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PC防振と時空の秘密

「なぁ、ぷる…じゃなかった、粘田くん」


ゴゴ郎が声をかけてきた。いつもの不気味さはどこへやら、まるで普通の同僚のような口調だ。龍崎との一件から一週間が経ち、オフィスはようやく平常を取り戻しつつあった。


「なんですか、黙岩井さん」


「PCから変な音がするんだ。見てくれないか?」


私は思わず二度見した。先週まで「44…終わりの始まり」などと不吉な予言めいたことを呟いていた男が、今やパソコントラブルを相談してくる普通の会社員になっている。


「どんな音ですか?」


「『ズォォン…グヮラァ…ピキピキ』みたいな」


ゴゴ郎は両手を不規則に動かしながら説明した。その姿があまりにもシュールで、思わず噴き出しそうになる。


「それ、呪文ですか?」


「違う。PCから出る音だ」


彼のデスクに向かうと、確かに彼の言う通りの奇妙な音が聞こえた。まるで異世界からの通信のような、不思議な響きを持つ雑音だ。


「これ、ただの振動音じゃないですか?」


私がケースを開けようとすると、ゴゴ郎が慌てて手を止めた。


「開けるな!中には大事なものが…」


彼の反応が妙に過剰だ。私は少し警戒しながらも、スライム時代の感覚を思い出した。あの頃は体全体が振動を感じ取れたものだ。


「黙岩井さん、この音、ただのハードディスクの振動じゃないですね。何か別の周波数が混ざっている」


ゴゴ郎の目が一瞬光った。


「さすがスラ…いや、なんでもない」


「何か隠してますね?」


私が追及すると、ゴゴ郎はため息をついた。


「実は…このPC、異世界との通信に使ってるんだ」


「はぁ?」


「でも最近ノイズが混じるようになって…」


この会話を聞いていた花子が近づいてきた。


「異世界との通信?それって魔法通信?」


「ああ、そんなところだ」


ゴゴ郎はあっさり認めた。もはや驚くこともない。この会社、元魔王の部長に元勇者の同僚、元ゴブリンのコンビニ店員と知り合いときた。異世界通信用PCがあっても不思議じゃない。


「防振できませんかね」


私が提案すると、ゴゴ郎は首を傾げた。


「防振?」


「スライム時代の経験からすると、振動を吸収すれば通信品質が上がるはずです」


「お前、やっぱりスライムだったのか!」


ゴゴ郎が叫んだ。オフィス中の視線が集まる。


「小声にしてください!」


私は慌てて彼を制した。花子が笑いをこらえている。


「とにかく、試してみましょう」


私はデスクの引き出しから消しゴムを取り出し、四隅を切り落とした。スライム時代に培った特殊な技術だ。


「これをPCの四隅に置くんです」


「そんな簡単なことで?」


「スライムの知恵を侮らないでください」


私が設置を終えると、確かにノイズが減った。代わりに、クリアな異世界の言語らしき音声が聞こえてきた。


「おお!繋がった!」


ゴゴ郎が喜ぶ中、PCの画面が突然青く光り、奇妙なファイルが表示された。


「これは…」


花子が息を呑む。そこには「時空転移プロトコル」と書かれたフォルダがあった。


「黙岩井さん、これ何ですか?」


ゴゴ郎は急に黙り込んだ。代わりに、背後から低い声が響いた。


「それは機密事項だ」


振り返ると、間苧谷部長が立っていた。その目は赤く光っている。


「部長…」


「よくぞ見つけたな、粘田」


部長は意外にも怒っていなかった。むしろ感心したような表情だ。


「実はな、我々は時空を超える技術を研究している」


「はい?」


「この会社の本当の目的は、異世界と現代日本を繋ぐゲートの開発だ」


花子が食い入るように画面を見つめる。


「だから龍崎さんもここに?」


「そうだ。彼も元は異世界の住人だ。我々は皆、何らかの形で異世界と繋がりを持っている」


部長の説明に、私の頭は混乱した。まさか就職した会社が、異世界転移技術の研究をしているとは。


「でも、なぜそんなことを?」


「理由は単純だ」


部長はグラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。


「滅びよ人間!…ではなく、共存するためだ」


予想外の答えに、私は言葉を失った。


「異世界と人間界が共存すれば、双方の技術や文化が融合し、より良い社会が築ける。それが我々の目標だ」


ゴゴ郎が続けた。


「44…それは『よんよん』。『世界よ、よみがえれ』の略だけど、本当は『世界よ、融合せよ』という意味なんだ」


花子は感動したように目を輝かせた。


「素晴らしい…でも、どうしてこんな秘密裏に?」


「世間はまだ受け入れる準備ができていない」


部長の言葉に、私は納得した。確かに、突然「異世界は実在します」と言われても、混乱するだけだろう。


「で、僕にできることはありますか?」


私の質問に、部長は意外な答えを返した。


「お前のスライムとしての感覚が、我々の研究に役立つ」


「え?」


「振動を感じ取る能力は、次元の壁を超える鍵になるかもしれない」


部長の真剣な表情に、私は思わず壁に張り付きそうになった。スライムの習性が出そうになるのを必死で抑える。


「わ、分かりました。協力します」


その瞬間、PCから強い光が放たれ、一瞬だけ異世界の風景が映し出された。緑豊かな草原と青い空、そして遠くに見える城。


「成功した!」


ゴゴ郎が叫ぶ。しかし、すぐに画面は元に戻った。


「まだ安定しないな」


部長は腕を組んだ。


「でも、一歩前進だ。粘田、お前の協力に感謝する」


こうして私は、異世界と人間界を繋ぐプロジェクトの一員に加わることになった。平凡なサラリーマンの日常に、非日常が入り込んできたのだ。


帰り際、花子が私に近づいた。


「透くん、すごいね。まさか君がこんな重要な役割を担うなんて」


「いや、僕もびっくりで…」


「でも、楽しそう!」


花子の明るい笑顔に、私も思わず笑みを返した。


「そうだね。なんだか、転生して良かったって思えてきた」


夕暮れのオフィスを後にしながら、私は考えた。

スライムから人間に転生し、異世界と現代を繋ぐ架け橋になるなんて。

人生、いや、転生後の人生は予想できないものだ。


明日からの仕事が、少し楽しみになった気がした。

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