君はとても『可愛らしい』から…… ※ジョージside
この話と次の話はジョージsideです。
※2023/12/20追記。後書きに、汐の音様に描いて頂いたイラストを追加しています。是非観てください!!
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ジョージは心ここにあらずでトリクル侯爵邸の庭にいました。いつものように……いえ、いつもより輪をかけて多くの女性に囲まれて。
「それでねジョージ様、――――で、――――の……」
「あぁ……」
次々に話しかけてくる令嬢達に曖昧に答えながら、色取り取りのドレスを焦点を合わせずにぼんやりと眺めていると、ますます人ではなく花畑の中にいるような錯覚を覚えます。
(昔、多くの男性に囲まれていたローズもこんな気持ちだったのかもな。彼女の気持ちも考えずに何度も求婚したりして、あの時は申し訳ない事をした……。今度こそ、間違えたくはない)
彼の目は宙を彷徨い、心に一瞬だけローズの事が浮かびましたがすぐ消えました。先程から彼の心を占めているのは今度の作戦が上手く行くか、その事ばかりです。
トリクル侯爵夫人やファーズ夫人、そしてスライ侯爵夫妻、更にはリリーや一部の使用人まで……と、自分が懇意にしている人々に協力を依頼しましたが不安は尽きません。
何故なら相手は、あの『可愛いヴィオ』だからです。
いくら作戦を練ろうとも、ヴィオはそれこそコマネズミのように自分の手からスルリと逃げてそこらじゅうを引っ掻き回すのでは……と考えてしまいます。
もし彼女が先日の舞踏会のような想定外の事をすれば、こちらは動揺して上手く立ち回れる気がしません。そうすればまた誤解は深まり、彼とヴィオは社交界で更にひどい噂を立てられてしまうでしょう。
もっとも、彼自身は実の無い噂などいくら立てられても構わないと思っている節があるのですが。
「――――ねぇ、聞いていらっしゃるのッ!?」
いつの間にかジョージの横に強引に入り込んでいた男爵令嬢が少々声を荒げたので、彼はやっと我に返りました。
「えっ? ああ、すまない。なんの話だい?」
「もう! 私が黒と赤、どちらで夜会のドレスを作るかって訊いてるのにッ!」
「ああ、そうか。そうだね……君はとても可愛らしいから……」
ジョージはそう言って、裕福そうな男爵令嬢の全身を眺めます。ゴテゴテと着飾り垢抜けない彼女は「可愛らしい」という言葉で嬉しそうに頬を染めました。その肌の色を見た彼はにっこりと微笑み、近くの低木を指差します。
「うん、あの葉よりも少し淡い、若草色なんてどうだい?」
「えッ? だから、黒と赤で……」
「それも良いけど君の肌の色には若草色の方が合うし、今着けてるカメオのネックレスにも合うから。……ちょうどこの間良い生地が手に入った筈だよね、ファーズ夫人?」
彼の近くでお茶を楽しんでいた、ドレスデザイナーとして有名なファーズ夫人は即座にすらすらと答えました。
「ええ、ええ。春の息吹のような素晴らしい色味で。流石スライ侯爵領産の絹ですわ。あれをドレスに仕立てるなら軽やかなデザインにすれば、カメオの重厚さとバランスが取れてようございましょう」
「軽やかな……そうだね。スライ侯爵令嬢が着ていた薄墨色のドレスのような感じかな?」
「ああ、左様でございます。あれは夜空にたなびく薄雲の合間に銀の星が覗いているのをイメージしましたの。若草色の方もきっと素晴らしいドレスになりますよ。いかがでしょうか?」
ファーズ夫人の流暢な売り込みに男爵令嬢はすっかり心を掴まれたようで、鼻息も荒く前のめりに依頼します。
「……それでお願いするわ!! 今度お店に寄らせて頂戴ッ!!」
そしてジョージの方へ向き直りうっとりとした目で語りかけます。
「ああッ、やっぱりジョージ様にご相談して良かったわ……あの悪い噂は、きっとジョージ様を相談相手として一人占めしたい女性が、他の女性を近づかせないように流してるのね」
「あぁ……」
男爵令嬢はペラペラと話し続け、ジョージはまた生返事を返しました。もう心の中はあの日のヴァイオレットのドレス姿を描くことで一杯です。
以前、スライ侯爵夫人が困った顔で「娘が鼠色のドレスを着たいなんて言うのよ」と密かに相談してきた際、ジョージは生地の色や種類など幾つかのアイデアを出しました。それを元にスライ侯爵夫人とファーズ夫人があの薄墨色のドレスをデザインし、仕立てたのです。
だから舞踏会で大広間を移動していたヴァイオレットが扇子で顔を隠していても、ジョージはすぐに彼女だと気づきました。
そして、一見地味ですが近くで見れば最高級の絹を使い非常にセンスの良い事がわかる……自分のアイデアが活かされたドレスに身を包んだヴァイオレットの姿を目の前で見たくなってしまい、わざと彼女にぶつかり、四年ぶりに会ったフリをしたのです。
(すっかり大きくなって、可愛かったな……怒った顔しか見せてくれなかったけど。あれで笑顔になったらどれだけ……)
「――――ねぇ、良いでしょう?」
「……あぁ、うん」
「きゃあッ! 嬉しい。じゃあ早速お父様に話を通さなきゃ!」
「え?」
横の男爵令嬢が突然はしゃぎだし、ジョージは自分が迂闊な返事をしたと気づきます。何の話だったか聞き出そうとするよりも先に、その隣にいた数人の令嬢達が彼女に詰めよりました。
「ちょっと! 貴女何を言ってるの!?」
「そうよ! 黙って聞いていれば。ドレスアドバイザーの専属契約ですって!? お金を積めば良いってものじゃ無いでしょう!」
「私なんてジョージ様にドレスを見立てて貰う為にずっと待っていたのよ!!」
「わたくしもよ! それを割り込んで、この成金風情が! こんなの許されないわ!」
成金と罵られた男爵令嬢は怯まず言い返します。
「許されないも何も、ジョージ様が今承諾してくださったものッ! それがすべてよ!!」
「今のジョージ様はあきらかに上の空だったじゃないの!」
「そうよ! わかってて承諾を無理やり取り付けるなんて卑劣よ!」
「ええ、卑劣な女だわ! どうせ専属契約の話は餌で、本当はジョージ様に言い寄るつもりなんでしょう!」
「まあッ! そうやって徒党を組んで人を成金や卑劣よばわりして、ありもしない下世話な憶測までする人達の方がよっぽど卑劣じゃなくて!?」
「なんですって!?!?」
ぎゃんぎゃんと醜く罵り合う令嬢達。そこへ落ち着いていながらよく通る、美しいアルトの声が入ります。
「あらあら、これは何の騒ぎかしら」
その響きは、ヒートアップしていたその場の空気をしん、と一気に冷ましました。
ジョージが声の主の方向を見ると、オフホワイトの細身のドレスに身を包んだトリクル侯爵夫人が妖艶な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきます。
先程までうるさかった筈の令嬢達は、蛇に睨まれた蛙の如く無言のまま夫人を見つめ、青ざめていました。