表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

170/289

44の影

「それで、どうなさいますか?」


ゴゴ郎が不気味な笑みを浮かべながら、オフィスの片隅で私たちを見つめていた。先週の異世界通信の騒動から一週間。彼の態度が再び変わっていた。


「何がどうって?」


私はできるだけ平静を装った。


「クレーム問題ですよ」


ゴゴ郎は声を潜めて言った。「あなたたちの会社が異世界転移の研究をしているという事実を、私のクライアントに伝えるべきか否か…」


花子が私の横で息を呑んだ。


「まさか脅してるの?」


「脅迫なんて大それた」ゴゴ郎は両手を広げた。「ビジネスの交渉ですよ。私はただ、真実を知る権利を主張しているだけです」


「で、何が欲しいんですか?」


私の質問にゴゴ郎は顔を近づけてきた。


「PCにあった時空転移プロトコルのコピーです。クレームは取り下げますから」


その瞬間、花子が彼の胸ぐらを掴んだ。


「あんた、何様のつもり?」


「元・勇者様に掴まれるとは光栄ですね」


ゴゴ郎はまったく動じない。「でも、その腕力も今は平凡なOLのものでしょう?」


花子の手が震えた。確かに彼女は今や普通の会社員だ。勇者としての力は、この世界では使えない。


「どうするの、透くん?」


私は頭を抱えた。部長の秘密を守るべきか、それともゴゴ郎の要求に応じるべきか。


「考える時間をあげましょう。明日の朝までに」


そう言い残して、ゴゴ郎は自分のデスクに戻っていった。


---


「どうしましょう、部長に言うべきでしょうか?」


昼休み、私たちは屋上で相談していた。


「言えないよ」花子は首を横に振った。「部長、最近やっと『滅びよ人間!』って言わなくなったところなのに」


「確かに…」


間苧谷部長は、最近ようやく魔王としての癖が薄れてきたところだった。この問題で刺激すれば、また暴走するかもしれない。


「でも、黙っているわけにも…」


「44…」


突然、花子が呟いた。


「何?」


「ゴゴ郎がよく言ってた『44』って数字。『世界よ、融合せよ』の略だって言ってたけど…」


「それが?」


「実は異世界では、44は『死』を意味する不吉な数字なの」


私は驚いて花子を見つめた。


「つまり、彼の言ってた『44…終わりの始まり』は…」


「世界の融合が、実は終わりを意味するのかもしれない」


花子の目は真剣だった。


「部長は本当に世界の共存を望んでるの?それとも…」


言葉を濁す花子。その先にある可能性は、考えたくなかった。


---


午後のオフィスは異様な静けさに包まれていた。表面上は通常業務が続いているが、私たちの間には見えない緊張が走っていた。


「粘田くん、ちょっといいか」


突然、部長が声をかけてきた。心臓が跳ね上がる。


「は、はい」


部長室に入ると、意外なことに部長は穏やかな表情をしていた。


「昨日の件だが、気にするな」


「え?」


「ゴゴ郎のことだ。彼の要求は無視していい」


私は驚いた。「ご存じだったんですか?」


「この会社で起きることは全て把握している」部長は窓の外を見つめた。「それに、彼にコピーを渡しても意味はない」


「どういうことですか?」


「あのファイルは偽物だ。本物は…」


部長は急に言葉を切った。その目が一瞬、赤く光ったような気がした。


「本物は?」


「知る必要はない」


部長の声が低く響いた。「ただ、お前を信頼しているからこそ教えるが、私の目的は決して破壊ではない」


「では?」


「新たな秩序の創造だ」


その言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。魔王としての部長が顔を覗かせた瞬間だった。


---


「部長が何か隠してる」


会社帰り、私は花子に部長室での会話を伝えた。


「やっぱり」彼女は頷いた。「でも、どうする?ゴゴ郎の要求は?」


「偽物のファイルなら渡してもいいんじゃない?」


「でも、それって部長への裏切りにならない?」


私たちは小さな居酒屋で頭を抱えていた。そこへ、思いがけない人物が現れた。


「悩んでるみたいだね」


振り返ると、小振田緑朗が立っていた。コンビニの制服姿のままだ。


「緑朗さん!」


「偶然通りかかったんだ。話、聞こうか?」


私たちは状況を説明した。緑朗は真剣に聞き入り、時折頷いていた。


「44か…」彼はグラスを回しながら言った。「あの数字には別の意味もあるんだ」


「別の意味?」


「異世界では、44は『新生』も意味する。死と再生、終わりと始まり。コインの裏表みたいなもんさ」


「つまり?」


「部長の言う『新たな秩序』が、破壊を伴うものなのか、純粋な創造なのか…それが問題だ」


花子が身を乗り出した。「あなたはどう思う?」


緑朗はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。


「俺はね、信じたいんだ。異世界と人間界が本当に共存できるって」


彼の言葉には重みがあった。元ゴブリンとして、両方の世界を知る者の言葉だ。


「でも、部長の本当の意図は…」


「それを確かめるのが、君たちの役目じゃないかな」


緑朗は立ち上がった。「俺はコンビニ店員として、ここで頑張るよ。君たちは会社で真実を探してくれ」


---


翌朝、私はゴゴ郎のデスクに向かった。


「決心がついたようですね」


彼は薄笑いを浮かべた。


「ファイルを渡します。代わりに、クレームは完全に取り下げてください」


「もちろん」


USBメモリを渡すと、ゴゴ郎は満足げに頷いた。


「賢明な判断です」


彼が席を立った瞬間、花子が近づいてきた。


「本当にいいの?」


「ああ」私は静かに答えた。「あれは部長の言う通り偽物だ。でも…」


「でも?」


「本物を探す旅が、これから始まるんだ」


私たちの視線が交差した。そこには決意と不安が混在していた。


オフィスの窓から差し込む朝日が、新たな一日の始まりを告げていた。部長の真意、44の謎、そして世界の行方。すべてはまだ闇の中だ。


だが一つだけ確かなことがある。私たちはもう、ただのサラリーマンではない。異世界と現代をつなぐ鍵を握る者たちなのだ。


スライムから人間に転生した私の新たな使命が、ここにある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ