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迷宮の資料倉庫

地下資料室の奥へと足を踏み入れると、迷路のように入り組んだ通路が広がっていた。薄暗い蛍光灯の下、ホコリを被った段ボール箱や古びたファイルが無造作に積み上げられている。


「零越はこの中のどこかにいるんですね」透は声を潜めて言った。


「ああ」間苧谷部長が頷く。「奴は卑怯な手段を使う。気をつけろ」


「わかりました」


花子が拳を握りしめる。「私、勇者だった頃は迷宮探索が得意だったんです!」


「それは心強い」と言いかけた透の言葉は、花子が古いキャビネットに肩をぶつけ、中から書類が雪崩のように崩れ落ちる音でかき消された。


「あ、ごめんなさい!」


「…静かに進むぞ」部長は小さくため息をついた。


三人は手分けして進むことにした。透は左の通路、花子は右、部長は中央を担当する。


「何か見つけたら、すぐに合図を」


部長の言葉に頷き、透は一人で暗い通路に足を踏み入れた。


ファイルの山、古い備品、使われなくなった什器が通路を狭くしている。透はそれらをかわしながら慎重に進んだ。


「零越…どこにいるんだ」


突然、背後から物音がした。振り返ると、何もない。だが確かに何かの気配がする。


「誰かいますか?」


返事はない。


透は再び前に進もうとした瞬間、足元から黒い影が伸び、彼の足首を捕らえた。


「うわっ!」


影は徐々に上へと這い上がってくる。透は慌てて振りほどこうとするが、逆に床に引き込まれていく感覚に襲われた。


「これは…!」


咄嗟に、透の体がぬるりと変化した。皮膚が柔らかくなり、壁に向かって伸びる。まるでスライムのように。


「おっと、面白い動きをするね」


通路の奥から、スーツ姿の男が姿を現した。整った顔立ちと鋭い目つき。零越強力だ。


「やはり君がスライムから転生した男か。噂には聞いていたよ」


「零越…!」透は壁にへばりついたまま叫んだ。


「正解」零越はにやりと笑った。「資料はもらった。これで明日のプレゼンは頂きだ」


「返せ!」


「残念だけど、ビジネスは時に非情さも必要なんだよ」


零越が手を振ると、黒い影が壁を伝って透に襲いかかる。透は反射的に天井へと体を伸ばし、影をかわした。


「へえ、なかなかやるじゃないか」


零越は感心したように言いながら、再び攻撃を仕掛ける。今度は両手から黒い影が伸び、天井を這う透を追いかけた。


「これが『影喰らい』の力だ。お前みたいな下級スライムとは格が違うんだよ」


透は必死に天井を這いながら逃げる。頭の中では様々な思いが駆け巡る。


(どうしよう、このままじゃ…!)


その時、透の体に奇妙な感覚が走った。スライムだった頃の本能が呼び覚まされたかのように、体が勝手に動き始める。


「えっ?」


透の体がぬるりと変形し、天井の隙間からエアダクトの中へと滑り込んだ。


「おや、逃げたか」零越の声が遠ざかる。「面白い。かくれんぼをしようというわけか」


透はエアダクトの中で息を潜めた。心臓が早鐘を打っている。


(どうしよう…花子さんや部長に知らせないと)


そっとエアダクトを這い、別の場所へと移動する。通気口から下を覗くと、広い空間が見えた。そこには花子と部長の姿があった。


「花子さん!部長!」透は小声で呼びかけた。


二人は上を見上げ、驚いた表情を浮かべる。


「粘田くん?どうしてそんなところに…」


「零越に見つかりました!資料を持っているようです!」


部長の顔が険しくなる。「やはり奴か…」


その時、部屋の照明が突然消え、暗闇に包まれた。


「何!?」


「おやおや、全員揃ったみたいだね」


零越の声が暗闇から響く。次の瞬間、照明が戻ると、そこには零越が立っていた。手には透たちが探していた資料が。


「これを探してたんじゃないかな?」


「零越…!」部長の目が赤く光る。「返せ!」


「残念だけど、ビジネスは勝つことが全てさ」零越はにやりと笑った。「特に君たちのような異世界からの転生者には負けられない」


「なぜそれを…」花子が驚いた表情で言う。


「僕も異世界の住人だったからさ。『影喰らい』として恐れられていたよ」


零越がスナップを鳴らすと、部屋全体が歪み始めた。壁が溶け、床が波打つ。


「これが僕の『ビジネスマジック』だ。会議室消滅の幻術!」


「うわっ!」


床が消え、三人は宙に浮いたような感覚に陥る。だが実際には動いていない。


「幻覚だ!騙されるな!」部長が叫ぶ。


「さすが元魔王、見抜いたか」零越は感心したように言った。「でも次はどうかな?」


彼が再びスナップを鳴らすと、今度は無数の書類が空中から降り注いできた。


「これは…決裁書類の嵐!」


「避けて!」


透と花子は必死に書類の雨を避ける。だが次々と襲いかかる紙の嵐は容赦ない。


「くっ…このままじゃ…」


その時、透の中で何かが目覚めた。スライムとしての本能が完全に覚醒したのだ。


「みんな、下がって!」


透の体が突然伸び、天井から壁、床へと自在に動き始めた。まるで液体のように形を変え、零越の周りを取り囲む。


「なっ…!」


零越が驚いた表情を浮かべる中、透の体は彼の手から資料を奪い取った。


「やったぞ、粘田くん!」部長が声を上げる。


「これで終わりだ、零越!」


だが零越はまだ諦めていなかった。「甘いね…」


彼の体から黒い影が噴出し、部屋中を覆い尽くす。


「暗黒会議室!これが僕の切り札だ!」


視界が完全に闇に包まれる中、透は資料を守るために体を丸めた。


「どこにいる!?」花子の声が聞こえる。


「私が光を!」


突然、花子の体から眩い光が放たれた。元勇者の力が目覚めたのだ。


「ぐああっ!」


光に弱かった零越が悲鳴を上げる。影が薄れ、彼の姿が現れた。


「今だ!」


部長が前に踏み出し、零越に向かって指を突きつける。


「経費削減波動拳!」


「なっ…!」


赤い光が零越を包み込み、彼は壁に叩きつけられた。


「くっ…まさか、こんな力を…」


零越は膝をつき、苦しそうに言った。「今回は引くよ。だが次は必ず潰す…!」


彼の体が徐々に影に溶け、床に消えていった。


「逃げたか…」部長がため息をつく。


透は手に持った資料を確認する。「無事でした…これで明日のプレゼンは大丈夫です」


「やったね!」花子が喜びの声を上げる。


部長は満足そうに頷いた。「よくやった、粘田くん。君のスライムとしての能力が役に立ったな」


「はい…でも、まさか零越も異世界からの…」


「この世界には、我々のような存在が思った以上にいるようだ」部長は腕を組んで言った。「気をつけないとな」


三人は地下資料室を後にした。だが、彼らが去った後、床から小さな影が這い出てきた。


「次は負けないよ…」


零越の声が闇の中に消えていった。


透たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。

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