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合同企業説明会の招集

会議室のドアが勢いよく開き、間苧谷部長が入ってきた。その表情は普段の鬼のような形相よりもさらに険しく、社員たちは一斉に背筋を伸ばした。


「緊急事態だ!」


部長の声が会議室に響き渡る。粘田透は思わず身体がびくりと震えるのを感じた。スライム時代の危険察知能力が警報を鳴らしている。


「来週、合同企業説明会に参加することになった。全員出動だ!」


「え?」「そんな急に?」


社員たちから驚きの声が上がる。


「滅びよ人間ども!…いや、失礼。我が社の発展のため、新たな人材を獲得せねばならん!」


間苧谷部長は一瞬だけ魔王時代の口癖が出そうになるのを必死に抑えた。


「でも部長、準備期間が短すぎます」


勇田花子が恐る恐る手を挙げる。


「黙れ!勇者よ…じゃなかった、花子君!」部長は髪をかき上げながら続けた。「これは人類解放同盟…いや、我が社の飛躍のチャンスなのだ!」


粘田は花子と目を合わせた。二人とも同じことを考えていることは明らかだ。部長の言い間違いは単なるミスではない。人類解放同盟の過激派が何か企んでいるのだ。


「では、各自の役割分担を発表する」


部長はホワイトボードに名前を書き始めた。


「粘田君はパンフレット作成」


「はい…」


「花子君は会場設営と資料準備」


「えっと、パソコン操作が…」


「小振田君は来場者対応」


「了解ゴブ…じゃなくて、了解です」


小振田緑朗は慌てて言い直した。元ゴブリンの彼は、時々母国語が出そうになる。


「よし、解散!」


部長の一声で会議は終了した。社員たちが散り始める中、粘田は自分のデスクに戻りながら考えていた。


「企業説明会か…」


「怪しいわよね」


振り返ると、花子が後ろに立っていた。


「きっと人類解放同盟の集会に見せかけて、何かを企んでいるわ」


「でも僕たちに何ができるんだろう」


粘田が溜息をつくと、椅子に座った瞬間、お尻がぴたりと張り付いた。


「あっ…また」


「大丈夫?」


「スライム性質が出ちゃって…」


粘田が立ち上がろうとすると、椅子まで一緒に持ち上がってしまう。


「もう!いい加減にして!」


焦って椅子を叩くと、ようやく分離した。花子は小さく笑いを堪えている。


「笑わないでよ…」


「ごめんなさい。でも、その特性、説明会で役立つかもしれないわね」


「え?どういうこと?」


「考えてみて。スライムの特性って、形を変えたり、くっついたり…」


花子の言葉に、粘田は思わず目を見開いた。確かに、もし上手く制御できれば…


「でも、まだ自分の意志でコントロールできないよ」


「練習あるのみよ!」


花子は元勇者らしく前向きだ。


一方、資料作成に取り掛かった粘田は苦戦していた。パンフレットのデザインを考えていると、手がマウスにくっついてしまう。


「もう…」


そのとき、小振田が近づいてきた。


「どうしたの?」


「手がマウスから離れなくて…」


「ふむ」小振田は考え込むように腕を組んだ。「ゴブリン族にも似たような現象があったよ。武器に愛着が湧きすぎると手から離れなくなる」


「それって単なる執着心じゃ…」


「いや、本当に物理的にくっつくんだ。特に月の満ち欠けに影響されて」


粘田は半信半疑だったが、小振田の真剣な表情に何も言えなかった。


「ちょっと見せて」


小振田が粘田の手を取り、何かを耳打ちした。すると不思議なことに、マウスがするりと手から離れた。


「何を言ったの?」


「ゴブリン語で『離れよ』って」小振田はウインクした。「異世界の言葉には力があるんだよ」


「へえ…」


粘田が感心していると、突然、間苧谷部長の怒声が響いた。


「何をのんびりしている!説明会まであと5日だぞ!」


部長の声に社内が一気に緊張感に包まれる。


「花子!そのコピー機との戦いはいつまで続ける気だ!」


勇田花子はコピー機の前で四苦八苦していた。紙詰まりを直そうとしているが、どうやら機械が彼女に反抗しているようだ。


「この…この魔物め!」


花子が思わず剣を振り下ろすような動作をすると、コピー機から白煙が上がった。


「やってしまった…」


「修理代は給料から引くからな!」部長は頭を抱えた。


混乱する社内を見ながら、粘田は自分のパンフレット作成に戻った。しかし集中できない。この企業説明会が単なる人材募集なのか、それとも人類解放同盟の何かの計画なのか…


「よし、これでどうだ」


数時間後、粘田はパンフレットの原案を完成させた。シンプルながらも会社の特徴を捉えたデザインに自信があった。


「部長、確認お願いします」


間苧谷部長はパンフレットを手に取り、目を通した。


「ふむ…」


部長の表情が変わる。


「これは…」


「何か問題でも?」


「いや、むしろ素晴らしい!」部長は珍しく笑顔を見せた。「特に『未来へ流れる』というキャッチコピーがいい。水のイメージが伝わってくる」


粘田は戸惑った。自分では特に水を意識したつもりはなかったのに。


「ありがとうございます」


「このまま印刷に回せ。そして…」


部長は周囲を見回し、小声で付け加えた。


「説明会当日、特別な来場者が来る。その時はお前の…特殊能力が必要になるかもしれん」


「特殊能力?」


「スライムとしての能力だ」


粘田は息を呑んだ。やはり部長は何かを企んでいる。しかし、それが何なのかはまだ分からない。


夕方、仕事を終えた粘田は花子と小振田と共に会社を出た。三人は近くの喫茶店に入り、小声で話し合った。


「部長が何か言ってきた?」花子が尋ねる。


「説明会で特殊能力が必要になるかもしれないって」


「やっぱり」小振田が頷いた。「人類解放同盟の過激派は、説明会を利用して『水の門』を大規模展開する計画があるんだ」


「どうすればいいの?」


「まずは様子を見るしかない」花子は真剣な表情で言った。「でも、いざという時は…」


彼女はバッグから小さな剣の形をしたペンダントを取り出した。


「これが必要になるかもしれないわ」


「それって…」


「元の世界の剣の力を封じ込めたもの。緊急時しか使えないけど」


粘田は二人の真剣な表情を見て、自分も何かできることはないかと考えた。スライムの力をコントロールできれば…


「よし、練習するよ」


「え?」二人が声を揃えた。


「スライムの力、少しでもコントロールできるようになりたい」


花子と小振田は顔を見合わせ、笑顔で頷いた。


「応援するわ」


「ゴブリン族の知恵も貸すよ」


三人は固く握手を交わした。説明会まであと5日。その日までに何ができるか分からないが、少なくとも立ち向かう覚悟はできた。


窓の外を見ると、空がほんのりと紫色に染まっていた。二つの世界の境界が薄れつつあることの証だろうか。


粘田はふと、自分の手を見た。一瞬だけ透明になったような…そして、かすかに水のように揺らめいたような…


「来るべき日に向けて、準備するしかないな」


粘田のつぶやきに、花子と小振田は静かに頷いた。

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