表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

160/289

平穏の裏側

帰りの電車の中で、透は窓に頬をくっつけたまま考え込んでいた。スライム時代の癖が出ると、こうして何かに張り付きたくなる。幽霊島で発見した「異世界タウン」のことが頭から離れなかった。


「ねえ」


隣に座る花子が小声で呼びかけた。


「ん?」


「あの後、会社に戻ってみたら…なんか変じゃない?」


透はゆっくり窓から頬を剥がした。吸盤のような音がして、隣の老婦人に奇妙な目で見られた。


「変って…どう変なの?」


「失踪してた人たち、全員戻ってきてるの」花子は眉をひそめた。「でも、みんな記憶があやふやで…」


そういえば月曜日、総務の佐々木さんは「週末どこにいたか覚えてない」と言っていた。異世界タウンで妖精の姿になっていたはずなのに。


「あと、みんな口を揃えて『絶妙においしいサバ缶を食べた気がする』って言うのよ」


「サバ缶…?」


透は思わず背筋が凍った。鯖缶絶郎の影響か?


---


翌日のオフィス。透が席に着くと、デスクの上に見覚えのないUSBメモリが置かれていた。


「これ、誰の…?」


周囲を見回しても心当たりはない。おそるおそる自分のパソコンに差し込むと、画面に奇妙なデータが表示された。


それは透がスライムだった頃の記憶だった。


「なっ…!」


ヌル山ぷる男として生きていた日々。弱小モンスターとして森をうろついていた時の映像が、まるで誰かに撮影されたかのように記録されている。


「これ、誰が…?」


データの最後には一行のメッセージがあった。


『君の過去は消えていない。すべては計画通りに進んでいる。』


透は慌ててUSBを抜き、ポケットにしまった。心臓が早鐘を打っている。


---


「部長、ちょっといいですか?」


昼休み、透は間苧谷部長の個室を訪ねた。元魔王の彼なら何か知っているかもしれない。


「何だ、粘田。入れ」


ドアを開けると、部長は窓際に立ち、外を眺めていた。


「実は、おかしなことが…」


話しかけようとした瞬間、透は部長の背中に気づいた。スーツの生地の下に、かすかに浮き出る模様。魔王の紋章だ。魔王の力は封印されたはずなのに。


「どうした?」部長が振り返る。


「あの…失踪した社員のことで」透は本題をぼかした。「みんな戻ってきましたが、記憶があやふやで…」


「ああ、あれか」部長は不思議そうに首を傾げた。「私も覚えていないんだが、どうやら週末、社員全員で何かあったらしい。おいしいサバ缶を食べた記憶だけがある」


透は冷や汗を流した。部長まで記憶がない?


「それと…」部長は机の引き出しを開けた。「今朝、これが届いていてな」


差し出されたのは、古ぼけた封筒。中から取り出されたのは、一枚の写真だった。


そこには若き日の間苧谷部長が映っていた。しかし、背景は明らかに異世界の王城。彼は魔王の装束に身を包み、玉座に座っている。その隣には…


「鯖缶絶郎…!」


透は思わず声を上げた。写真の中の鯖缶絶郎は、現代とまったく同じ姿で、魔王の隣に立っていた。


「知っているのか?」部長が鋭く問いただした。


「いえ、その…」


その時、ドアが勢いよく開いた。


「大変です!」


飛び込んできたのは小振田だった。コンビニのエプロン姿のまま、息を切らしている。


「なんだ、小振田。勤務中だろう」


「それが!コンビニに変な客が来たんです!」小振田は興奮気味に言った。「サバ缶だけを買い占めていって…」


「サバ缶?」透と部長が同時に声を上げた。


「しかも言ったんです。『新しい舞台の準備は整った』って」


---


夕方、透は花子と小振田を連れて会社近くの公園に集まった。


「私も変なものを見つけたわ」花子はスマホを取り出した。「会社のサーバーをチェックしていたら、アクセスログに謎のIPアドレスが。追跡したら…」


彼女が見せた画面には、衝撃的な情報が表示されていた。


『転送先:異世界座標X-2971、Y-3842』


「これって…」


「異世界へのデータ送信よ」花子は真剣な表情で言った。「しかも、毎日会社の情報が送られている」


小振田が緑色の顔を青ざめさせた。「まさか、誰かが異世界と連絡を…」


その時、透のポケットのUSBメモリが突然、青く光り始めた。


「わっ!」


USBを取り出すと、それは小さな球体に変形し、空中に浮かび上がった。そこから投影されたのは、一つのメッセージ。


『異世界と人間界がぬるっと共存する世界。その鍵はあなたたち。明日、幽霊島に来なさい。すべての謎が明らかになる。』


三人は顔を見合わせた。


「行くしかないね…」透はつぶやいた。


「でも、これって罠かもしれないわよ」花子は警戒心を露わにした。


「いや…」透は決意を固めた。「これは私のスライム時代からの宿命かもしれない。行こう」


小振田はコンビニ袋からサバ缶を取り出した。「とりあえず、これ買っておきました!」


「なんでサバ缶買うのよ!」


「だって、みんな絶賛してるじゃないですか!」


透は思わず笑ってしまった。どんな状況でも変わらない小振田の食への執着。


空を見上げると、夕焼けの雲の形がどことなくスライムに見えた。明日、すべての謎が明らかになる。スライムから人間へ転生した自分の運命とは…。


透は決意を新たにした。明日、幽霊島へ向かおう。たとえそこで何が待ち受けていようとも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ