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マユの解説

「セイ、ぼんやりしている場合じゃ無いでしょ」

 背中にマユの声。

 確かに

 薫を見送った位置で

 同じ姿勢で

 閉じられたドアを

 呆けたように

 見つめていた。


「カオルさんは拝屋の画像を見るように言った。とても大切な、ミッションでしょ?」

 マユは話の全てを聞いている。


「そ、そうだった。でも……今すぐに?」

 アルコール入ってるし

 明日でもいいんじゃない?

 ゲームの続きしたいし……。


「ダメ。すぐによ」

 マユの瞳は、好奇心で輝いている。

「わかったよ」

 マユには逆らえない。


「拝屋、金原ススム、で出るかな」

 検索してみると


「これかも。『奈良の拝屋金原洒夢』、だって」


「今時の拝屋さんはホームページがあるのね」

「今時、商売していたら、あるのが普通みたいだよ。俺もそう言われてホームページ作った」


 ホームページには

 自身が霊能力者であることを

 幼きときからの体験を並べ

 アピールしていた。

 

自殺した近所のオジサンには、怖い顔の女の霊が取り憑いていた、とかの。


金原ハルの生き霊が、従姉妹を殺し

また伯父夫婦を殺したと

これは実名で、死亡日時まで、書いてある。


「自分の力に気づき、奈良の霊山で修行をし、悪霊払いの術を習得した、らしいわね……」

 マユはうさん臭いと判断したようだ。

 聖は、そんなことより、

 拝屋の写真を凝視していた。

 小豆色の作務衣、

 首に二連の数珠。

 綺麗な顔したツトムには、あまり似ていないか。

 いや、目立つしゃくれた顎、以外は似てるのか。

 で?

 手は?

 ……残念、見えてない。

 数枚在る写真のどれにも、はっきり映ってない。


「初回2万円、交通費宿泊費別途請求、ってメールアドレスの下に小さく出てる。

頼む人、居たのかしら」

 拝屋で収入を得ていたのかは不明ではないか。

 肩書きが拝屋で

 ホームページで集客してるけど、

 実際は無職状態だったかも。


「ツイッターしてるとか」

「そうね。他の写真がでてくるかも」

マユは、ホームページの写真では

<人殺し>かどうか判断できないと

聖の反応から察していた。


 本人のツイッターは無かった。

しかし画像検索で誰かの載せた写真が十数枚ヒットした。

 元を辿れば、客が撮った写真だった。


(格安の事故物件GET。

拝屋呼んで、お祓いしました。

怨霊、霊障、完全クリア)


 写真の背景は、小さな建売住宅。

 30代のカップルと

 金原ススムが並んで立っている。

 3人とも笑顔で

 ピースポーズ。

 拝屋のピースしている右手に不自然なところはない。

 そして左手は胸の数珠を摘まんでいる。

 この手も、普通、ではないか。

 念の為。拡大する。

 やはり<人殺しの徴>はない。


 遺書に

 母とサオリを殺し

 伯父夫婦を殺したと。

 

 事実であれば、小さな手と中年男女の手がくっついて

 ひらひら。の、筈。


「人殺しじゃ、ないよ」

「……そうなの?」

「うん」

 何故?

 もしかして、母親のスズカが3人を殺したのか?


「それは無いでしょ。サオリちゃんが溺れたときにスズカさんは病院にいたんでしょ」

「車の事故は? 運転してたんだ」

「2人だけを死亡させる工作? 無理でしょ。両方事故死だったのよ。でも、拝屋さんは自分のせいだと思っていた」

 事故死を誘発させる行動、

 あんな事をしなければ

 あんな事を言わなければ、と

ずっと罪悪感を抱えてきたのでは?


「ツトムの両親が死んだ事故はススムがハルの生き霊を見たと騒いだ、そのせいかも。……サオリが池に落ちたときもハルの生き霊を見たんだ」

「生き霊を見て、驚いて、何かしらのリアクション……それがサオリちゃんを脅かしてしまった、とか。それでね、こう思ったの」


 自分のせいじゃない、

 誰も自分を裁きにこない。

 本当にそうか?

 

<知っているぞ。お前は人殺しだ

 お前は老婆の生き霊を見たと

 嘘を付き、人を殺したのだ>


剥製屋は、俺に言うかもしれない。


嘘じゃ無い。


あの時、見たんだ。ハル様を。

……殺すつもりなんて誓ってなかった。

死んでしまうなんて予想もしなかった。


俺のせいで

死んでしまうなんて

微塵も思わなかった。


俺のせいで……。


「ちょっと待ってよ。それじゃあ、拝屋は俺のせいで自殺したみたいじゃん」

「セイに責任は無いわよ。あっちが勝手に恐れただけ」


「遺書では、俺は詐欺師、だけど」

「詐欺師かも知れないし、本物の霊能力者かもしれない。どっちか分からないのも怖いじゃない」

 

「やっぱり、嫌だな。ツトムが俺の話をしたのが自殺のきっかけなんて」

「きっかけに過ぎないのよ。血筋だとあったんでしょ?……ハルさんに似ていると。自分と母親は」


「そう。精神の病を、自分たちも受け継いでると」

「狂ったハルさんを身近で見ていた。あんな風になるんなら、死んだ方がマシだと、心の奧で思っていた。……ツトムさんとお祖母さんにとっても、自分たち親子は居ない方がいいのだと」


「気の毒な話だよな。……結局ハルさんの狂人パワーは強烈で、一族を不幸にしてしまったのか」

「ススムさんが、ハルさんの生き霊を見た。それが二次災害の始まりね」

「そっか。見なかったら、二つの事故は起こらなかったかもしれないんだ。……いや、ススムが言葉に出さずに、ただ自分の中だけで、怖がってりゃ、誰も巻き込まれなかった」


「怖いから、大騒ぎしちゃったのよ。聞いた方も、ハルさんなら化けて出そうだから真に受けたんでしょうね」


「真に受けたって……マユは、生き霊は存在しなかったと思うの?」

「ええ」

「なんで? 中学生だったススムは紫の着物と金の帯を、見たんだよ。ハルが何着ていたか知らなかったのに」


「そうだったわね。……いかにも信憑性があるデータね」

 あはは、と短く笑った。


「紫の着物に金の帯、そのコスチュームで2階から飛び降りた。いつ誰が発見したにしても、怪我の具合を確かめるために、脱がせるんじゃ無いの?」

 横たわった状態で

 帯を緩め着物を脱がせるのは

 洋装より容易い。


「あ、そうか。ハルさんは着物着たまま救急車に乗ったんじゃ、ないんだ」

 長襦袢、或いは肌襦袢と腰巻き着衣で搬送、だったはず。

 


「ハルさんは病院に運ばれ、着物は家の中に残った。無意識に彼は見ていたの」

「と、いう事は、嘘をついたの?」


「嘘じゃ無いでしょ。幻覚か見たような気がしたんだと思う。本人は生き霊を見たと認識してしまった」


「生き霊では無かった?」

 もう一度セイは聞いた。

 <死霊>のマユに、聞いた。 



「ハルさんは監禁されていたのよね。監禁しないと、どこかへ行ってしまうから。20年前に窓から飛び降りたのも、着飾ってどこかへ行こうとしていた……どこかは分からないけど、池じゃ無いでしょ。甥と姪が乗ってる車じゃ無いでしょ」


「成る程。……ススムの見立てた話はどう? 寿命を延ばすために一族の命を取りに行った、っていうのは?」


「2階の窓から飛び降りたんでしょ? 打ち所が悪ければ即死よ。生存欲、無いでしょ。1日でも長く生きたい執念、感じないわ。そもそも人の寿命を貰うなんて、無理でしょ」

「……無理なんだ」


「それにね、生き霊が出た時にハルさんは病院で治療中でしょ。魂がその辺をフラフラしてたかもしれないけど、そんな遠くまで離れないよ。離れたら身体に戻れない」


「成る程。ススムが見たのは幻覚か」

「ええ。彼にとっては霊現象でなければいけなかった。幻覚と認めれば……病を認める結果になるから」

 病の兆候だったと

 後になって思い当たったのでは無いか。

 母親にも同じ兆候があり、

 だんだんハルに言動が近づいてきていればなおのこと

 行く末が恐ろしかっただろう。


「俺は、ツトムに拝屋が人殺しで無かったと、伝えなきゃ」

「そうね。無理心中に追い詰めたと、更に辛い思いをするでしょうけど、ありのままを知るべきよ」



聖は金原ツトムに、直ちに接触は控えることにした。

ススムとスズカの葬儀が終わり

本人が体調を取り戻した後に

メールしようと。


ところが、翌朝カオルから電話。

「どうや、人殺しか?」

「違うよ」

「やっぱりな。ツトムに言うとくわ」


 あっさりと

 重い役目から解放された。

 2日後に、県道沿いの小さなセレモニーホールで

「金原家」の看板を見た。


 ツトムには、ウサギドラッグストアで会えるかも知れないと思った。

 元気な姿を、そのうちに見れると。


 偶然、会えたら良いと。


 そのうちに朝晩涼しくなり

 山に早い秋が来た。


 聖はもうウサギ堂でツトムの姿を捜さなかった。

 あれから見ないのは偶然か、ツトムが辞めたのか

 それも気にならないほど、

 色んな出来事は記憶から遠のいていた。


 結月薫はあれからも、何度か夜に酒、食料を携えてやってきた。

 が、 

金原家の後日談は、聞いていない。



満月の夜だった。

霊園事務所の桜木が工房に来た。


山田鈴子からの差し入れを届けに来てくれた。

冷凍牛タン。タレ付きパックが1ダース。

嬉しい。


「ちょっと、飲んでいく?」

「いや、また今度にします。そとで、アイツ待ってるし」

アイツというのは黒い犬のこと。


「そっか」

「ありがとうございます。また今度、ぜひ」

喋りながら桜木は二の腕をボリボリ。

 みれば、赤く腫れ上がっている。


「桜木さん、その格好では蚊の餌食になるよ」

 マッチョな桜木には

 まだ暑い季節なのか、

 ハーフパンツにランニングの薄着で

 森を抜けてきたのだ。

 

「これでも、羽織って」

 聖は洗濯済みの白衣を一枚持って来た。


「あ、ありがとうございます」

 桜木は真っ白な歯を見せて微笑んだ。

 早速白衣を身につける。


「なんか、セイさんになったみたいだ」

 嬉しそうに、出て行った。


「あいつ、いい奴だよな」

なんとなくシロに呟く。


 ウ、ウウ、

「シロ?……どうした?」

 ドアに鼻を付け、唸っているではないか。

「外に、なんか来てる?」

 ドアを開ける。

 川の音

 森の獣の声

 うるさい虫たち


 馴染んだ喧噪に混じって妙な音が

 いや声が

「こら、誰だ」

「お前、誰?」

「まて」

「うう」

男が争っている。


声は山から、霊園事務所へいく道から。


「桜木、さあん」

叫んで、懐中電灯掴んで

声の方へ走る。


シロは当然、先を行く。


懐中電灯が、白いモノを捉える。

桜木だ。

白衣を着た桜木が立っている。


まずは、彼の無事に安心する。

桜木は聖に気付き、

黙って足下を指差した。


指差す方に懐中電灯を向ける。


人が倒れていた。

黒い服。

黒いニット帽で顔を覆っている

動いていないように見える。

近づき、全身を見る。

すると、

太ももから

血が溢れ出ていた。

とくとくと。


聖は何故だか次に桜木をもう一度照らした。

彼は素手で

白衣は綺麗だった。

真っ白だった。





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