本当は全部、ドレスの相談役になって欲しかっただけなんですのよ
ヴァイオレットsideに戻ります。
今回更新するに辺り、話の繋がりをよくするために前話「『可愛い』と『可愛らしい』で使い分けている ※ジョージside」のラストに五行追加しています。
2022/10/16以前にに前話を既にお読み下さった方には大変申し訳ありませんが、前話の最後を読んでからこちらを読んでいただけますと幸いです。
◆◇◆◇◆
話は少し前に遡ります。
ヴァイオレットはなんとか母の監視から逃れようと「ちょっとお花摘みへ……」とまで言ったのですが、相当に信用されていないのか傍を離れることを許されませんでした。
流石に気の毒に思ったステラが「スライ侯爵夫人、私がヴァイオレットと一緒に居る間、淑女らしい行動しかしないとお約束しますわ!」と請け合ったので、母も少しの時間だけ二人で庭園を散歩する権利を与えてくれたのです。
自由になったヴァイオレットの目がキラキラし、今にも「今日の訓練は……」とでも言い出しそうな様子を見てとったステラは念押しをします。
「さっきも言ったけど貴女は今日は注目されてるんだから! 何かあれば親友のこの私に相談して……」
と、突然向こうから聞こえてきた金切り声に、ステラの口はピタリと止まります。
「そうよ! 黙って聞いていれば。ドレスアドバイザーの専属契約ですって!? お金を積めば良いってものじゃ無いでしょう!」
「私なんてジョージ様にドレスを見立てて貰う為にずっと待っていたのよ!!」
ヴァイオレットの心臓がどきり、と強い鼓動を刻みました。
(ジョージ様って……もしかしてジョー兄様!?)
ヴァイオレットの脳裏に蘇る過去の記憶。
以前、まだローズが隣国の公爵令息に出会う前。ある男が彼女へ強引にドレスを贈ろうとしました。ローズは大変怒ってドレスを突き返し、その相手は二度と口を聞いて貰えなかったと聞きます。その話を知ったジョージは苦笑いをしてこう言いました。
「どこの誰だか知らないが、あのローズのドレスを自分の趣味だけで見立てようだなんて酷く傲慢なやつだね。僕ならドレス生地の勉強を一から始めて、その知識や審美眼を磨いてからにするけれど」
(あの兄様が、誰かのドレスを見立てるなんて事をする? でもドレスアドバイザーってことは……まさか本当にお勉強でもしているの?)
ヴァイオレットが考え事をしている間、声のする方にいち早く駆け出したのはステラ。目は爛々と輝き、顔に「なんだか面白そう!」と書いてあります。
「ズルい! ステラったら!」
ヴァイオレットも慌てて声のする方に向かいました。
こうして、ジョージを巡る令嬢達の争いを聞き付け何だ何だと集まった人垣の中に、二人の少女は潜り込んだのです。
「ねぇステラ、トリクル侯爵夫人は、実は【蛇】の守護獣だと思うわ!」
人垣の輪の中心、白いドレスで芝生を滑るように歩む夫人を見たヴァイオレットがそんな事を言い出したので、ステラは(またいつもの十二病が出たわ)と呆れました。
「……面白いけど、それ侯爵夫人が知ったら絶対に怒られるわよ」
「ええ!?【蛇】は強いし変身もできて美人でカッコいいのに……!」
二人の少女がこしょこしょと小声でそんな事を言い合いながら事態を見守っていると、ジョージとトリクル侯爵夫人の会話が聞こえてきます。
「……ああ、トリクル侯爵夫人、貴女は完璧なレディだ。僕が貴女に『可愛らしい』なんて言える訳がない」
「!!」
ジョージが侯爵夫人の手に口づけをしたのを見たステラは……いえ、彼女だけではなく周りの多くの人が息を呑んだり、逆にため息をついたりしました。その図は美しく妖しい絵画の様であり、と、同時にこの場の主は誰なのかをハッキリとさせたからです。
ステラは思わず賛美の言葉を漏らします。
「……トリクル侯爵夫人、素敵だわぁ……。将来あんな風になりたい……」
しかしヴァイオレットは唯一人、周りの誰とも違う反応でした。彼女は口づけの事など意に介さないのか、彼と夫人の二人の会話にじっと耳をすませます。
「ええ! 僕はある女性のために生地の勉強をしていますが、誰かの専属になることはありえません!」
ジョージのこの言葉を聞いた思わずヴァイオレットは、思わず小さく呟きました。
「やっぱり……」
侯爵夫人はジョージへ、他の女性のドレスを見立てたりエスコートをすれば恋しい相手にやきもちを妬かれるのではないか? と問いかけます。
するとジョージははにかみ、その美しい頬を僅かに上気させこう言ったのです。
「いえ……彼女はやきもちなど妬いてはくれません。僕はずっと彼女を想ってますが、口説けるような立場ではありませんから……」
「!!」
ヴァイオレットはそれを聞いて身を固くします。一方、周りの人間には静かな動揺が走り、ヒソヒソとささやく声があちらこちらから上がります。
軽薄に見えたジョージが実は一人の女性だけを思っている事、その恋は報われない事、それでも少年のように頬を染めながら想いを語っている事はあまりにもギャップがありすぎたのです。
「ヴァイオレット? どうしたの?」
悉く周りの反応とは逆の動きをする親友の挙動にステラは疑問を持ち、小声で尋ねました。
しかし彼女の呟きは、楽しそうな侯爵夫人の声にかきけされます。
「あら、皆様聞きまして!? 『沼の貴公子』様は女性に人気で、あちこちで誤解されるような言動をされていらっしゃるくせに、実は本命には愛を語ることはできないんですって! お相手はどこの高貴なお姫様なのかしら? うふふふ。面白いと思いません?」
そう言ったトリクル侯爵夫人がくるっと左後ろを向き、ヴァイオレットと真っ直ぐ目を合わせました。
「そういうワケなのよ。貴女がジョージ様を探っても、何も出てこなくってよ? スライ侯爵令嬢」
周囲の目が、美しいドレスを身につけている一人の少女にザッと集中します。
突如として注目を浴びたヴァイオレットの心臓は跳び跳ねそうになりましたが、驚きの表情を作ることだけにとどめます。【鼠】は常に冷静でいなくては!と、舞踏会の失敗で学び、毎日30分の瞑想をしたのが良かったのでしょう。
彼女は覚悟を決め、人の輪の中心に向かって踏み出します。ピンクゴールドにも似た茶色のドレスがふわりと風に揺れました。
夫人の前に進むヴァイオレットは蛇に対峙する鼠のように頼りなく見えますが、一貴族令嬢として、求められればそれ相応の対応はできる様に(不本意ながらも)教育は受けています。彼女はにっこりと笑顔を見せてから礼をしました。
「トリクル侯爵夫人、改めてお詫び致します。先日の舞踏会では大変失礼致しました」
夫人もにっこりと笑みを返します。
「いいえ、先程も言ったけれど、あれはわたくし達が悪かったのよ。それを今日はハッキリとさせておきたかったの」
「え?」
「皆様も証人になってくださいませ! 先日の『沼』の件ですけれど、あれはわたくしとわたくしのお友達の悪趣味なおふざけが原因でしたの!」
トリクル侯爵夫人は周りに声高に語り続けます。
「スライ侯爵令嬢は親戚筋のジョージ様が多くの女性と不埒なことしていないかと、とても心配していましたの。わたくしは噂は嘘だと知っておりましたけれど……つい、こんなに可愛いお嬢様が必死になっていらっしゃるのがたまらなくて、わざと意地悪な言い方をしましたのよ」
「!」
ヴァイオレットは表情を固くし、思わず手に持った扇子を広げ、顔を半分隠しました。
この様子を見ていたステラは人垣の中でハラハラと気を揉みます。
(ああっ、ヴァイオレットに『可愛い』は禁句なのに!)
しかしトリクル夫人の口上は続きます。
「そうしましたら、わたくしのお友だちも悪乗り致しましてね。ジョージ様に『ずっと傍にいてほしい』とか『結婚後も会ってほしい』なんて仰って……本当は全部、ドレスの相談役になって欲しかっただけなんですのよ。ね、ジョージ様?」
「あ、ああ……」
「うふふふっ。もうね、それを聞いたこのお嬢様のウブで可愛い反応ったら!」
「!!」
ヴァイオレットは更に扇子で顔を全て隠しました。
「不潔でふしだらだ! って顔を真っ赤にしてお怒りになって……ジョージ様を『ドロ沼の貴公子』だと罵られた時も、本当はそれを認めたくないと顔に書いてあったのよ。とっても可愛いでしょう?」
遂にヴァイオレットはぷるぷると震えだしました。顔を隠している筈の扇子も小刻みに揺れ、真っ赤な耳が時折チラリと見えます。
「こんな可愛いお嬢様が毒舌だなんて噂を立てられては、わたくし達の立つ瀬がございませんわ。ねえそうでしょう? 皆様―――――」
ステラは心の中で叫びました。
(トリクル侯爵夫人、もうやめて! ヴァイオレットが恥ずか死んじゃう!!)