続・ストーリーから外れたその後は
「ストーリーから外れたその後は」の続編です。
よろしくお願いします。
その後、程なくしてお父様が病に倒れた。
そうしてそのまま帰らぬ人になり、という正規のシナリオ通りにはならず、お父様は公爵として変わらずご健在である。
何故ならこの国の第4王子であるユンエ様が、王室でしか使うことの許されない魔法薬と特殊医療でお父様の命を救ったからだ。
彼は私の父もいずれ王家の人間になると、他の王族を説得して回ったらしい。
そんなわけで田舎に引っ込む計画は完全に崩れ、私はユンエ様の正当な婚約者として周知されることとなった。
ただし学園ではカロン様を振り、身分の高いユンエ様に乗り換えたと悪い噂がつきまとう希代の悪役令嬢に成り下がってしまった。
それも結構。
寧ろありがたい。
いや、本当に厭味でもなんでもなく。
これならカロン様とアリスちゃんに変な影響を与えずに済むだろう。
無事結ばれた清純派の2人が、悪役令嬢とその婚約者に関わろうとするはずがないのだから。
ただ、悪い噂を払拭しようとしたユンエ様を止めるのには苦労した。
「君さ、それでいいわけ?」
ユンエ様は呆れた顔でそう聞いた。
彼もなかなか諦めが悪い。
私たちは2人きりでお茶を飲んでいる。
私は自邸の見慣れた庭園に咲く薔薇を見ながら、アールグレイが注がれたティーカップに口をつける。
「あの2人も最近婚約したわけだし、もう別に君が親しくしたって何も問題ないでしょう?」
ユンエ様はそう続けた。
「いいえ、まだ安心なりません。わたくしの知らない未知の存在、つまりユンエ様が危険因子なのですわ。まだ何かしらカロン様とアリスちゃんのシナリオに影響を及ぼす可能性がありますもの」
「あのさ、俺の前でもうそんな話し方しなくていいよ」
「急に口調が変わったら不自然ですわ。わたくしも、この話し方に慣れておりますので」
「君って律儀だね」
ユンエ様はため息をつく。
「先程のお話ですけれど」
私は少し考えて口を開く。
「うん?」
「例え今後ユンエ様が何も影響を与えることはなくとも、わたくしがあのお二人と親しくなるなんて無理なことだと思いますわ」
「何で?」
「わたくし……嫌われておりますもの」
「いや、君、言い方があれだっただけで内容はそんな酷いこと言ってなかったよ。気にしすぎだと思うけど」
「ユンエ様には分からないことですわ」
「あ、そう。あの2人を婚約させるまで頑張ったのはミネアなのに、普通に友人として仲良くしたいと願うことさえ許されないの? 大体、君はカロンのことが好きだったわけでしょう? アリスに譲って我慢して演技までして、それはずいぶん立派な自己犠牲の精神だね。俺には理解できないよ」
ユンエ様はそう言って立ち上がると、この場から去ってしまった。
カロン様のことが好き?
そう、勿論大好きだ。
でも私はアリスちゃんのことが好きなカロン様が好きなのだ。
カロン様が私に少しでも靡く様だったらきっと彼を軽蔑していた。
そんなもの恋でも何でもない。
ゲームと同じで、決まりきった出来事に向かって決められたことをしていただけ。
私はヒロインのライバルキャラ。役を演じてきた。
だからこれまで、誰にどう思われたって平気でいられた。
何も感じなかった。
けれど、ユンエ様だけは違う。
彼だけは私が先を読むことのできないリアルだった。
1人、カップに口を付ける。
お茶の味がしない。
去っていく彼を呼び止めたかった。
この泣きたい気持ちは何なのだろう。
翌日、ユンエ様は学園を休んでいた。
私と顔を合わせたくなかったのかもしれない。
彼が不在の長い1日。
放課後、私の席の前に、アリスちゃんとカロン様が2人揃って立っていた。
「あ、あのミネア様」
アリスちゃんの声は震えている。
彼女が声をかけてくるなんて、一体どうしたというのだろう。
「私、この度、カロン様と婚約させていただきました」
「知っておりますわ」
ゆっくりと立ち上がり、私は一言返す。
おめでとうと言ってあげたかったけれど、そんなセリフは相応しくない。
「ミネア様、この機会に思い切ってお話しさせてください。ミネア様からカロン様を奪ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。ずっと、ずっと謝りたいと思っていたのですが、自分のしたことが恥ずかしくて、申し訳なさすぎて、中々お声をかけられず……」
アリスちゃんは痛々しい表情で頭を下げる。
「私もずっと謝りたいと思っていた。婚約者のいる身で心変わりをし、貴女を痛く傷つけた。それなのに貴女は私の家のことまで考えて、自ら婚約破棄をしたなどと嘘までつき私を庇ってくれて、本当に感謝しかない。ありがとう。そして申し訳なかった」
カロン様もそう言うと、アリスちゃんの隣で頭を下げた。
「え? 何をおっしゃっていますの? 違いますわ。わたくしが無理にカロン様と婚約していただけで、カロン様は元々アリスちゃんのものなのですから」
「アリスちゃん?」
しまった。
普段アリスちゃんをアリスさんと呼んでいたんだった。
「アリスちゃん……嬉しい。それに、そんなふうにまた私を庇って下さってありがとうございます。実は私、はっきりと正しいことを伝えてくださるミネア様をずっと前から尊敬していました」
アリスちゃんは目を輝かせて笑った。
か、可愛い。
「私もだ。ただ、アリスちゃんのもの、とは何か? 私はものなのか?」
カロン様は美しい顔を歪めた。
「失礼いたしました。それは、言葉のあやですわ。お二人がとてもお似合いということを言いたかっただけですの」
「なんてお優しい。ミネア様、本当に申し訳ありませんでした」
アリスちゃんは、再びカロン様とともに深々と頭を下げた。
「それで、図々しいお願いなのですが、私、これからはミネア様の近くにいたいのです。よろしいでしょうか?」
「え?」
「お側にいさせて欲しいのです」
アリスちゃんは必死な様子でそう言った。
ええ?
う、嬉しい。
「別に構わなくてよ」
ああ、私の馬鹿。何でこんな淡々としたセリフしか返せないの。
「ユンエ様にもお礼を言わないと」
アリスちゃんは私の冷たい返答を気にする様子もなく、嬉しそうにそう言ってカロン様を見上げる。
「そうだな。思っていることは伝えたほうがいいという彼のアドバイスで、こうして勇気を出すことができた」
「ユンエ様が?」
私は驚いて返す。
「勝手なことしてごめん。君に腹が立ったから、余計なことしちゃった」
その時、タイミングよく背後から聞き慣れた声がした。
私は振り返る。
「ユンエ様、もう放課後ですよ」
アリスちゃんは、然程驚きもせずにそう言った。
「分かっているけど、1日でもミネアに会えないのは辛いからね」
「臆面もなく」
カロン様は失笑している。
「わたくしに会いたくなかったのでは?」
私はユンエ様に向かって、悪役令嬢らしく尋ねる。
「まさか。今や君に会いたくて無意味に学園に通っているというのに。今日はちょっと魔法研究所からの呼び出しでね」
「でも昨日は怒っていましたわ」
「怒ったのは、君が優しすぎるからだよ」
そう言うと、笑って私たち3人を眺める。
カロン様は不思議そうに首を傾げた。
「上手くいったみたいでよかったよ」
ユンエ様は満足そうだ。
ようやく察したカロン様が、ユンエ様に向かって頭を下げる。
「ユンエ様、ありがとうございました。ミネア様に気持ちを伝えられましたし、お側にいてもいいって言っていただけました」
アリスちゃんが嬉しそうな表情でそう話す。
私も嬉しかった。
それから卒業するまで、私はアリスちゃんとカロン様の幸せな姿を間近で見ながら、楽しい学園生活を送ったのである。
◇◇◇◇◇◇
学園卒業後。
新たなステージ。
私は花嫁修行をしながら密かに農業に励んでいた。
ユンエ様が薬物の研究所で魔法と薬学を融合させた新薬を開発しているので、それに使えそうな植物を育てているのだ。
近頃は農作物だけではなく、古くからある天然の山野草にも興味が出てきた。
幸い、さほど遠くない場所に山がある。
生前に登山の経験はある。奥深くまで行かなければ大丈夫だろう。ハイキングがてら山に登ってみようかと思った。
邸の執事やメイドに見つかったら咎められそうなので、早朝黙って邸を出る。
まあ半日、もしくは夕方くらいまでなら後でどうとでも言い訳は立つだろう。
ユンエ様の研究のために、できるだけ珍しい野草を見つけたい。
いざ、入山。
この世界の山って、思っていたより暗くはない。高い木がそんなにないので山の中でも日の光を十分に感じられる。見通しもいい。
これなら奥まで入っても危険はなさそうだ。
だが、そんなふうに思ったのが間違いだったらしい。
方向も確かめず、ずいぶんと長い距離を歩いてしまい、私はすっかり道に迷ってしまった。
見通しはよくても、似たような地形が延々と続いている。
その上、トビロジウムという珍しい薬草が視界に飛び込んできたため、それに向かって無我夢中でさらに奥へと進んでしまった。
しかし、トビロジウムは崖のずっと下で、見えてはいるのだがそこへ辿り着く道がなく、結局手にすることはできなかった。
大分時間が経過した。
よくないことは続く。
雨が降ってきた。
日も沈みかけている。
悪くなる視界の中、微かに白い煙が立ち上っていくのが見えた。
私は一縷の望みで、見えた煙の方向に足を進める。
足取りは重い。
雨のせいで体が冷えて体力も奪われていた。
しばらく歩くと、木造の邸が見えた。
煙はこの邸の煙突から上がっている。
人がいるようだ。
実はこの邸に見覚えがあった。
扉に固定してある金属のノックを4度ほど叩く。
ゆっくりと開いた扉から現れたのは、コーネル様だった。
やっぱり……。
私は安堵して足元から崩れ落ちてしまった。
「ちょっとあなた、大丈夫?」
コーネル様の気の抜けた声が返ってくる。
ここはアリスちゃんの攻略キャラであるコーネル様の別荘なのだ。
「申し訳ありません。わたくし、道に迷ってしまいまして」
「ええ? あなたみたいな女性がここまで1人で来たの? とにかく入って。雨に打たれて冷たかったでしょう?」
コーネル様は私を邸に招き、すぐにタオルを持ってきてくれた。
「何か服を貸してあげるね。濡れた服は暖炉で乾かしなよ」
コーネル様はとにかく優しい。そして可愛らしい。
メインの攻略キャラだけあってもちろん顔は整っているけれど、髪は薄ピンクのウェーブ、瞳はルビーと女の子のような色合いだ。
また、話し方も独特でぽやぽやしている。
こんなだけれど、侯爵令息。変わっていて、山奥の別荘に1人でいることが多い。
実はコーネル様は私の2番目の推しキャラだった。
しかし、この世界でアリスちゃんとカロン様を結ばせたことに悔いはない。
コーネル様から借りた服に着替え、暖炉の前で温かいスープをいただく。
気持ちが落ち着く。
私たちは自己紹介しあった。
「そうだわ。コーネル様、リーシャ様はお元気ですの?」
「あれ、あなたはリーシャを知ってるの?」
コーネル様は驚いている。
「ええ。あ、いえ!! その、一方的にお名前だけ……」
またやってしまった。
リーシャ様は、私のようなアリスちゃんのライバルキャラ。
アリスちゃんとコーネル様が結ばれなかった場合のみ、自動的にコーネル様と結ばれるキャラなのである。
コーネル様とは幼馴染で、しっかりとした才女だったはずだ。
「そうなんだ。リーシャってすごく優秀だからね。名前が知れ渡っているのか。巷で話題のユンエ殿下といい勝負かもしれないね」
「ユンエ様をご存知ですの?」
「自国の第4王子を知らないわけないし、新薬の開発をしているとかで近頃は特によく名前を聞くよね。あれ、そういえばあなたはカタルイス公爵のご令嬢?」
「ええ、そうですわ」
「じゃあ、あなたがユンエ殿下の婚約者か。こんなに綺麗な婚約者がいて、ユンエ殿下は幸せ者だね」
「何言ってますの? お世辞なんて無用に願いますわ」
「オレ、お世辞とか分かんないよ」
コーネル様は緩く笑った。
確かに、彼は優しいけれどお世辞を言うような性格ではない。
急に頬が熱くなる。
「え? オレ、変なこと言ったかな? 困らせちゃったらごめんなさい」
コーネル様はあたふたしている。
その様子が可愛らしくて笑ってしまった。
私の笑いにつられたのか、コーネル様も笑った。
そこで強く叩きつけるようなノック音が響いた。
「また迷い人?」
コーネル様は扉を開ける。
「ミネア嬢が来ていますよね」
切羽詰まった馴染みのある声に、思わず椅子から立ち上がる。
「ユンエ様?」
「ミネア!!」
ユンエ様は許可なく部屋に入り込み、勢いよく私を抱きしめた。
「探したんだよ。君の家族や邸のみんなも心配している。どうしてこんな山奥に1人で来たりしたの?」
「えっと……」
「もしかして、彼に会いにきたの?」
ユンエ様はコーネル様を見ている。
「まさか。ち、違いますわ。山で迷ってしまって、この別荘で休ませてもらっておりましたの」
「その服は?」
明らかに自分のものではない男性物の大きな服を着ている。
「着ていた服が雨に濡れてしまったから、コーネル様が貸してくださって」
「そう……」
ユンエ様は小さく息を吐く。
「コーネルさん、ミネアに親切にしてくださりありがとうございました。騒がしくして申し訳ありませんでした」
彼はコーネル様に頭を下げた。
「殿下、やめてください。あ、よければ殿下も朝までこの別荘で休んでいったらいかがですか?」
「大変ありがたいのですが、すぐに戻れますから」
「ああ、もしかして魔法具ですか? 流石ですね。ミネア嬢、もうあなたの服は乾いていると思うよ」
確かに服は完全に乾いていた。
私は別室で自分の服に着替える。
それからコーネル様にお礼を言って、ユンエ様と外へ出た。
雨はすっかり止んで、見上げると無数の星が瞬いている。
「ユンエ様、心配をかけてごめんなさい」
「うん」
ユンエ様は心ここにあらずといった感じでそう一言返す。
怒っているのかもしれない。
「ねえ、ミネア。君は俺のこと……いやいい。何でもない」
「ユンエ様?」
「この魔法具を2度叩けば王宮まで戻れる。とにかく王宮に戻ろう。カタルイス公爵も王宮に来ているから」
「お父様が? わたくしのせいで、大事になってしまいましたわね」
ユンエ様の手のひらにある魔法具は青く光り、ランタンのように周囲を照らした。
「あ……」
私はあるものを見つけ、そちらへ歩き出す。
「ミネア、どこへ行くの?」
「すみません。見覚えのある岩が」
あの独特の岩の形、先程辿り着けなかったトビロジウムが生息する道に続いている気がした。
「待って。そんな細い道は危ないよ」
ユンエ様が私を追いかける。
そこで突然頭上から大きな音がした。
「危ない!!」
気づくと、ユンエ様に体を覆われていた。
彼の足が土砂に埋まっている。
岩が当たったのか、彼の額から血が流れていた。
「ミネア、大丈夫? ケガしてない?」
彼はうっすらと目を開けて私を見つめた。
怖くて、私はただ震えながら頷くことしかできない。
「……よかった」
ユンエ様は魔法具が載った右手を差し出す。
「2度、叩いて。一緒に……戻ろう」
そう言うと彼は意識がなくなったのか、動かなくなってしまった。
「ユンエ様、ユンエ様!!」
私はユンエ様の手を握りながら、急いで魔法具を2度叩く。
私たちは一瞬で見慣れた王宮のエントランスに移動した。
「ユンエ様が、わたくしを庇って!!」
私の声を聞きつけた王宮に仕えている人々が周囲に集まる。
ユンエ様はすぐに医療班の人に連れていかれた。
しばらくして、ユンエ様の命に別状がないことが分かり、私は一度お父様とともに自邸に戻ることになった。
帰されたと言ったほうが正しい。
もはや、私には後悔しかなかった。
素人が1人で山に入り、彼の役に立つ野草を見つけようなんて浅はかだった。
彼に大変な害を与えてしまった。
彼自身より大切なものなんてありはしないのに。
それから毎日王宮に通ったけれど、ユンエ様には会えなかった。
命に別状はないと言いつつ、ケガの具合が相当に悪いのかもしれない。
10日ほどが経ち、クルト様が私を訪ねてきた。
クルト様はユンエ様のお兄様で、この国の第3王子だ。
2人きりで話したいとのことだったので、私は離れのガーデンルームに彼を案内した。
「ユンエのことだけれど」
「ユンエ様はご無事ですの?」
私は彼の言葉を持てず、失礼だと思いながら思わず被せるように尋ねてしまう。
「え、ああ。はい。もう体のほうは完全に回復しました」
「……よかった。わたくし、直接お会いしてきちんと謝罪したいのです」
「いえ、もうユンエには会わないほうがいいと思います」
クルト様は神妙な面持ちでそう言った。
考えてみれば当然かもしれない。
この国の王子であるユンエ様をあんな目に合わせて、他の王族の方が不快に思わないはずがない。
「誤解しないでください。貴女に対して何か咎でもってそう申しているわけではありません。ユンエがミネア嬢との婚約を解消しても構わないと……」
クルト殿下の声は次第に小さくなる。
「ユンエ様が?」
「あの時、頭を少し打ったようで、貴女のことだけを忘れてしまったのです」
「わたくしの……ことだけ?」
クルト様は頷く。
「ですが、何も問題はないのでミネア嬢も自分のことは忘れて気にせず幸せになってほしい、そう申しておりました」
「気にせず? 幸せに?」
ショックだった。
こんなことになってしまったのは全て私が悪いのだけれど、そんな言葉……とても受け入れられない。
涙が流れる。
「本当にそんなに気に病まずとも大丈夫です。ユンエは貴女の幸せを願ってそう申しているのです」
「ユンエ様がいなくてどうして幸せになれますの?」
クルト様は驚いたように目を見開き、私を凝視する。
「ユンエに会いますか?」
「ええ」
私は力強く返事をする。
クルト様はそのまま私を王宮まで連れてきてくれた。
ユンエ様の部屋の前だ。
ノックをしてクルト様と一緒に部屋に入る。
「ユンエ、彼女とよく話したらどうですか?」
「兄上?」
私の姿を見たユンエ様は驚いていた。
そして視線を逸らす。
きっと彼にとって今の私は、全く知らない人間なのだろう。
「ではお二人でごゆっくり」
クルト様はそう言い残し、部屋を去った。
「ユンエ様、わたくしミネア・カタルイスと申します。お体のお加減はいかがですか?」
「……体はもう大丈夫です」
「ユンエ様、お許しください。わたくしの浅はかな行動でユンエ様に大変なケガを負わせてしまいました。その上、記憶障害まで」
「いや……」
「わたくしはユンエ様に相応しくありません。分かっておりますわ。でも、側にいさせていただきたいのです」
「大丈夫です。償いなどは必要ありませんから」
ユンエ様は俯く。
「違いますわ。わたくしが勝手にユンエ様のお側にいたいだけです」
「ミネア……」
それはいつもの呼び方で、ユンエ様は私を認識しているように見えた。
「ユンエ様?」
「ごめん、ミネア。記憶障害って嘘なんだ。兄上に頼んで君にそう伝えてもらった」
「どうして?」
訳がわからない。
「これまで俺の気持ちだけで一方的に婚約してしまったから、ミネアから好かれている自信がなかった。それとミネアに、他に好きな人がいるなら自由にしてあげたかったんだ」
「そんな。私が好きなのはユンエ様だけです」
「……素の口調だ。ミネア、やっと言ってくれたね」
ユンエ様は笑った。
そして改めて私に視線を向ける。
「でも、まだ足りないかな。俺はミネアのことが大好きだよ。ミネアは?」
「わたくしは……」
躊躇ってはいけない。
想いをきちんと伝えないと。
「わたくしは、ユンエ様のことが大大大好きですわ」
「俺はもっと大大大大大好きだよ」
「わたくしなんて大大大大大大大大……」
息が続かない。
「大好きですわ!!」
途中で息を吸ったけれど、呼吸が乱れてしまった。
「ふふっ。ミネア、こっちに座って」
私はソファーに座らせられる。
ユンエ様は私を抱きしめると、いきなり首筋にキスを落とした。
「な、何ですの?」
ユンエ様はずっとニコニコしている。
「予告かな? 俺が君のことをどれだけ好きか、今度は別の方法で教えてあげないとね」
「別の方法?」
「そう。だから今夜は泊まっていって」
「え?」
「ついでに寝かせるつもりもないから覚悟してね」
ユンエ様は瞳にかかった美しいライラック色の髪を手で払いながら、綺麗な笑みを見せた。
ま、眩しい……。
そう、ここは乙女ゲーム「宝石箱のロマンス」の世界。
ユンエ様は光り輝く極上の宝石。
「ユンエ様、わたくしはやっぱり根っからの悪役令嬢だったのですわ」
「どういうこと?」
「だって無意識のうちにヒロインから隠しキャラである最高の攻略者を奪ってしまったんですもの」
「奪われてなんかいないよ。ミネア、最初から俺のヒロインは君だけだから」
ユンエ様はそう言うと、素早く私の唇を奪った。
チカチカする。
ただのキスなのに、やっぱり特別な魔法みたい。
今夜は一体どうなってしまうのだろう?
最後までお読みいただきありがとうございました。
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