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極秘会議の影

会社の掲示板に貼られた一枚の紙が、透の目を引いた。


「本日18時より『闇の会議室』にて極秘会議を実施。関係者以外立入禁止」


差出人は間苧谷部長。時刻は現在16時30分。


「闇の会議室って…あの誰も使わない地下の会議室のことかな」


透がつぶやくと、隣の席の花子が身を乗り出してきた。


「あれ、魔界関係者との接触を示唆してるわ」


「え?そんな風に読めるの?」


花子は真剣な表情で頷いた。


「魔界では『闇』という言葉は単なる暗さではなく、禁忌の取引を意味するわ。私が勇者だった頃、よく見かけた暗号よ」


「勇者…そうだった」


透は先日の異常事態以来、会社の同僚たちが異世界からの転生者だと知ってからというもの、日常が少しずつ歪んでいくのを感じていた。


「間苧谷部長が本当に魔王なら、何か企んでるはずよ」


花子の目が異様に輝いている。まるで冒険に出る前夜の勇者のように。


「私ね、実は魔王を倒した時の感覚を忘れられないの」


花子はパソコンのキーボードを強く叩きながら言った。


「日々の単調な作業、コピー機との格闘、エクセルとの死闘…でも、あの時の高揚感には遠く及ばない」


「花子さん…」


「だから!」


花子は突然立ち上がり、拳を握りしめた。


「もし間苧谷部長が本当に魔王なら、私は再び立ち向かわなくちゃ!」


その瞬間、花子の手からわずかに光が漏れ、キーボードが「ビリッ」と音を立てて壊れた。


「あ…また壊しちゃった」


花子は恥ずかしそうに座り直した。これで今月3台目のキーボードだ。


「でも花子さん、僕たちはもう普通の会社員だよ。スライムだった僕も、勇者だったあなたも」


透がそう言いながら資料を整理していると、自分の左手が机にべったりとくっついた。引っ張っても離れない。


「あー、また出ちゃった」


スライム時代の粘着性が出てしまうのは、最近よくあることだった。透は右手で左手を引き剥がし、苦笑いした。


「普通じゃないのは明らかよね」


花子は小声で言った。「それに、あの部長の行動、最近おかしくない?」


確かに間苧谷部長は先週から妙に興奮気味で、廊下ですれ違うたびに「人間界の支配も間近だ、ふふふ」と独り言を言っていた。


「よし、潜入調査しよう」


透は決意した。スライムの時も、危険を察知して逃げるのは得意だった。人間になった今も、その勘は残っているはずだ。


「私も行く!」


花子の目が輝いた。しかし透は首を横に振った。


「花子さんはここで見張り役をお願いします。僕一人の方が目立たないし」


実際は、花子の勇者としての闘志が暴走するのが怖かったのだ。前回の非常事態の時も、彼女は社内の消火器を剣のように振り回していた。


「わかったわ。でも気をつけてね」


花子は少し残念そうに言った。


透は16時45分、こっそりと「闇の会議室」の偵察に向かった。地下への階段を降りていくと、蛍光灯が薄暗く点滅している。かすかに硫黄の匂いがする。


階段を降りきったところで、見知らぬ男性とぶつかりそうになった。


「おっと、気をつけて」


スーツ姿の男性は、一見普通のサラリーマンに見えた。しかし、その名札には「天丼丸」と書かれている。


「あの、すみません…」


「粘田透くんだね?」


天丼丸は不思議な笑みを浮かべた。


「どうして僕の名前を?」


「僕は先週から派遣で来てるんだ。君のことは噂で聞いてるよ。スライムだったんだってね」


透は警戒心を抱きながらも、相手の様子をうかがった。天丼丸は周囲を見回してから、小声で続けた。


「実は僕も元は異世界の者さ。てんぷら天国の王子だったんだ」


「てんぷら…天国?」


「うん。サクサク衣に包まれた者たちの楽園さ」


天丼丸は真面目な顔で言った。透は一瞬言葉に詰まったが、異世界にはいろんな国があるのだろう。


「それで、何をしているんですか?」


「君と同じさ。間苧谷部長が何を企んでいるのか調べに来たんだ」


天丼丸は廊下の奥を指さした。


「闇の会議室では、すでに準備が始まっている。魔界との接触ポイントを開こうとしているんだ」


「魔界との…?」


「うん。間苧谷部長は魔界の力を使って、この会社を支配しようとしている。そして最終的には人間界全体をね」


透は緊張で喉が乾いた。スライム時代、魔界の生物たちは恐ろしい存在だった。


「協力しないか?二人なら何かできるかもしれない」


天丼丸は手を差し出した。透は迷いながらも、その手を握った。


「どうすればいいですか?」


「まずは会議室の様子を確認しよう」


二人は静かに廊下を進み、闇の会議室のドアの前まで来た。ドアにはすでに「立入禁止」の札が下がっている。


天丼丸は指を口に当て、静かにするよう合図した。そっとドアに耳を当てると、中から間苧谷部長の声が聞こえてきた。


「準備は整ったか?今夜の満月に合わせて儀式を行う」


別の声が応える。「はい、魔界からの使者も到着予定です」


「よし。これで人間界にも我らの支配が及ぶ。滅びよ人間ども!ふはははは!」


間苧谷部長の笑い声が響き、透の背筋に冷たいものが走った。


「やばい…本当に何かやる気だ」


透が小声で言うと、天丼丸は真剣な表情で頷いた。


「間苧谷部長は本気だ。このままでは会社どころか、人間界全体が危ない」


「どうすれば…」


「まずは証拠を集めよう。それから対策を考えるんだ」


二人が話しているその時、突然会議室のドアが開いた。慌てて角を曲がり、壁に身を隠す。


会議室からは間苧谷部長と、見知らぬスーツ姿の男性たちが出てきた。男性たちの目は赤く光り、歩き方がどこか不自然だ。


「17時30分に再集合だ。最終確認を行う」


間苧谷部長の指示に、全員が無言で頷き、別々の方向へ散っていった。


「あれは…魔界の下級悪魔だ」


天丼丸がつぶやいた。「人間に化けているけど、動きでわかる」


「本当に魔界と繋がろうとしてるんだ…」


透は動揺を隠せなかった。


「よし、会議室を調べよう」


天丼丸の提案に、透は恐る恐る頷いた。二人は周囲を確認してから、空になった会議室に忍び込んだ。


そこには大きな魔法陣が床に描かれ、奇妙な道具が並べられていた。壁には異世界の地図が貼られ、赤いピンがいくつも刺さっている。


「これは…」


天丼丸が地図を指さした。「魔界への侵入ポイントだ。間苧谷部長は複数の場所から魔界の軍勢を呼び寄せようとしている」


透は会議室の中央に置かれた奇妙な装置に目を留めた。球体状の物体が青白く光っている。


「これは転移装置の一種だ」


天丼丸が説明した。「魔界と人間界を繋ぐポータルを開くための装置さ」


「止めなきゃ…」


透が言いかけたその時、廊下から足音が聞こえてきた。


「やばい、誰か来る!」


二人は慌てて隠れる場所を探した。透は反射的にテーブルの下に潜り込み、天丼丸は窓際のカーテンの陰に身を隠した。


ドアが開き、間苧谷部長が一人で入ってきた。彼は魔法陣の前に立ち、何かを唱え始める。


「闇よ、我に力を…」


間苧谷の体から黒い霧のようなものが立ち上り、部屋の温度が急激に下がった。透は震える手で携帯電話を取り出し、この様子を動画で撮影し始めた。


証拠さえあれば、会社の上層部に報告できるかもしれない。あるいは花子のような元勇者たちの力を借りることもできるだろう。


間苧谷部長が呪文を唱え終わると、魔法陣が一瞬明るく光った。彼は満足げに笑うと、部屋を出ていった。


「今のうちに…」


透はテーブルの下から這い出た。天丼丸もカーテンの陰から出てきた。


「証拠は撮れた?」


「はい、バッチリです」


透は携帯の画面を見せた。間苧谷部長が黒い霧に包まれる様子がはっきりと映っている。


「よし、これで対策を立てられる」


天丼丸は安堵の表情を浮かべた。「粘田くん、君の勇気に感謝するよ」


二人は急いで会議室を出て、上階へと戻った。


「花子さんに報告しないと」


透が言うと、天丼丸は首を横に振った。


「まだ他の人には言わない方がいい。間苧谷部長の手下が社内のどこにいるかわからないからね」


「でも…」


「明日の朝、僕が上層部に直接報告する。それまで静かにしていよう」


天丼丸は透の肩を叩き、別れの言葉を告げた。


「明日、また連絡するよ」


透は不安を抱えながらも、自分のデスクに戻った。花子は心配そうな表情で迎えた。


「どうだった?何か見つかった?」


透は天丼丸の言葉を思い出し、躊躇した。しかし花子は元勇者だ。彼女なら信頼できるはずだ。


「実は…」


透は小声で、見たことと天丼丸のことを花子に話した。花子の表情が徐々に真剣になっていく。


「やっぱり…間苧谷部長は本気なのね」


「うん、でも証拠はある。これで何とかできるはず」


「そうね…」


花子は遠くを見つめるような目をした。かつて魔王と戦った日々を思い出しているのだろうか。


「明日が勝負ね」


透は頷き、自分のパソコンの電源を切った。帰宅時間だ。しかし、明日この会社がどうなっているのか、誰にもわからない。


「家に帰ったら、念のため防具を持ってくるわ」


花子が真剣な顔で言った。


「防具って…」


「魔法防御のブレスレットよ。異世界から持ってきたの」


透は苦笑いしながらも、感謝の言葉を述べた。


オフィスを出る時、透は振り返って「闇の会議室」がある地下を見た。明日、この会社で何が起こるのか。スライムだった頃の本能が、危険を感じていた。

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