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深夜の結界

会議室のモニターが突然ブルースクリーンになり、社員たちの間にざわめきが広がった。


「あのー、IT部門の方…」透が弱々しく手を挙げる。


誰も反応しない。オンライン会議システムのエラーなのか、全員の画面が青くなっている。透はキーボードをいくつかタップしてみたが、反応はない。


「これ、昨日の幽霊島のシステムと関係あるのかな…」


その瞬間、モニターに奇妙な文字列が流れ始めた。


『魔王を倒した勇者の痕跡』

『データ復元中...89%...90%...』


「え?」


隣の席で花子が息を呑む音がした。彼女の顔が青白くなっている。


「花子さん、これって…」


「私が魔王を倒した記録…」彼女は小声で呟いた。「でも、なぜこんなところに…」


突然、会議室のドアが開き、間苧谷部長が入ってきた。いつもの不機嫌そうな顔ではなく、妙に笑みを浮かべている。


「諸君、素晴らしい朝だね!」


その異様な明るさに、透は思わず床に張り付きそうになった。


「部長、システムがおかしいんですけど…」


「おかしくない」部長は平然と言い放った。「正常に動いているよ。ただ、君たちには見えない部分が表示されているだけさ」


部長がモニターに近づくと、画面の青い光が彼の顔を不気味に照らし出した。


「今夜、重要な出来事がある」部長は低い声で言った。「全社員、21時に会社に集合だ」


「え?今日ですか?」透は驚いた。「でも今日は金曜日で…」


「問題あるかね?」部長の目が赤く光った。


「い、いえ…」


「では解散!」


部長が出て行くと、モニターは突然正常に戻った。まるで何事もなかったかのように、会議資料が表示されている。


「なんだったんだろう…」


花子が不安そうに透を見た。


「透くん、今夜は危ないかも」


「どういうこと?」


「さっきの画面、私の記録だけじゃなかった」花子は真剣な顔で言った。「他の『転生者』のデータも表示されてた」


「ええっ?」


「それに、部長の様子も変だった。まるで…」


「魔王に戻りかけてる?」


花子は小さく頷いた。


---


夜21時、透は重い足取りで会社に戻った。ロビーには既に数十人の社員が集まっている。皆、不安そうな顔をしていた。


「粘田さん!」


振り返ると、コンビニの制服姿の小振田が駆け寄ってきた。


「小振田さん、あなたまで呼ばれたの?」


「いえ、自分から来ました」小振田は真剣な顔で言った。「何か起きると思って」


その時、エレベーターが開き、間苧谷部長が現れた。しかし、いつもの部長とは明らかに違う。背が高くなり、肩幅が広がり、目は赤く光っていた。


「諸君、集まってくれて感謝する」


部長の声も普段より低く、響くような声だった。


「今夜、特別な儀式を行う」


「儀式?」社員たちの間で不安な囁きが広がった。


「心配することはない」部長は笑った。「ただの社内イベントさ」


そう言いながら、部長は両手を広げた。その腕には奇妙な紋章が浮かび上がっている。


「鯖缶絶郎!」部長が叫んだ。


IT部門の隅から、誰も知らない男性が前に出てきた。痩せて青白い顔の男性だ。


「準備は整いました」鯖缶と呼ばれた男は無表情で答えた。


「よし、始めよう」


鯖缶はノートパソコンを開き、何かのコマンドを入力した。突然、建物全体が震え、窓の外が紫色に染まった。


「な、何が起きてるの?」透は花子に近づいた。


「結界よ」花子は囁いた。「強力な魔法の結界が島全体を覆ってる」


「結界?でも、なんのために?」


その問いに答えるように、部長が高らかに宣言した。


「諸君!今夜から、我々は『真の姿』に戻る!」


突然、社員の一人が悲鳴を上げた。彼の体が光に包まれ、徐々に形が変わっていく。光が消えると、そこには人間ではなく、角と尻尾を持つ獣人のような姿があった。


「な、何これ…」透は震える声で言った。


次々と社員たちが光に包まれ、様々な姿に変わっていく。エルフ、ドワーフ、獣人、そして様々な魔物のような姿。


「そういうことか…」花子が理解したように呟いた。「この会社の社員、みんな転生者だったんだ」


「え?全員?」


「そう」部長の声が響いた。「我が社は『異世界転生者受け入れ企業』なのだよ」


部長の体も光に包まれ、巨大な角と黒い翼を持つ魔王の姿に変わった。


「我が名は間苧谷京一!かつての魔王サタンクロムだ!」


透は呆然と立ち尽くした。自分の会社が、実は異世界からの転生者だけで構成されていたなんて。


「でも、なぜ今になって…」


「現代の技術と魔力が融合した今こそ、我らが力を取り戻すとき!」魔王となった部長が宣言した。「我が力の蘇りを阻む者め!」


その言葉に応えるように、ロビーの中央に光の柱が立ち、一人の男性が現れた。白いスーツを着た清潔感のある男性だ。


「やはり動き出したか、サタンクロム」男性は冷静に言った。


「お前は…転生管理局の者か!」部長が牙をむいた。


「そうだ」男性は淡々と答えた。「我々は転生者が力を取り戻すことを禁じている。特に君のような危険な存在はね」


花子が透に囁いた。


「転生管理局…転生者を監視する組織よ」


「そんなのあるの?」


「あるわよ。だって、もし危険な存在が力を取り戻したら…」


花子の言葉を遮るように、部長が咆哮した。


「我らの力を封じる権利が貴様にあるか!」


部長が手を振ると、管理局の男性に向かって黒い炎が放たれた。しかし、男性は軽く手を振っただけで炎を消し去った。


「無駄だ」男性は言った。「現代では、我々の方が強い」


「くっ…」


その時、透は自分の体が熱くなるのを感じた。スライムとしての記憶と力が蘇ってくる。


「う、うわっ!」


透の体が半透明に変わり始めた。花子も光に包まれ、勇者の鎧を身にまとう姿に変わっていく。


「やめろ!」管理局の男性が叫んだ。「力を抑えろ!このままでは…」


しかし遅すぎた。ロビー全体が光に包まれ、社員全員が異世界での姿に戻っていく。


「何が起きてるの?」透は自分の半透明の手を見つめた。


「結界が転生者の力を呼び覚ましている」小振田が説明した。彼もまた、緑色の肌を持つゴブリンのような姿に変わりつつあった。


「でも、なんで部長はこんなことを…」


管理局の男性が答えた。


「彼は力を取り戻し、再び魔王として君臨したいのだ」


「それは違う!」部長が怒鳴った。「我々は現代社会に溶け込むことを強いられ、自分の本質を忘れさせられた。それが許せないのだ!」


「でも、それが転生のルールだろう?」管理局の男性は冷静に言った。「過去を忘れ、新しい人生を歩む…それが転生の意味だ」


「黙れ!」


部長の怒りに応えるように、結界がさらに強くなり、紫色の光が激しく脈動し始めた。


「このままでは危険だ!」花子が叫んだ。「結界が暴走する!」


透は考えた。スライムとしての能力を思い出す。柔軟性、適応力、そして…


「花子さん、この結界を破れる?」


「私一人では無理よ」花子は勇者の剣を握りしめた。「でも、皆で力を合わせれば…」


透は部長に向き直った。


「部長!これ以上続けると危険です!皆さんの力が暴走して…」


「黙れ!」部長は透を睨みつけた。「お前はただのスライムだった。何がわかる!」


その言葉に、透の中で何かが目覚めた。


「そうです、私はスライムでした」透は堂々と言った。「でも、それは私の一部に過ぎない。今の私は、粘田透という人間でもあるんです!」


透の体から青い光が放たれ、結界に向かって伸びていく。


「皆さん!自分の両方の姿を受け入れてください!過去も現在も、全て自分自身なんです!」


花子も剣を掲げ、光を放った。


「そうよ!私は勇者だったけど、今はOL。どちらも私自身!」


次々と社員たちが理解し、光を放ち始める。その光が結界と共鳴し、徐々に安定していく。


「な、何だこれは…」部長は驚きの表情を浮かべた。


「受け入れることです、部長」透は言った。「魔王だった過去も、間苧谷部長である現在も、全てあなた自身なんです」


部長の表情が揺らいだ。怒りに満ちた目に、わずかな迷いが見える。


「私は…魔王だ…だが…」


「そして素晴らしい部長でもあります」透は笑顔で言った。「厳しいけど、皆のことを考えている」


部長の体から徐々に魔王の姿が薄れていく。


「私は…」


結界が徐々に弱まり、外の景色が見え始めた。管理局の男性はほっとした表情を浮かべている。


「理解したようだな」男性は言った。「転生とは過去を捨てることではない。過去と現在、両方を受け入れ、新たな自分を作ることだ」


部長は人間の姿に戻りつつあった。


「私は…間苧谷京一だ」彼は静かに言った。「かつてのサタンクロムでもある」


結界が完全に消え、社員たちも徐々に人間の姿に戻っていく。透も再び普通の会社員の姿になった。


「今回のことは報告しなければならないが」管理局の男性は言った。「皆さんが自分自身を受け入れた以上、特別措置として見逃すことにしよう」


「ありがとうございます」透は頭を下げた。


男性は微笑み、光の中に消えていった。


ロビーには疲れ切った社員たちが残された。部長は深いため息をついた。


「皆、すまなかった」彼は珍しく素直に謝った。「私の我儘で…」


「いいんですよ、部長」透は言った。「皆、同じ気持ちだったんじゃないですか?自分の本当の姿を思い出したかった」


部長は小さく頷いた。


「月曜から、また通常業務だ」彼はいつもの調子を取り戻しつつあった。「ただし…たまには『本来の姿』を思い出す日があってもいいかもしれんな」


社員たちから小さな笑いが漏れた。


透は花子と小振田を見た。三人とも疲れた表情だが、どこか晴れやかな顔をしている。


「さあ、帰ろうか」透は言った。「明日からも、会社員としての日常が待ってる」


「そうね」花子は笑った。「でも、少しは変わった日常になるかもね」


三人は夜の新橋へと歩き出した。空には満月が輝いていた。

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