親子心中
「セイ、それで?……拝屋が人殺しかどうか、会ってみるわけ?」
全てを聞いて
成り行きも理解して
それでもマユは
賛成できないと、言った。
「人殺しだったら、どうなるか想像してみてよ。交通事故は10年前、溺死は20年も前、なのよ」
2件とも事件性があれば事故と処理されていない筈。
ススムの犯行であったとしても証拠を残していないのだ。
霊感剥製士の一言で検挙できる筈も無い。
ススムが恐れをなして犯行を自白するとも考えられない。
「分かっている。その点はアイツ(ツトム)も承知してる。アイツは疑い続けるのが辛いんだ」
(……ずっと兄さんを疑ってたんじゃないんです。
サオリが死んだのはハル様の生き霊に呼ばれて池に入ったと。
父と母が亡くなったのは不幸な事故だと。
あの瞬間までは、兄さんを疑うなんて微塵も無かった。
あの瞬間、
兄さんが犬(雪丸)を殴り殺す横顔を見た瞬間、です。
頭の中に<人殺し>の文字が浮かんだのです。
それは、とても恐ろしいことでした。
雪丸に優しく声を掛けながら
石を掴んだ手を機械的に動かす兄さんに、ぞっとしました。
怖かった。
でも、
それよりも、頭に浮かんだ<人殺し>のフレーズの方が
はるかに恐ろしかった。
<兄さんは人殺し>
神のお告げを聞いたように
コレに囚われました。
サオリの膨らんだ死体、
両親の死の知らせに膝が震えて椅子から立ち上がれなかった記憶
まざまざと蘇り
何度も追体験して
生々しい夢もみました。
そのうちに細部まで事実を思い出し
あのとき兄さんが、ああ言った、とか……
あのときは、兄さんは居なかった、とか……
頭が勝手に再生して自分でも止められない。
それで?
兄さんが殺したのか?
僕は自分の記憶に問いました。
そうすると
溢れ出てきた過去の記憶のパーツの
なにが重要か分かってきました。
両親の死は、僕の知らない場所で起こった事故です。
当然、僕の記憶は事故後のシーンだけです。
しかし、サオリが池で溺れ死んだ
20年前のあの日は、
自分も池に居たのです。
池のほとり長くいて
亀を捕まえ、家の中へ。
その間、サオリと言葉を交わした記憶が無いのです。
池に落ちたのも見ていないから
大人達にサオリのことを聞かれても
知らない、としか答えられなかった。
僕はサオリとも兄さんとも、池の側で話はしなかった。
姿を見たかどうかも曖昧なんです。
もしかしたら、それは重大なことではなかったかと。
「ツトムはね、事故現場に居たのに、誰の姿も見ていないんだ。
そこに居なかった1人が死んだなら、もう1人が殺したかも知れない。
その可能性に気付いてしまった。
拝屋を兄のように慕っているんだ。
恐ろしい疑いを、俺に払って欲しいんだと思う」
「……じゃあ、セイは、拝屋が人殺しでは無いと、予測しているのね」
「あの池で、サオリちゃんを溺死させるって、相当難しいからね」
「……そうなの?」
「あれは、人が作った池じゃ無い。大昔から在る池だね。水草が一杯で緑色の、沼だよ。
周りも雑草が茂っている。
子供を(溺れたと見せかけて)殺すには、自分も一緒に入っていかないと、無理。
片足突っ込んだだけでも、沼に身体が沈んでいくと思うよ。
底なし沼だよ」
「サオリちゃんは自分で池に入ってしまった……つまり事故、なのね?」
マユは完全には納得していない。
拝屋のススムが胡散臭いと、疑っている。
聖も、同じように
話に聞いただけの
会っても居ない拝屋に良い印象は抱いていない。
理由は今は明確では無い。
しかし、
ツトムから聞いた話では、
拝屋ススムがサオリとツトムの両親を
事故に見せかけて殺せた方法も思い浮かばない。
「不幸な事故が2回続いた。俺はそれが一番真実に近いと、考えて推理したんだ」
だから、
ツトムが自分と拝屋ススムが会う場を設けるという
提案に、乗った。
「セイがそこまで考えて決めたのなら、私なんかが止められないね……ちょっとセイが心配だけど」
小首を傾げて
涙を堪えているような
マユ。
聖は胸がきゅんとする。
たとえ自分の身を案じた結果としても
マユの辛そうな顔は見たくない。
「たいした事じゃ、ないって。どうでもいいじゃん。新着映画、見よう。ほら、どれが見たい?」
ほんとうに
どうでもいい。
俺は金原ツトムの指示通り
金原ススムに会うだけ。
おそらくススムは人殺しでは無い。
ツトムに、君の従兄弟は無実だと教えてやれば終わる。
ツトムの苦悩も
マユの心配も
自分の中にある殺された子犬への同情という痛みも
全ての悲しい
陰惨な出来事に
一旦幕を降ろせるに違いない。
聖は
金原ツトムからの連絡を待つだけだった。
一週間後か
まだ先か……。
二週間、
三週間が過ぎ
八月になった。
間が空きすぎて
聖はもう拝屋に会うことは無いと思っていた。
ツトムが心変わりして
全てがリセットされたのかと。
8月13日、早朝
結月薫から電話があった。
「今な、近くにおるねん。お地蔵さん入ったとこの村におるんや。セイ、金原って、知り合いなんか?」
「金原が……どうかしたの?」、
「いやな、昨夜、金原家で親子心中があってん。そんで通報した金原ツトムに事情聴取してるんやけどな、『剥製屋神流聖さんに聞いて下さい』とな、言うてんねん」