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合宿前夜の激動

「全社員合宿決定!」


間苧谷部長の一喝が会議室に響き渡った瞬間、空気が凍りついた。


「しかも明日から!」


「は?」

「明日って…」

「準備が…」


社員たちからざわめきが上がる。私、粘田透も呆然としていた。スライムから人間に転生して以来、こんな急な予定変更は初めてだ。


「異議は認めん!滅びよ人間…じゃなかった、頑張れ社員諸君!」


部長は一瞬だけ魔王時代の癖が出そうになったが、慌てて言い直した。それでも彼の赤く光る目は、かつての魔王の威厳を漂わせている。


「合宿場所はどこですか?」勇田花子が小首を傾げながら質問した。


「奥多摩の秘境だ。かつて私が…」部長は言葉を切った。「いや、良い温泉があるところだ」


花子は「へぇ〜」と天然な反応をしながらもメモを取っている。元勇者の彼女は、こういう突発的な命令にも動じない。


---


「透くん、大丈夫?」


昼休み、花子が私のデスクに寄ってきた。


「ぜんぜん大丈夫じゃないよ…」


私は机に頭を打ち付けていた。その拍子に、額が机にぺたりと張り付いてしまう。スライム時代の習性だ。


「あ、また張り付いてる」花子が笑いながら私の頭を引き剥がしてくれる。


「ありがと…」恥ずかしさで顔が熱くなる。「でも明日からの合宿って、準備する時間もないし…」


「部長、最近おかしくない?」花子は声を潜めた。「ゴゴ郎の件以来、何か企んでるみたい」


確かに部長は先週のあの件以来、妙に落ち着きがなかった。「新たな秩序の創造」という言葉が脳裏をよぎる。


「もしかして合宿で何か…」


「粘田くん、勇田さん」


振り返ると、小振田緑朗がコンビニの制服姿で立っていた。


「緑朗さん!どうしてここに?」


「昼休みに差し入れを持ってきたんだ」彼はコンビニの袋を掲げた。「それより、合宿の話を聞いたよ」


「どこで?」


「さっき部長が俺のコンビニに来てね、『世界の融合が始まる』って呟きながらエナジードリンクを10本買っていったんだ」


私と花子は顔を見合わせた。世界の融合…まさか。


「奥多摩って、異世界との境界が薄いって噂のある場所だよね」緑朗が言う。


「え?初耳だけど」


「元ゴブリンの俺が言うんだから間違いない」緑朗は真剣な表情で続けた。「あそこは昔から『門』があるとされてきた場所なんだ」


---


午後のオフィスは準備で大騒ぎだった。私は資料をまとめながらも、緑朗の言葉が頭から離れない。


「粘田くん、これ印刷して」


声に振り返ると、間苧谷部長が立っていた。手渡されたUSBメモリを見て、私は息を飲んだ。


「これって…」


「合宿のスケジュールだ。今すぐ印刷しろ」


「は、はい」


プリンターに向かう途中、USBを見つめた。これは先週ゴゴ郎に渡したものと同じデザインだ。偶然か?それとも…


プリントアウトされた紙を見て、さらに驚いた。スケジュール表の隅に小さく「44」という数字が記されている。


「部長、このスケジュール…」


「何か問題でも?」部長の目が鋭く光った。


「い、いえ…」


「よし、では今日は早めに切り上げて準備をしろ。明日は朝6時に駅集合だ」


そう言い残して部長は立ち去った。その背中には、かつての魔王の威厳が漂っていた。


---


「これ、見て」


仕事終わりに花子と待ち合わせた居酒屋で、私はスケジュール表を見せた。


「44…」花子の顔色が変わる。「やっぱり部長は…」


「世界の融合を計画してるのかも」


「でも、それって本当に悪いことなの?」花子は考え込んだ。「緑朗さんが言ってたように、44は『新生』も意味するんでしょ?」


「どっちにしても、明日の合宿で何かが起きそうだ」


私たちは黙ってお互いを見つめた。元スライムと元勇者が、元魔王の計画に立ち向かうなんて、なんとも奇妙な状況だ。


「とりあえず準備しよう」花子が立ち上がった。「何が起きても対応できるように」


---


帰宅して荷物をまとめながら、窓の外を見た。月明かりが異様に明るい。


「スライムだった頃は、こんな心配ごともなかったな…」


ふと、鏡に映る自分の姿に目が留まる。平凡なサラリーマンの姿。でも中身はかつてのヌル山ぷる男だ。


「転生して人間になったけど、結局何も変わってないのかも」


そう呟きながらベッドに横になると、体がぬるりと敷布団に溶け込みそうになる。慌てて体勢を直す。


「この習性だけは直らないな…」


スマホの着信音が鳴った。花子からだ。


「透くん、大変!コンビニに行ったら緑朗さんがいなくて、代わりの店員さんが『彼は今日で辞めた』って…」


「え?どういうこと?」


「分からない。でも『奥多摩に用事ができた』って言ってたらしいよ」


胸騒ぎがする。緑朗さんまで…。


「明日、何が起きるんだろう」


「分からないけど、一緒に立ち向かおう」花子の声には決意が満ちていた。


電話を切ると、再び窓の外を見た。月明かりがさらに強くなったような気がする。そして遠くの空に、一瞬だけ異様な光が走った。


明日、奥多摩で何が起きるのか。部長の真の目的は何なのか。そして緑朗さんは…。


私は眠れぬまま、夜が明けるのを待った。転生して人間になってからの最大の試練が、明日訪れる。


スライムだった頃の本能が囁いている。危険が近づいていると。

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