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可愛いツトム

狸、ネズミ、猪と、野生動物達の仕事がまとめて入り

聖は急に忙しくなった。

それらは、

県内にある「森の生き物博物館」からの依頼。

会館のリニューアルに伴って展示コーナーの剥製達も

相当古いので綺麗にして欲しいと頼まれた。

一から剥製にするより簡単に済ませる道もあったが

聞けば神流剥製工房で作られたと、いうではないか。

記録では50年以上前に製造。

つまり、亡き父では無い。

その前、お祖父ちゃん(母の父)が作ったのだ。


聖の父は、自分が養子だと言うことも祖父が剥製屋だったとも

ちゃんと話してはくれなかった。


自分が産まれる前に亡くなっている祖父は幻の存在。

写真でしか知らぬ人、だった。


思いがけない<祖父の仕事>との出会いに

どうしても、時間を掛けてしまう。

作業室にほぼ籠もりっきり。


それで

何回も携帯が鳴っているのに気付かなかった。

動物霊園の桜木が何度も掛けてきている。

 

「忙しいのにすみません。今この前の……紀州犬のお客さんが来ているんですが……」

 桜木は申し訳なさそうな声。


「この前、(いつだったっけ)紀州犬……、あっ、あの子か」

 すっかり忘れていた可哀想な犬を思い出す。


「それで? 何かありましたか?」


「あの、貴方を、お呼びなんです」

「へっ?」


「前は3人でした。老人1人と若い男性2人の。今日は若い男性1人で来ているんです。貴方に電話して呼び出して欲しいと頼まれてしまって……」

 3人、橋の下に居た犬殺しの男達だ。

 老人というのは幸森に違いない。

 顔見知りの幸森が自分を呼び出すのはあり得るが

 知らない若い男が、何の用か?


「それで、その人、今、近くに居るんですか?……居るなら電話替わって下さい」

 どんな話か知らないが、電話で済ませないのか。

 今は仕事に没頭したい。

 

「いいえ。墓地に行っています。お参りです」

「お参りに来たの?」


「そうです。……あの人ね、泣いていたんですよ」

 子犬の亡骸を持ち込んだときに

 1人だけ泣いていた、という。

 おいおい泣いて、老人に(みっともない)と叱られていた。


「えーと名前は……金原ツトムさんです」

 ツトム。

 それは、えーと、

 酒屋の婆ちゃんに聞いた金原家の家系図を思い出す。

 金原ハルの甥の子。

 両親も妹も、事故死。


「すぐ行きます」

 聖は、本当にすぐに工房を出た。

 白衣のまま、山道を小走りで行った。

 シロは勝手に付いてきている。


 金原ツトムの要望に応える気分になったのは

 彼の不幸な境遇への同情もあったが

 自分たちで子犬を殺したくせに

 泣いていたと

 それが気になった。

 どういう事情で

 可愛い犬を殺したのか、きっと話してくれるだろうとも

 思った。

 


 動物霊園のまだ墓標の無い

 子犬の墓の前で

 金原ツトムは泣いていた。

 しゃがみ込んで泣いていた。

 辺りには白い小さな花が咲いている。

「ゴメンなあ、ゆき、ごめんな。……かわいそうに」


 やかましい鳥のさえずりに

 掻き消されることもなく


 彼の声は、歩み寄る聖に届いた。


「金原さん、ですね」

 彼がハンカチで涙を拭い、立ち上がったタイミングで

 背中に声を掛けた。


「あ、神流さん」

 振り向き、涙の残った顔で微笑んだ。

 

自分に会えたのが嬉しそうだ。

 なんで?

 初対面……だよな。

 いや、待てよ、この笑顔、どっかで……。


「ウサギ堂で何度かお見かけしました、霊感剥製士の神流さんだと、店長が教えてくれて……」

駅近のドラッグストアで働いているらしかった。

ソレで見覚えがある。

この笑顔は

レジにいた。

でも、

可愛い女性の店員と認識していた。


ツトムは黒いチノパンにラベンダーのTシャツで

今は体型から男性と分かるが

ウサギ堂のゆったりした白いエプロンだと

スリムな女性にしか見えなかった。

顔だけ見たら、今も女だな。……華奢な輪郭で色白、だから?


それだけじゃ無い。

化粧、だ。

アイメイク、してる。

唇も光っている。


「桜木さんにね、お隣の剥製屋さんとは親しいのか聞いたんです。ここに剥製飾ってあるし」

 ツトムは、女性的な外見にそぐわしい

 優しい喋り方。

 涙が潤んだ黒目がちの瞳で見つめられると

 異性と二人きりのような、居心地の悪い感じがする。


「事務所で話しませんか?」

 提案に、ツトムは頷いた。


 そして霊園事務所の

 応接コーナーで向かい合って座る。


「私は外で作業してますから」

 桜木は麦茶を出してくれた後、気を利かして言う。

 だがツトムは桜木を引き留めた。


「お願いです。桜木さんも一緒に自分の話を聞いて下さい」

 すがるような声と目つき。

 いじらしくて坑がえない雰囲気。


「は、じゃあ。ここで聞いてます」

 桜木は受付の椅子に腰を掛けた。


「ススム兄さん、自分の従兄弟なんですが……兄さんは拝屋です。兄さんがユキを殺すしか無いと言ったんです。そうしないと今度はツトムが生け贄になると」

 ツトムは

 金原ハルにまつわる因縁話を始めた。




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