【BL】→Q.E.D
俺が、仕事終わりに帰ってきたあの日は、もうすぐ日付が変わろうとしていたのに、どしゃ降りの雨で、君はまるで俺の帰りを待っているかのように、出会ったベンチに座っていた。
「……なにしてんの?風邪引くよ」
話しかけられて虚ろ気に顔を上げた彼は、俺を視界にとらえると、急いでそこから頭を回転させたかのように慌てながら言葉を探していた。
「ぁ、えっと傘を忘れてしまって………いて」
「いや、俺も忘れてるから」
お互いが傘を持っていなくて、けれどすでに下着まで濡れてしまっていて、どこへ向かって走ったところで靴も髪の毛も守ることはかなわない二人は、とくに慌てる事もなく、公園の外灯の明かりの下で見つめ合っていた。
「家に帰らなくていいの?」
「………模試の結果が悪くて」
彼は、また地面を見つめてしまった。
「いいなぁ学生は、そんなことで一喜一憂できて」
おおよそ、学生時代にセンター試験を受けたことのない俺が、成績1つで人生終わったような顔をする彼の落胆さが羨ましかった。
「笑い事じゃないです……よ」
いまにも泣き出しそうな彼の顔に、冷たい雨が流れて本当に泣いているのかと錯覚する。
俺は、君の顔を持ち上げながら、ぐっと自分の顔を相手に近づけた。
「キスしてしまいたくなるよね。なんか、君見てるとさ」
「人の話、聞いてました?」
ビックリしていた顔が、いきなり不機嫌のソレに眉を歪める。
「ねぇ、温めてくれない?明日は、学校休みでしょ」
俺は、君の腕を掴んでベンチから立たせると、手を繋いで歩き始めた。相手の手はすっかり冷たくなってしまっていた。
「知ってた?俺達っていまだに手しか繋いでないの」
「え……そうですか……?」
先を歩く俺は振り返らずに話を続けた。
「なんか、勘違いさせてるみたいだから言うけど俺、君のこと体目的とかじゃないからね?」
「温めてほしいとか言った人がそれ言います?」
少し怒ったような口調で君が俺に言った。
俺、いつもそんなに変なこと言ってるのかな。
「あれ?また、お預け?」
「またってなんですか?」
ほら、君がこないだ夢の中で俺のこと……
そうだ、これは現実には起こってなんかいない事なんだった。俺は、繋いだ手を離した。
「あ、えっと……ごめん」
「何に対する謝罪ですか?」
返答を考えている間にも、雨はどんどん強くなっていった。
「全部。俺の……存在も言動も何もかも…」
アスファルトを打ち付けている音が大きくなって、相手に言葉が届いているのも分からなかった。ただ、相手からの返答はなかった。
「………………。」
「………………。」
相手が何も言ってくれない事が、不意に怖くなって、俺は俺がこの世からいなくなればいいのにって思った。
まるで、自分の心の中を映し出しているかのように雨はザーザーと降った。
俺は、そのまま一人で家に帰ってきた。
相手がどうしたのかは知らない。この日を境に連絡らしい連絡は途絶えた。
声や言葉が聞きたいのに、相手のメールからはスタンプしか返ってこなくなった。スタンプの笑顔さえ相手が妙に苛ついているように思えて、なおさら怖くなった。
『アナタは本当に勝手な人です。いつも意味がわからない。』
そういえば、君が俺に向ける言葉の全ては毎回これだった。
よく自分もいまさらながら、仲良くしてもらっていると思っていたもんだ。
君が居ないと生きていけないのは俺だけ。
君は俺みたいな奴に迷惑を押し付けられただけ。
俺達は、どしゃ降りの雨が降っているのに、どちらも傘を持っていなくて、どちらかに傘を渡すことも、1つの傘に二人が収まることも一生ありえない。
お互いずっとずぶ濡れのままで、この左手が温かくならないことを俺は知ってる。
君が書いた物語には、この日が晴れていて、
それだけが、どうしてもボクは気になって、
もう君の中のボクはボクではない事を知った。