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魔王評価の夜

「諸君、これより年次評価を始める!」


部長の声が会議室に響き渡った。午後7時を回り、外はすっかり暗くなっている。疲れ切った社員たちの顔には青白い蛍光灯の光が不気味に反射していた。


「え?今から?」

「年次評価って来週じゃ…」


小さなつぶやきが聞こえる中、部長は不敵な笑みを浮かべた。


「サプライズ評価だ。準備している奴など、この世にいらん!」


部長の目が赤く光った気がした。気のせいだろうか。


「透くん…」花子が小声で話しかけてきた。「部長、また魔王モードに入ってる」


確かに間苧谷部長の周りには、薄い黒い霧のようなものが漂っている。魔界研修から一週間。部長の魔王としての素性は社内の公然の秘密となっていたが、まさか会社の評価制度にまで魔界のやり方を持ち込むとは。


「各自、会議室3に集合!資料は必要ない。必要なのは己の魂のみだ!」


部長の言葉に、社員たちは不安げな表情で立ち上がった。


---


会議室3に入ると、そこはもう会議室ではなかった。


「なにこれ…」


天井まで届く黒い石柱が立ち並び、床は赤い絨毯に変わっていた。正面には巨大な玉座があり、そこに部長が腰掛けていた。


「よく来たな、愚かな人間どもよ」


部長の声が低く響く。完全に魔王モードだ。


「これより『魔王評価』を始める。生き残れば昇給、敗れれば降格だ」


社員たちからどよめきが上がる。花子が私の袖を引っ張った。


「透くん、これマズいよ。魔王の評価って、普通は命を取られるんだよ」


「え?マジで?」


部長が手を打つと、床から黒い霧が立ち上り、社員たちを一人ずつ包み込んでいく。


「各自の潜在能力を引き出す試験だ。己の内なる力と向き合え!」


私の周りも霧に包まれ、視界が真っ暗になった。


---


目が覚めると、そこは小さな部屋だった。机の上にはパソコンが置かれ、画面には「プレゼン資料作成 制限時間:30分」と表示されている。


「こ、これが試験?」


普通のビジネス課題かと思いきや、よく見るとテーマが「魔界における効率的な人間搾取法」となっている。冗談じゃない。


私はパソコンに向かいながら、スライムだった頃の記憶を探った。魔界では人間をどう扱っていたっけ…。


「時間切れだ」


気づくと部長が後ろに立っていた。いつの間に?


「粘田、お前のプレゼンを見せろ」


仕方なく画面を見せると、部長は眉をひそめた。


「『人間と魔物の共存による生産性向上』…何だこれは」


「あの、搾取よりも共存の方が長期的には…」


「甘い!」部長が机を叩いた。「魔界では弱肉強食が鉄則だ!」


突然、部長の手から赤い光が放たれ、私は壁に押し付けられた。


「次の試験だ。圧迫面接に耐えろ!」


---


三時間後、私は完全に消耗していた。プレゼン、圧迫面接、謎解き、さらには魔力耐性テストまで。魔王評価は容赦なかった。


「透くん、大丈夫?」


花子が心配そうに声をかけてきた。彼女も疲れた様子だが、元勇者だけあって踏ん張っている。


「なんとか…花子さんは?」


「私は勇者だからね、こういうのには慣れてるよ」


彼女は苦笑いした。「でも部長、本気だよ。このままじゃ社員みんな倒れちゃう」


確かに周りを見ると、何人かの社員はすでに床に倒れ込んでいた。魔力に耐えられないのだろう。


「最後の試験だ!」


部長の声が響く。全員が彼の方を向いた。


「己の力の覚醒だ。内なる魔力を解放せよ!」


部長が両手を広げると、会議室全体が赤い光に包まれた。床に魔法陣が浮かび上がり、社員たちの体から様々な色の光が漏れ始める。


「な、何が起きてるの?」

「体が熱い…」


悲鳴と驚きの声が上がる中、突然会議室のドアが開いた。


「待ちなさい!」


入ってきたのは見知らぬ女性だった。黒いスーツに身を包み、鋭い眼差しで部長を見つめている。


「焼野春雨、人事部新人研修担当です」


部長が顔をしかめた。「邪魔をするな。これは私の評価だ」


「間苧谷部長」焼野は冷静に言った。「魔界との契約では、人間界での過度な魔力行使は禁じられています」


「何だと?」


「忘れたのですか?あなたが人間界に来る際に交わした契約を」


焼野は小さな巻物を取り出した。それを開くと、赤い文字で何かが書かれている。


「魔契約…」部長の顔が青ざめた。


「そうです。これ以上続けるなら、魔界評議会に報告します」


部長は歯ぎしりした。「くっ…わかった」


彼が手を打つと、部屋の異様な雰囲気が一気に消えた。魔法陣も消え、社員たちの体から漏れていた光も止まった。


「今回の評価は…中止だ」


部長は不機嫌そうに言った。「全員、帰れ!」


---


「あの人、誰だったんだろう」


会社を出た後、私と花子は近くの居酒屋で緊張を解いていた。


「焼野春雨…聞いたことないよね」花子がビールを飲みながら言った。


「でも部長を止められるなんて、ただ者じゃないね」


「そうだね。でも彼女のおかげで助かったよ」


花子はグラスを置いた。「それにしても…なんで部長は急に評価なんてしたんだろう」


「さあ…」


その時、居酒屋のドアが開き、小振田緑朗が入ってきた。


「やっぱりここにいたか」


彼は私たちのテーブルに座った。「大変だったろう」


「緑朗さん、知ってたの?」


彼は頷いた。「魔王評価は魔界では年に一度の儀式だ。部下の力を試し、魔力を吸収する」


「吸収?」


「ああ」緑朗は真剣な表情で言った。「今日の評価で部長は社員たちの魔力を吸収しようとしていた。それを焼野さんが止めた」


「焼野さんって…」


「彼女は魔界と人間界の調停者だ。私と同じような立場だが、もっと上級の」


花子が息を呑んだ。「じゃあ、部長の計画はまだ続いてるの?」


緑朗は窓の外を見た。「ああ、魔界融合計画は進行中だ。今日の評価もその一環だったはずだ」


「でも、なぜ?」


「それはまだわからない」緑朗は立ち上がった。「だが警戒しろ。今夜、何かが変わった」


彼が指差した窓の外を見ると、夜空に奇妙な赤い光が見えた。一瞬だけ、まるで別の世界が重なったかのように。


「明日も気をつけろよ、透」緑朗は言って店を出ていった。


私と花子は顔を見合わせた。魔王評価は終わったが、何かがまだ始まったばかりのようだ。


窓の外の空には、不吉な雲が流れていた。

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