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墓は残る

「セイのお祖父さん、『雪』というの。綺麗な名前ね」

「変わってるよ。男で『雪』なんて」


「犬の名が『雪丸』だったのは、『雪』が由来?」

「そうだったみたい。俺、祖父ちゃんの存在、頭に無いからな

 祖父ちゃんの作った剥製の修理の仕事が舞い込んできて

 そっち(剥製)には思い入れはあるけどさ。

 第一、早く死んだから会ったこと無いし、親父は何も話さなかった」

  神流家の親戚にも会った事はない。

  話に聞いた覚えも無い。


  聖はマユに話したいことが山ほど有った。


「始まりはハルの祖父ちゃんへの恋だった、なんてね」

 ハルが狂い

 犬が殺され

 金原家の陰惨な事件に続いていった。

 

「いや、違うか。ハルが狂ったのは殺した犬が生き返ったから。

 ……そうすると事の発端は祖父ちゃんが仕掛けたトリックか」

  犬を普通に剥製していれば

  ハルは剥製屋に会える時間に満足し

  そのうちに恋の炎は鎮火したかも。


「トリックだと?」

「カオルはね、似た犬を連れてきたんだと推理した。

 俺は仮死状態で息を吹き返したんじゃないかと」

「成る程。どっちにしても、

 どっちでも無い理由で犬が生き返ったとしても

 雪さんはハルさんには殺した犬が生き返ったと思わせた、ワケね」


「……どっちでも無い理由って言った? 」

 マユの一言が意外だった。


「二択と決めつけているのね。……セイはまだ分かってないのね」

「決まってるじゃん。他にある?」

  マユは、この質問は ふふふ、と笑ってスルー。

  側で丸くなって寝ているシロが

  同じようにタイミングで

  ふふふ、と寝言。


「怖くなって二度と寄りつかないと考えたのね。まさか恋心がレベルアップするとはね」

「えっ?……ハルさんは本格的に狂ってからも祖父ちゃんを好きだったのか?」

「頭の中に棲みつくくらいにね。ハルさんは常に過剰に着飾っていたと聞いたわ。

 恋しい人会いに行こうとしていたからと思たけど、幻想の世界でずっと側に、

 雪さんと一緒にいたのかも知れない」


「……幻想」

 聖はこの言葉がちょっと怖い。

 今隣に居る、すっかり慣れ親しんだマユ。

 生身の人では無い。

 だがリアル。

 自分に、だけ、リアルなのか。


 ハルが幻想の祖父の声を聞いていたのと

 まるで違う。

 違う筈……本当に?


「そうしたの? 暗い顔して」

 マユが心配そうに見つめている。

「……いや、やっぱツトムが哀れでね」

 と、ごまかす。

 ツトムへの同情は嘘では無いが。


「拝屋のススムと、その母親は悪人では無かった。病気を抱えていただけ。

 ツトムは『まともじゃない』2人を憎んで、抹消すべきだと考えた。

 結果、人殺しになっちまった。絶対、そっちのが邪悪、社会から抹消されるんだ」


「ええ。地獄に行くのはツトムさんに違いないわ」

 マユはあっさり言い切る。


「セイ、ツトムさんの事は忘れましょう。自分を殺そうとした人なのよ。

 憎めないなら、忘れたら良い

 ……それにしても、お祖父さんセイにそっくり。笑えちゃう」

 

  楠本の婆さんは

  見せた写真を

  聖に(持っておれ)と、言った。

 

「ホント、似てるよな。親父より祖父ちゃんに似ていたとはね」

「お祖父さん唇の下にホクロがあるわ。違いといえばコレだけかも」

「ホクロ?……ホントだ。全然気付かなかった」

「女性2人が浴衣。盆踊りなのに白衣って、ソレもセイみたい」

  マユは面白いと、コロコロと笑う。

  

「ウケるよな」

  聖も笑った。

  マユの笑顔が可愛いから

  笑ってみることが、何とか出来た。


「セイ、事件は終わった。セイも被害者なんだよ。

 ツトム君や犠牲者を思ってナーバスになっても取り返しが付かない。

 セイは今更どうすることも出来ない」

「……そうだよな」

「ああ、でもツトムさんを襲った獣、それだけは、留意しなくちゃね」

「ホントだ。すっかり忘れてた。山羊の歯をした謎の獣。

 そいつはまだ森に居るかも」

  

   明くる朝

   聖はコーギーの冷凍毛皮を解凍する作業を始めた。


  途中で左手を握り拳にし、

  右手だけで、やってみる。


「祖父ちゃんは片手でアレを作ったんだ」

  祖父の仕事を直に見た。

  丁寧で完璧な出来映えだった。


「片手で……どうやって?」

  聖は片手では、到底出来ない。

  助手がいたのか?

  特別な道具を使用したの?


  それとも……。


  1代目は片手が無かったと、

  幸森も楠本の婆さんも言わなかった。

  マユは写真を見て、

  聖が気付かなかったホクロは指摘したのに

  手が無いと言わなかった。

  マユは手首で終わっている腕を見なかったのか?

  


  それとも………。

  

  マユが見た祖父の左手は

  欠けていなかった?


  欠けて見えるのは自分だけ。


  手が有るのに無いように見えたら  

  それも人殺しの徴か。


  手の無い誰かを殺めた、のか。

  

 「へっ?……祖父ちゃん、人殺しかよ」

  自分の推理がショック。


  祖父ちゃんは片手が無かったか、

  片手の無い人を殺したか、  


  マユに確認すれば分かることだけど……。

  祖父ちゃんが<人殺し>だなんて

  とても、受け入れられない。

  嫌だ。

  絶対嫌だ。


  不意に心に湧いた疑惑に、作業の手が止まる。

  結構長い間

  ストップモーション。

  シロが何事かと、

  前足を聖の腰に掛け

  その顔を覗き込む。

  (どうしたの?)


「シロ、祖父ちゃんは片手が無かったか、片手の無い人を殺したか、  

 どっちだ?」

  答えを聞くのが恐ろしい質問を

  絶対答えない犬にぶつけていた。


  シロは

  ふふふ、

  と、昨夜の寝言のように鳴いた。


 (二択と決めつけているのね。……セイはまだ分かってないのね)

  マユの謎めいた言葉が蘇る。


「俺は分かってないのか。……で?……何を分かってないのかな。

 それも分かってない、って事か」

 

 分かってない頭で推理しても無意味か。


 聖は祖父の存在は一旦忘れていいかと

 一番楽な答えを見つけた。  

 

 元々、祖父は過去の思い出にすら存在しない。

 祖父の居ない世界で生きてきた。

 これからも、同じでいいか。

  


  自分が今追うべきは

  祖父の過去ではなく

  ツトムを襲った正体不明の獣だった。


「森の中を巡回するか。シロと」

  翌朝から長い散歩を始めた。

  秋が深まり、森は黄金色の葉が

  舞い落ちる。極めて美しい季節。

  動物たちも皆元気。


  謎の獣に襲われた小動物の死骸は無いかと

  地面をチェックしながら、ゆっくり歩こう。

  そのうちに変わったモノが見付かるかも。

  

  結月薫から後日談は聞いた。

  

  金原努は足の傷が癒えた頃

  頻繁に失神発作が起き

  身体に異常は見当たらないので

  精神鑑定中だという。


  金原家に1人残った努の祖母は

  実家の幸森家に居所を移した。


  金原の屋敷は取り壊しの工事が始まったという。

  

「セイ、金原家の資産は結局な、全部幸森家にいく見たいやで

 金原の家を潰して、跡地に幸森のリサイクル会社の倉庫建てるんやて。

 幸森を知ってるモンが陰口たたいてるで」  


(また血で流れた金が幸森へ行きよった)


 似たような経緯で資産を増やした過去があったらしい。


「棚からぼた餅の大もうけには違いないな。幸森も反感買うのは承知してる

 だからな、池に立派な柵を寄付するんやて。村にしたら有り難い事や」


  惨殺事件現場は消えて無くなり

  少女の霊が出る池は人の目に触れなくなる。

  村にとっても良いことなのだろう。

  

「幸森の爺さんが、仕切ってるんやで。抜かりないな。忌まわしい事件を早いこと

 遠い昔話にしてまう算段やで」

  薫の感想は尤もだ。

  しかし事件の跡形が全て無くなったワケでは無い。

  

  山田動物霊園に<金原雪丸>の墓が有る。


  幸森は墓を作るという努を止めなかったのか?

  案外、幸森の発案かも知れない。


  人間並み以上の、異様に立派な墓だ。

  誰が何故、こんな墓をと

  何れ評判になるかも知れない。

  そして残酷な悲しい事件は

  再び語られるかも。


  殺された犬の雪丸が発端で

  剥製屋、神流雪まで話は遡ったりして。

 

  聖は、

  祖父の存在は元通り忘れて暮らそうと決めたけど

  <雪丸>の墓が、

  そうさせてくれないと

  悟った。

 





最後まで読んで頂き有り難うございました。

シリーズまだ続きます。



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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます! 聖のお爺さんまで出てきましたね。 しかも、なんとも重要人物な匂いがぷんぷんします。 黒犬絡みの危険もそこら辺に転がっていそうですし。 次のお話も目が離せません…
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