるものだった。


「さて、話そう」


部長は重々しく切り出した。彼の声には、いつもの上司らしさはなく、どこか異世界の支配者としての風格が漂っていた。


「馬鹿田爆郎は、かつて魔界でも最強と恐れられたレッドドラゴンだ」


「やっぱり…」小振田が小さくつぶやいた。


「そして斜面巻人は、次元の扉を研究していた魔術師だ。彼らと私は、かつて魔界復活計画を企てていた」


「魔界復活って…現代日本に魔界を?」


私は思わず声を上げた。スライムだった頃の記憶が蘇る。魔界の恐ろしさを知っている私には、その計画があまりにも危険に思えた。


「そうだ。だが今は違う」


部長は窓の外を見やった。


「私たちは皆、それぞれの理由で転生し、この世界に来た。最初は魔界復活を目指していたが…」


「でも部長、さっきの会話では…」花子が不安そうに言った。


「ああ、馬鹿田は未だに諦めていない。彼は3月15日の新製品発表会で、次元の扉を開こうとしている」


「それって大変なことになりませんか!?」私は焦った。


「もちろんだ。だからこそ、お前たちの力が必要なんだ」


部長の言葉に、会議室の空気がさらに重くなった。


そのとき、突然ドアが開いた。


「やぁ、みんな!忘れ物しちゃったよ!」


馬鹿田爆郎が豪快に入ってきた。彼は私たちの緊張した表情を見て、ニヤリと笑った。


「おや、間苧谷くん。角が出てるよ?みんなに話したのかい?」


「馬鹿田…」部長は警戒の色を隠さなかった。


「いいじゃないか!どうせ皆、異世界から来た仲間なんだろう?」


馬鹿田は私たちを見回し、特に私に視線を止めた。


「特にキミ、スライム君。懐かしいねぇ。魔界では最弱の存在だったのに、人間になって頑張ってるじゃない」


私は居心地悪く、椅子でもぞもぞした。床に張り付きたい衝動を必死に抑える。


「何しに戻ってきた?」部長が鋭く尋ねた。


「忘れ物だよ」


馬鹿田は内ポケットから小さな宝石を取り出した。それは深い赤色で、中から炎が揺らめいているように見えた。


「ドラゴンの心臓石…」小振田が震える声で言った。


「よく知ってるね、元ゴブリン君」馬鹿田は感心したように言った。「これがあれば、次元の扉はより安定するんだ」


「やめろ、馬鹿田」部長が立ち上がった。「我々はもうその計画から手を引いた。この世界で平和に暮らすことを選んだんだ」


「平和?」馬鹿田は嘲笑した。「毎日残業して、上司に頭を下げて、それが平和か?魔界なら我々は支配者だったんだぞ!」


「でも…」花子が口を開いた。「ここには、魔界にはなかったものがあります。コンビニのおにぎりとか、温泉とか、カラオケとか…」


馬鹿田は一瞬言葉に詰まった。


「そ、それは確かに…特にからあげクンは絶品だが…!それでも魔界の復活は必要なんだ!」


「なぜですか?」私は勇気を出して尋ねた。


「なぜって…」馬鹿田は少し困ったように頭を掻いた。「そりゃあ…魔王様の命令だからさ」


「魔王様?」全員が驚いた声を上げた。


「ええ、実は…」馬鹿田は声を潜めた。「魔王様も転生して、この世界のどこかにいるんだ。彼の命令で動いているんだよ」


部長の表情が変わった。「魔王が…この世界に?」


「そうさ。だから間苧谷くん、協力してくれないか?古い仲間として」


馬鹿田の提案に、部長は明らかに動揺していた。魔王への忠誠心が揺さぶられているようだ。


「部長!」私は思わず声を上げた。「この世界には、魔界にはないものがたくさんあります。朝のコーヒーの香り、休日のゆったりした時間、同僚との何気ない会話…」


花子も続けた。「そうです!異世界では魔物と戦ってばかりでしたが、ここでは平和に暮らせます。たとえコピー機が宿敵でも…」


小振田も加わった。「コンビニでお客様に『ありがとう』と言われるたび、私は幸せを感じます。ゴブリンだった頃には考えられなかったことです」


部長は私たちの言葉に、複雑な表情を浮かべていた。


「それに…」私は最後の一押しをした。「部長、あなたはここでも十分魔王じゃないですか。毎日私たちを恐怖で支配して…」


「それは褒め言葉か?」部長が眉をひそめた。


「まあ、そういう意味では…」


馬鹿田は苛立ちを隠せなくなってきた。「くだらない!魔界の栄光を忘れたのか?」


彼はドラゴンの心臓石を高く掲げた。石が不気味に輝き始める。


「この石で、今すぐ小さな門を開いてみせよう。魔界の力を思い出せば、きっと心変わりするはずだ!」


「やめろ!」部長が叫んだが、遅かった。


馬鹿田が呪文を唱え始めると、会議室の空気がねじれ始めた。テーブルの上に、小さな渦が形成される。


「これが魔界だ!思い出せ!」


渦の中から、恐ろしい咆哮が聞こえてきた。そして小さな触手が伸び始める。


「うわっ!」私は思わず後ずさった。


その瞬間、予想外のことが起きた。


「ちょっと、何してるんですか?会議室の予約、2時からうちの部署なんですけど」


ドアが開き、経理部の鈴木さんが顔を出した。


彼女の登場に、馬鹿田は咒文を中断。渦は不安定になり、揺らめき始めた。


「あ、すみません、鈴木さん。今、ちょっと…」


部長が言い訳しようとする間に、渦は制御を失い、急速に膨張した。


「きゃあ!」鈴木さんが悲鳴を上げる。


渦は瞬く間に会議室全体に広がり、私たちは強い吸引力を感じた。


「みんな、何かにつかまれ!」部長が叫んだ。


私は反射的に床に張り付いた。スライム時代の習性が役に立つ時が来た。


花子は勇者の反射神経で椅子をつかみ、小振田はゴブリンの時の身軽さでテーブルの下に潜り込んだ。


しかし馬鹿田は、自分の作り出した渦の中心に立ち、笑っていた。


「ホホホ!これが魔界の力だ!恐れおののけ!」


その瞬間、渦から巨大な触手が伸び、馬鹿田の足を捕らえた。


「なっ…!?」


彼の表情が一変する。触手は彼を引きずり込もうとしていた。


「た、助けてくれ!」


馬鹿田が叫ぶ。部長は一瞬迷ったが、すぐに決断した。


「くそっ…!」


部長は魔王の力を解放し、角から赤い光線を放った。光線は触手を切断し、馬鹿田は解放された。


「閉じろ!渦を閉じるんだ!」部長が命じた。


馬鹿田は震える手で呪文を唱え、徐々に渦は小さくなっていった。


最後の触手が消え、会議室は元の静けさを取り戻した。


全員が放心状態で、しばらく動けなかった。


「…皆さん、大丈夫ですか?」


鈴木さんが恐る恐る尋ねた。彼女の目は驚きで大きく見開かれていた。


「あ、はい…ちょっとした…プレゼンの練習をしていまして」


部長が咳払いをして言った。角はすでに消えていた。


「プレゼン…?」鈴木さんは半信半疑だった。


「そう、3D映像を使った最新のプレゼンテーション技術だよ!」馬鹿田が豪快に笑った。彼の服は汗でびっしょりだ。


「すごい…リアルでした」鈴木さんは感心したように言った。


「ありがとう!じゃあ、私たちはこれで失礼するよ。会議室、使ってください」


馬鹿田は慌ただしく資料を集め、私たちを促した。


会議室を出ると、馬鹿田は深いため息をついた。


「あれは…何だったんだ?」


「魔界の下層領域の生物だな」部長が冷静に答えた。「お前が無謀なことをするから…」


「わかったよ…」馬鹿田は肩を落とした。「少し考え直す必要があるかもしれない」


私たちはオフィスに戻りながら、今起きたことの重大さを噛みしめていた。


「部長」私は勇気を出して言った。「魔王様が本当にこの世界にいるんですか?」


部長は複雑な表情で答えた。


「いるかもしれないな。だが、もし本当にいるなら…」


「なら?」


「彼もまた、この世界の魅力に気づいているかもしれない」


部長の言葉に、私たちは少し希望を感じた。魔界復活計画は一時的に頓挫したようだが、馬鹿田の存在と魔王の謎は、私たちの前に新たな不安を投げかけていた。


そして何より気になるのは、鈴木さんが本当に「3D映像」だと信じたのかという疑問だった。

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