人殺しは見れば分かる
「ハル様はこの春頃から、日に日に弱っていた。87才ですよ。持病もあるし、いつ亡くなっても仕方ない年です。それでも兄さんは2度あることは3度あると言うんです」
ハルは本来なら、すでに死んでいる存在と。
甥一家の命を盗って生き長らえている化け物なのだと、
<拝屋>はまことしやかに告げた。
「甥一家?」
「ええ。兄さんの見立てでは、次に殺られるのはツトムだと」
「そんな事、言われたんだ」
「心配だと……回避する方法を調べてくれて……新しい家族として犬を迎え、先手を打ち犬の命を捧げたなら、僕は見逃して貰えると……」
「……それでペットショップで子犬を買ったんですか?」
黙って話を聞いていた桜木が初めて言葉を発した。
殺された子犬を思ってか悲しげな、やや責めるような眼差しは
しっかりとツトムを捉えていた。
「スミマセン。ごめんなさい」
ツトムの目が再び潤む。
「僕には出来なかった。殺す犬の物色なんて無理。僕は金を出しただけです。兄さんが真っ白な日本犬の子を捜して買ってきました」
<白い日本犬>と限定したと言う。
「ハル様は、初めて犬を見た時、ひどく驚いて……あれえ、と叫びました。恐怖と言うより、思いがけないプレゼントを貰ったような感じ。可愛がっていました。1日1回離れに連れ来いと指示されました」
犬もすっかり老女に懐いていたという。
ハルの
どこか遠くを見ている眼差しが
焦点不明の眼が
子犬だけは、しっかり捕らえていた。
ふかふかの白い毛を
いとおしそうに撫でてもいた。
ツトムはハルの穏やかな様子に
このままで時が流れるのではと期待した。
だが7月6日、ハルは脳出血発作で意識不明になった。
「兄さんは、予測通りと言いました。予定通りに雪丸を……僕の替わりに捧げると」
子犬殺しは決行された。
ハルは死んだ。
ツトムは無事。
拝屋のススムは
命を救ってやったと、……言った。
「僕は兄さんに感謝するべきなんだけど……正直無理なんです。逆らえなくてユキを殺してしまった。今になって後悔しているんです。ハルさんは寿命で死んだ。ユキが死ぬ必要があったのか?……ユキを、どれだけ可愛かったか、愛していたか。殺した後で思い知ったんです」
聖は、ツトムが自分に何を求めているのか、分かってきた。
<霊能力者>に
拝屋は正しかったと、答えて欲しいのだ。
犬殺しの罪悪感から逃れたいのだ。
「私の事を『霊感剥製士』と誰かが言いふらしているらしいですが、実際何の力も無い、ただの剥製屋です。貴方には深く同情します。犬にも。それでも嘘は語れません。分からない事を分かったようには言えません。普通の意見しか言えない。あなたたちは子犬を殺した。それが事実です。残酷な行いです。しかし、取り返しが付かない。時間は戻せない。犬への罪悪感を背負っていくしかないんじゃ、ないですか?」
聖が答えを出すと、桜木が大きく頷いた。
ツトムは大きな目を見開いて、まっすぐに聖を見つめる。
長すぎる沈黙。
(犬は役目を全うした。ハルに安息の時間も与え、あの世まで、お供するのが犬の宿命だろう)
と、でも、
言ってやれば良かったか?
「神流さん、僕も同じ考えです」
やっとツトムが口を開いた。
期待外れの答えだった、というニュアンスではない。
晴れ晴れとした顔ではないか。
次に以外なリアクション。
立ち上がり、聖に深く頭を下げた。
大仰な、感謝の表明?
いや、違った。
「神流さん、改めてお願いがあります」
と。
「は?……何でしょうか?」
もう話終わったよね、
「俺、ただの剥製屋、だからさ」
何の力も無いと、繰りかえし、言い聞かせる。
「嘘は付かないと、さっきおっしゃいました。剥製屋神流聖は『人殺しは見れば分かる』。そうですよね?」
ツトムの眼に鋭い光。
女性のような、たおやかな風情のくせに、
今、聖を射るような眼差しは
戦闘モードに入った男のそれ。
「貴方の事はちょっと調べました。随分沢山の、ここいらの怪事件に関わっている。僕は霊感だの霊能力だの非科学的な現象に興味は無かった。僕が心を惹かれたのは、『人殺し』かどうか会えば見かる、その一点です」
「……。」
ツトムのストレートな、<攻撃>に
聖は言葉が出ない。
焦っている。
うまく避けられない。
「もう、おわかりでしょう?
僕は
ススム兄さんが人殺しかどうか、
知りたいのです」