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収束と新たな兆し

コンビニの自動ドアが開く音と同時に、小振田緑朗の悲鳴が店内に響き渡った。


「ゴブリンスレイヤーじゃないですか!助けてください!」


元ゴブリンの小振田は、レジカウンターの下に身を隠そうとしていた。彼の恐怖の対象である勇者・花子が、ぷる男、間苧谷部長と共に店内に突入してきたのだ。


「落ち着け、小振田」間苧谷が低い声で言った。「今日の花子は勇者モードではない」


確かに花子は、剣を振り回す様子もなく、むしろへとへとに疲れた表情で立っていた。


「USBを追いかけてたら、ここまで来ちゃったよ…」花子はため息をついた。


店内は夜間にもかかわらず客でごった返していた。深夜のコンビニでこの混雑は異常だった。


「なんでこんなに人が…」ぷる男が周囲を見回す。


小振田は恐る恐るカウンターから顔を出した。「実は今、うちのコンビニ限定の『魔王のブラックカレーパン』が大人気で…」


「魔王の…だと?」間苧谷の目が赤く光る。


その時、ぷる男の体から再び「ぽにゅっ」という音と共に、もう一つミニぷる男が分裂した。今度は最初のより少し大きく、こぶし大ほどのサイズだ。


「また出た!」花子が指さした。


ミニぷる男2号はUSBを持っていないが、何かを探すように床を這い回り始めた。


「待て!」


ぷる男が追いかけるが、コンビニの狭い通路は人でいっぱいで身動きが取れない。ミニぷる男2号は人々の足元を器用に縫うように進み、菓子パンコーナーへと向かった。


「あいつ、何を探してるんだ?」間苧谷が眉をひそめた。


「わかりません…でも、なんか欲しいものがあるみたいです」ぷる男は自分の分身と奇妙な共感を感じていた。


そのとき、店の奥から怒号が聞こえた。


「おい、順番を守れ!」

「押すな!」

「私が先だ!」


カレーパンコーナーで客同士の小競り合いが始まっていた。


「これはマズい…」小振田が青ざめた。「あのカレーパン、魔王の呪いがかかってるんです。食べると闘争心が高まるという…」


「そんな商品を売るな!」ぷる男が叫んだ。


間苧谷は静かに目を閉じた。「いや、これは私の魔力の残滓だ。かつて魔王だった私の力が、何らかの形でこの世界に…」


「部長、今はそんな話してる場合じゃないです!」


店内の騒ぎは大きくなり、カレーパンを求める客たちが小競り合いを始めていた。その混乱に乗じて、ミニぷる男2号はさらに奥へと進んでいく。


「追いかけなきゃ!」


ぷる男が人混みを掻き分けて進もうとした瞬間、店の入り口から新たな人物が現れた。


「何事ですの?」


振り返ると、そこにはケバ子が立っていた。彼女は居酒屋の制服姿のまま、手には大きな包丁を持っている。


「ケバ子さん!」花子が飛びついた。「大変なことになってるの!」


ケバ子は一瞬で状況を把握すると、包丁を鞘に収め、深く息を吸い込んだ。


「皆様、お静かに」


その声は、まるで蜜のように甘く、しかし鋼のように強い意志を帯びていた。途端に店内の喧騒が止み、全員がケバ子を見つめた。


「これは…魅了スキル?」間苧谷が小声で言った。


「皆様、順番に並んでいただければ、全員にカレーパンが行き渡ります」ケバ子は微笑んだ。「どうぞ、落ち着いて」


不思議なことに、騒いでいた客たちは素直に一列に並び始めた。まるで催眠術にかかったように。


「すごい…」ぷる男は感嘆の声を上げた。


「ケバ子さんって、異世界では何だったんですか?」花子が尋ねた。


「ふふ、それはお酒を飲みながらのお楽しみということで」ケバ子はウインクした。


混乱が収まったところで、ぷる男は再びミニぷる男2号を探し始めた。


「あれ?どこ行ったの?」


「あそこだ!」間苧谷が指さした。


ミニぷる男2号は店の隅、従業員専用ドアの下から滑り込もうとしていた。


「待て!」


ぷる男が駆け寄ると、ミニぷる男2号は一瞬ためらったように見えたが、すぐにドアの隙間から姿を消した。


「追いかけます!」


ぷる男が従業員専用ドアを開けると、そこは小さな事務室だった。棚やロッカーが並び、隅には小さなデスクがある。


ミニぷる男2号はデスクの上を這い回っていた。何かを必死に探している。


「何を探してるんだ…?」


ぷる男がゆっくりと近づくと、ミニぷる男2号は突然デスクの引き出しに飛び込んだ。


「あっ!」


引き出しを開けると、中はペンや紙クリップなどの文房具でいっぱいだった。ミニぷる男2号はその中で何かを咥えて出てきた。


「それは…USBメモリ?」


確かにそれは、花子が紛失したものとは別の、黒いUSBメモリだった。


「何でこんなところに…」


その時、背後から間苧谷の声が聞こえた。


「粘田、見つけたか?」


振り返ると、間苧谷、花子、ケバ子、小振田が部屋に入ってきていた。


「はい、でも…なぜか別のUSBを…」


間苧谷はミニぷる男2号が咥えているUSBを見て、目を見開いた。


「それは!私が探していたバックアップデータだ!」


「えっ?」


「先日のサーバートラブルの前に、私が密かにバックアッププランとして作っておいたデータだ。しかし、どこに置いたか忘れてしまっていた」


ミニぷる男2号は嬉しそうに「ぷるる〜」と鳴き、USBをぷる男に差し出した。


「ありがとう…」


ぷる男がUSBを受け取ると、ミニぷる男2号は1号と同じように彼の体内に溶け込んでいった。温かい感覚と共に、何か大切なものを取り戻したような安堵感が広がる。


「これで明日のプレゼン資料が復元できるかもしれない!」花子が飛び跳ねた。


「しかし時間がない。今からオフィスに戻って作業しなければ」間苧谷が腕時計を見た。


「私も手伝います!」小振田が意外にも名乗り出た。「元ゴブリンは夜に強いんです!」


「わたしも!」花子が握りこぶしを上げた。「元勇者の底力、見せてあげる!」


「皆さん…」ぷる男は感動して言葉に詰まった。


「さあ、行くぞ!」間苧谷が号令をかけた。「魔王の名にかけて、このプレゼンを成功させる!」


オフィスに戻った一行は、徹夜での資料復元作業に取り掛かった。花子はキーボードを叩きながら何度か居眠りし、小振田は驚くほど効率的にデータを整理していく。間苧谷は時折赤い目で厳しく指示を出し、ぷる男は自分のスライム能力を活かして、複数のパソコンを同時に操作していた。


「これは…」間苧谷が復元されたデータの一部を見て眉をひそめた。「見覚えのないデータがある」


画面には奇妙な図形と数式が並んでいた。まるで異世界の魔法陣のようだ。


「なんでしょう…」ぷる男も首をかしげた。


「とりあえず保存しておこう。今は資料完成が先決だ」


夜が明ける頃、ようやく資料は完成した。全員疲労困憊だったが、達成感に満ちた表情を浮かべていた。


「やった…」花子はデスクに突っ伏して安堵のため息をついた。


「あとは数時間眠って、本番に臨むだけだな」間苧谷は満足そうに頷いた。


ぷる男は窓の外を見た。東の空が少しずつ明るくなり始めている。


「みんな、本当にありがとう」


心からの感謝を込めて言うと、全員が疲れた顔で微笑んだ。


しかし、ぷる男の心の中には小さな不安があった。復元されたデータの中の謎の図形と数式。そして、自分の体から分裂したミニぷる男たちの存在。


これらは一体何を意味しているのか—


そんな疑問を抱きながらも、ぷる男は明日のプレゼンに向けて、残りわずかな休息を取ることにした。

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