金原家のこと
「今度はな、さすがに、すっと往生しはったわ。やっとな、金原家の嫁さんも、ツトムちゃんも枕を高くして寝れます。良かった。良かった」
お友達が亡くなったというのに、婆ちゃんは喜んでる。
なんで?
「あんな、それはな、怖い、怖い、話やねんで」
「どんな話?」
「聞きたいんか?」
「まあ、そうだけど」
「あれ? セイちゃんは幽霊さん見えるんやろ。池に女の子、おらんかったか? いっときは村で噂になってたで。池にサオリちゃんの幽霊が出る、いうてな」
いや、見なかったけど。
考え事してたんで池なんか見なかった。
で、
サオリちゃんって誰?
「金原家のな、孫娘や。5歳の時に、さっきの池で溺れて死んだんや」
「ハルちゃんだっけ、婆ちゃんのお友達の孫?」
「それは、な……もう着いたで」
楠本酒店に到着してしまった。
「俺、喉カラカラなんだけど」
家に入れてくれない?
タクシー替わりで役に立ったんだし、
話は途中でしょ。
メッチャ、気になる。
「よっしゃ。ほんなら一緒に飲もうか」
婆ちゃんは、ささっと
店の商品、瓶ビールとグラスを持って来た。
(車なんだけど……酔いを覚まして帰れば良いか。
歩いてでも帰れなくは無い)
凍らせたガラスのグラスが涼やかで
なんともいえず、ビールが美味い。
婆ちゃんは、つまみになるようなナッツや
チーズも並べてくれる。
「ハルちゃんは結婚してない。子も孫もおらん。弟が1人おるだけ。サオリちゃんは、その弟の孫や。20年前に死んだんや。ハルちゃんが危篤やと、皆が集まっていたときにな」
「20年前……危篤状態から、持ち直したんだね」
「そうやで。ほんでな、10年前にもな、お医者様がな、お別れが近いと親族を呼んだ。その時にやなあ、サオリちゃんの両親が事故で死んだんや」
その時も……ハルは奇跡的に命をもちかえした、らしい。
「怖いやろ。まるで身内の命を取って、生き長らえてるようやんか。ハルちゃんは若い時に狂ってしまってな、離れに閉じ込められていたんや」
金原ハルは、ゆえに生涯独身。
「ほんまに狂ってるからな、自分のおかしさが分からない。弟一家が親の財産を自分に渡さないように監禁したと、恨み辛みがあったんやて」
金原家は元々農家。
今は高速道路となっている土地で柿を作っていた。
所謂土地成金、らしい。
「ハルちゃんは、ただでは死なん、1人では死なんと……言うてたんや。ほんでなあ、サオリちゃんが死んだのも、サオリちゃんの両親が死んだのもハルちゃんの怨念やと……」
「偶然不幸が重なったんだろ? ……でも面白怖い話にしたがる人が、いるんだろうなあ」
一族で2度も変死があれば
怖い噂が立っても不思議では無い。
「ただの噂やないよ。ハルちゃんの怨念やと、ススムが見立てたんやから」
ススム?
登場人物がまた増えた。
「誰?」
「拝屋のススムや」
「オガミヤ?」
「そうやで」
「まさか酒屋のお婆さんと飲んでいたとはね」
マユは呆れて、笑っていた。
楠本酒店から歩いて工房に帰ったのは
午前3時を過ぎていた。
「だって、そもそも金原家の通夜に出くわすとは想定外で……」
子犬殺しの事は昨夜マユに話していた。
「亡くなったのは金原ハルさんね。酒屋のお婆さんの友達」
「そう言ってた」
「子犬の墓標は金原雪丸。子犬の死とハルさんの死は関係があるかもしれないのね」
「うん」
「子犬が金原家の誰かに殺されたのかも……」
「俺もそう思った。それでさ、酒屋の婆ちゃんにちゃんと聞いたんだ。(現在の)金原家の家族について、あの、お屋敷に誰が住んでるのか、聞いた」
ひさ子(ハルの弟ケンイチ(死去)の嫁)
ツトム(ケンイチとひさ子の孫(サオリの兄))
スズカ(ケンイチとひさ子の娘)……離婚して実家に戻ってきた
ススム(スズカの子)……拝屋
「4人、住んでるのね。他に親戚は? 」
「直系は他に居ないらしい」
金原ケンイチとハルは2人兄弟。
ケンイチの子は2人。
跡取り息子と娘。
息子夫婦は10年前に事故死。
息子夫婦の子は2人。
1人は20年前に池で死んだサオリと、
ツトム。
娘のスズカは男児1人連れて離婚。
その子がススム
「男の人が2人居るのよね。橋の下に3人男の人がいたんでしょ?」
「うん。1人は幸森の爺さん。あと2人は金原家の男……で、数は合う」
「どうして犬を殺したのか、気になるわ」
マユの瞳が、何かをねだるようにセイを直視。
「俺だって気になるさ。でも、」
飼い主が訳あって子犬を殺し
立派な墓標を購入し弔った。
なんで?
どうして?
と、聞き回る必然性が見当たらない。
人が殺された訳では無い。
真実を暴いても犬殺しを罰せない。