14歳の末っ子の考えなど……
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それから暫くして。
さる侯爵夫人より、母と姉妹に園遊会の招待状が届きました。
招待状の差出人、トリクル侯爵夫人の名前を見た姉妹は首を傾げます。今まで交流をしているわけでもない相手です。
両親に尋ねると流石に二人は相手の人となりを把握しているようでした。
「……ああ、あのご婦人か……うん、行った方が良いんじゃないか?」
「……ん~、まあ悪い人ではないわよ。ちょっと悪戯好きな所はあるけれど……」
含みのある言い方をする両親。リリーは大事をとって欠席し、ヴァイオレットとその母がガーデンパーティに行くことにしました。
「ヴィオちゃん、目一杯おしゃれして行きましょうね!」
「ヴィオ、あの水色のデイドレスを着ていったら? あなたに似合ってて可愛いと思うの!」
母と姉がにっこりしてそう言うと、ヴァイオレットは首を横に振ります。
「私、茶色のドレスを着ていくわ」
「「えっ?」」
「だって私の髪の色は茶色で眼は暗めの緑でしょう? やっぱり茶色が良いと思うの!」
「「……」」
口ではそんな事を言うヴァイオレットですが、勿論本当の理由は違います。
(だって【鼠】の色は灰色か茶色か白って相場が決まっているもの! この間の舞踏会のように目立たない訓練の場にしようっと! ふふふふ……)
◆◇◆◇◆
ヴァイオレットの目論みは見事に打ち破られました。
まずひとつは、当日になって豪華なドレスを着させられたこと。
「お母様、これは……」
「うふふ。間に合って良かったわ! 私が昔、あなたのお父様からプレゼントされたものなの。急いでサイズ直しをさせたのよ」
母のお下がりの茶色のドレス。それなら地味かと思われそうですが、実はスライ侯爵家自慢の逸品です。
侯爵領の特産品は極上の絹製品。また、その絹糸をひとつひとつ女達が手で編んだレースも有名です。このドレスはそれらをふんだんに使った贅沢な品。色も茶色と言いながら上品な光沢があり、落ち着いた色味のピンクゴールドと言えなくもありません。
また、サイズ直しのついでにデザインも現代風に少し手直しされているようです。
(この色は珍しいから絶対に他人とカブらないわ……質も最高級だし、これ、めちゃくちゃ目立つドレスなんじゃない……?)
目立ちたくないというのを伏せて「茶色が着たい」と言った手前、これを拒否すればただのワガママになるとヴァイオレットは自分でも思います。渋々ではありますが、素直にドレスの袖に腕を通しました。
「わぁ、素敵! とっても可愛いわよヴィオ」
「うふふ。ヴィオちゃんの可愛さを引き立ててるわ」
「私が贈ったドレスがこんな風になるなんてなぁ。流石自慢の可愛い娘だ。良く似合うぞ、ヴィオ」
姉、母、父が揃って目を細め、可愛いと褒め称えるヴァイオレットの姿。今の彼女は小さな貴婦人さながらです。
……黙って微笑んでいれば、の話ですが。当の本人は渋い顔でこんなことを考えていました。
(ぐぅ。【鼠】は、平凡で地味な見た目を活かしてひっそりと動くものなのに! でもできるだけ目立たずに、すみの方で大人しく情報収集につとめようっと……)
◆◇◆◇◆
ヴァイオレットの目論見が破れたもうひとつの理由。
それは、噂を収集する方ではなく、自身がその噂の的となっていた事です。
ガーデンパーティに出席したスライ侯爵家の母子は、まずはホストであるトリクル侯爵夫人に挨拶をします。
「はじめまして。ヴァイオレット・スライと申します。この度はお招き下さり有難うございます」
「あら、お嬢様、はじめましてではなくってよ?」
「え?」
挨拶のため伏せていた顔をあげると、トリクル侯爵夫人は確かに初対面ではありませんでした。オフホワイトに濃紺の差し色が入った身体にピタリと合うドレスを纏い、余裕の笑みを浮かべるその美しい女性。
……先日の舞踏会でジョージと一緒に居た妖艶な貴婦人ではありませんか!
「あ……そ、その、大変失礼を……」
「いいえ? わたくしの方こそ、その節は失礼したわ。ごめんなさいね」
「い、いえ……」
ヴァイオレットは慌て、しどろもどろにしか言葉を出せませんでした。トリクル侯爵夫人は楽しそうにクスクスと笑みを溢しています。
「流石スライ侯爵家のお二人ね。今日のお召し物もとても素敵ですわ。それに舞踏会の時にお嬢様がお召しになっていたグレーのドレス、凄く斬新で感心したのよ」
「ありがとうございます。娘のドレスはファーズ夫人に依頼して作りましたの」
「やっぱり! 今日はファーズ夫人もお呼びしているのよ。後でそのお話、詳しくうかがいたいわ」
「……」
母と侯爵夫人の会話を横で大人しく聞いていたヴァイオレットは、内心ぐるぐると頭を巡らせます。
(ビックリしたけど、もしかしたらこのパーティーにはジョー兄様もよばれてるんじゃないかしら。……これは逆に証拠を掴むチャンスよね!)
挨拶が終わり、トリクル侯爵夫人と別れた後は早速侯爵邸の庭を彷徨こうとするヴァイオレット。
サササッ……
ガッ!
しかし、迫力満点の笑顔を貼り付けた母に首根っこを抑えられます。
「ヴィオちゃん? どこにいくの?」
「え……えっと、あっちに美味しそうなお菓子のテーブルがあるなぁと思って……」
「あら、そう? じゃあ私も一緒に行くわ。離れないでね」
(ぐぬぬぬ……)
14歳の末っ子の考えなど、三人の子を産み育てた母にはお見通しなのでしょう。
仕方なく母親に同行するヴァイオレット。移動中、周りからじろじろと、あるいは控えめに、何人かが送ってくる視線を感じました。
最初はドレスが目立つのかとも思いましたが、ヒソヒソ話や小さくクスクス笑いまでする人がいる事にやや不快なものを覚えます。嫌な気持ちをお菓子で吹き飛ばそうかと思ったところに、彼女へ近づいてくる少女がいました。
「ヴァイオレット!」
「まあ、ステラ!」
薄い小麦色の巻き毛が羊のようにふわふわとして愛らしいステラ。彼女はヴァイオレットの親しい友人、そして噂話やお喋りが大好きで、ヴァイオレットの情報源のひとつでもあります。
彼女はうっとりした目でヴァイオレットのドレスを見て言いました。
「ねえ、そのドレス凄く綺麗ね! ミルクティみたいなピンク色だわ……。でもあなたの好みじゃなさそうだけど?」
ヴァイオレットは悲しげに眉を下げ、傍に居る母に聞こえないよう小さな声で言います。
「そうなの……私は地味なのが良かったのに……今日はどこかに潜んで情報収集なんて無理そうだわ」
「うふふ、どっちみち無理よ。あなた有名人になってるもの」
「え?」
「あなた、ラウリー子爵家の殿方に『沼の貴公子』って渾名をつけたんでしょう? スライ侯爵家の末のお嬢様は毒舌だって面白がられてるみたいよ!」
「ええっ!?」
「この間愛人騒ぎを起こした男爵は、あなたが怖くて暫くパーティには出られないとか冗談を言ってるらしいわ!」
楽しそうなステラの言葉に愕然としながらも、いろいろな事柄には理由があったのだと思うヴァイオレット。
普段交流の無い“悪戯好き”なトリクル侯爵夫人が自分を招待したこと。
母が自分に豪華で上品なドレスを着せたり、高位貴族にそぐわぬ事をしないよう監視の目を光らせていること。
……そして。
「じゃあ、さっきから周りがチラチラ見てくるのは……」
「きっとそのせいね! しかも今日はその『沼の貴公子』様もいらっしゃってるから、あなたとの対決がまた見られるって期待してる人もいるみたい!」
「あああ……なんてこと……」
ヴァイオレットは思わず額に手を当てて嘆きます。しかし自業自得。後悔先に立たず。
ドレスの生地のイメージは、カッパーゴールドのシャンタン生地です。





