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幸森の訪問

「シロ、お前じゃないよな。

 ……なあ、何見た?

 巨大な山羊、見たの?」

「くわん……」



「セイ、シロ寝ちゃったわよ」

「……みたい、だな」


 シロは先に帰っていた。

 聖が事件現場から戻ると

 いつものように嬉しそうに飛びついてきた。


 聖はマユに事の経過を一通り話し、

 シロに同じ質問を繰りかえしていたのだった。


「眠くもなるわよ。同じフレーズを延々と聞かされていたら」

 マユはしゃがんで、シロを抱くようにして

 頭やら背を撫でている。

 初めて見る光景かも。

 マユは白い羽毛を編み込んだ生地のノースリーブのワンピースに

 白地に花の刺繍の着物を羽織っている。

 抱かれ幸せそうに眼を閉じているシロが透けて見える。


「家に戻って犬を確保、って急かしといて、なんにも連絡無いじゃないか」

 聖は警察からの電話を待って、

 待って、

 すでに夜明けが近い時間になっていた。



「セイ、山羊はいるかと、救急治療を担当したドクターから連絡があったんでしょ。

 それって犬では無いという事。シロも桜木さんの犬も襲撃の疑いから除外された。

 待っても連絡無いかも」

 

 マユに言われなくても

 聖にだってそれくらい分かってる。


「山羊だよ。この山にいないだろ。鹿ならいるけどさ。なんかの間違いでしょ。医者の勘違い」

「言い切れるの?……だったら、なんでシロに聞くの?」


「それは……100パーセント無いとは言い切れないから」

 山に山羊は居ないだろう。

 万が一、どっかからやってきて住み着いていたとして

 山羊が人を襲うか?

 ツトムが桜木に襲いかかる瞬間に

 はぐれ山羊がツトムの太ももに食らいつくか?


 しかも、傷の深さから見て

 普通サイズの山羊じゃない。

 大きくて凶暴な山羊。


「可能性はゼロとは言えないさ。しっかし、どうしてもイメージできない。有り得ない」

「しっかし、ドクターは山羊と言ったの。傷口で判断したのかしら?」

「山羊は上の前歯がない。歯形が、そうなっていたのかな」

「他の獣の仕業で、たまたま歯形が山羊に似ていたと思うの?」


「歯槽膿漏で歯が抜けている巨大猪。そっちのが、まだ、あり得るよ」

「なるほどね。獣の特定は歯形だけで特定できないケースもあるんじゃないの? 

 付着した毛や唾液を調べないと正確には分からないんじゃ無い?」

「うん。だからさ、犬の可能性もまだ残っていると思うんだ。それなのに、ほったらかしは何でかな」


「あ、ツトムさんが意識を取り戻したのよ、きっとそうだわ。

 襲われた本人がシロでも桜木さんの犬でも無いと証言したのよ」

「そっか。それなら、ツトムが無事なら良かったんだけど」

 怪我で済んだのなら。

 重症ではあるだろうが。

 何に襲われたのかは、重要度が下がってくる。


「セイ、自分を殺そうとした人なのに、無事であって欲しいの?」

 白衣を着た桜木が狙われたのは

 聖に見えたからだと

 マユも同意見。


「死んで欲しくは無いよ」


「彼は親子心中に見せかけて、伯母と従兄弟を殺した。……そうよね?」

「マユも、そう思ったんだ」

 ツトムは襲う相手を間違えた。

 それが真実であれば

 思い当たるのは

 聖に<人殺し>を暴かれると、恐れたのでは無いか?

 

「セイは、拝屋が人殺しで無いと、伝えた。ツトムさんは、そんな事初めから知っていた。

 セイの力など信じてはいなかったと思うの。おそらく曖昧な返答であろうと。

 ところが予想外にセイは判定した。では自分の罪も暴かれるんじゃ無いかと……」


「俺は最初からツトムに騙されていたのかもしれないよ。

 不幸な境遇に同情したからね。

 ……少なくともアイツに人殺しの徴は(まだ)無かったし。

 まさか心中に見せかけて血の繋がった伯母と従兄弟を殺すなんて

 ……やっぱり、まだ信じられないけど」


「セイ、前々から強い殺意があったのかも知れないね」

「前々から?」


「ツトムさんの身になって想像してみましょう。

 ススムさん(年上の従兄弟)との関係がは良好だった?」

「兄弟のように育ったんじゃないの?」

「不仲な兄弟、だったかも。スズカさんの事も、慕っていたのか嫌いだったのか。

 考えてみれば、どっちか分からない」


「待てよ、親子心中がツトムの偽装なら遺書もツトムが作った

 ……つまり、あれはツトムの声なんだ」

 (母は、まともな人ではありません。

  血筋です。

  私も同じです。

  ツトム、君は、まともです。

  金原家は君だけでいいのです)



「妹と両親が死んだのはスズカさんとススムさんのせいだと、ずっと恨んでいた」

「そして後になって同居か。恨んでいた上に、相性が悪かったとしたら毎日顔を合わせるのは苦痛だな」


「子供を連れて実家に戻ってきた叔母さん……元々良好な関係でも鬱陶しいかもしれないわね」


「自分が家を出たら良かったのに。殺すなんて……アイツはそんなバカには見えなかったけど」

「まだ実感がないのね。ツトムさんが人殺しだったと。無理も無いけど。

 ……セイも殺されるところだったのよ。優しそうに見えて、本当は怖い人だったかも」


「うん……」

 初めて会ったとき

 犬の墓の前で涙を流していた。

 あれは演技?


「真実の涙だとしたら? 犬殺しは拝屋に強制された。

 ……年上の従兄弟に他のことでも高圧的に、偉そうにされていた」

「犬殺しも、許せなかったのか」

「それで、積年の恨みが爆発したかも」

 

 ……またコイツやらかした。

 ……ほら、また、やった。

 ……クズ野郎。

 ……アウト。

 ……駆逐決定!

「……それ、駄目だよ。変だよ。阻止する努力もしないでさ、結局やらせといて、

 そんで後から罰するって、フェアじゃない。犬殺しは止めるべきだったんだ」


「動機は、いずれ分かるでしょ。彼は生きているんだから」

「うん。もし本人しか知らない辛い出来事があったのなら、アイツは洗いざらい開示するべきだよ」


「セイはツトムさんを憎んでないのね。良い人だと思いたいのね」

「だってさ。アイツがどれほど追い詰められ切羽詰まっていたか分からないもん。

 運良く俺は無傷。被害者じゃ無い。故に憎む理由は無い」


 ツトムに恨み辛みの感情がないのは事実だった。

 犯行を止められたのではないかと悔やまれるのが

 被害者を思ってと言うよりは

 ツトムを殺人犯にしたくなかった、と思う。


 朝になったが警察からの連絡は無い。

 朝になったのでマユのカタチは消えた。


 いずれ警察から連絡があると思った。

 カオルが来るような、

 そんな予感は……当たった。


 三日後の夕暮れ時、アポありで結月薫が工房に来た。

 ただし一人では無かった。


 幸森の爺さん、と一緒だった。


「えらいなあ、3代目には、ご迷惑を、おかけしました」

 幸森はスーツにネクタイと、改まった服装で

<お詫びのしるし>

 と、まず菓子折を

 聖に手渡す。


「そんな、頂く理由無いですよ、俺はなにも……」

 思いがけない訪問者にたじろぐ。

 この爺さんにモノを貰うなんて、ちょっと嫌。


「セイ、幸森さんは金原の奥さんの、代理で来はったんや。幸森さんの従姉妹なんや」

 カオルが間を取り持つ。


「ツトム君の……お祖母さん、ですか」

 かつて 

 孫娘を水の事故で亡くし

 息子夫婦を交通事故で亡くし

 また 

 娘のスズカと孫のススムが死んで、

 それが、只一人残った家族、ツトムの犯行だった。

 

 金原家で一番地獄を見た人だ。

 金原家に嫁いだときから

 義理の姉、ハルの面倒も見ていたのだ。


  聖は会ったことも無い人の、

  自分への気遣いを、有り難く受け取るのが仁義だと思った。

  

「そうやねん。ねえさんの代理ですわ」

 ならば、

 どうぞ、お掛け下さいと、応接コーナーに誘った。

 だが、幸森は


「いや、話は簡単です。……3代目次第ですけどな。

 桜木さんはなあ、怪我一つしてないんやから

 何の被害も受けてないから水に流すと、言うてくれた。

 おかしな格好のツトムと

 おかしな時と場所で出会い、

 ツトムが正体不明の獣に襲われた。

 それだけの、けったいな事やと、言うてくれはった」


 幸森は態度こそ下出に出ているが

 染みついた威圧感は隠せない。


 そうか。

 被害届を出すなと

 言いに来たんだ。


 先に桜木を丸め込んで、こっちに来たのか。

 聖はどうすべきかと、

 カオルの顔色をうかがった。

 カオルは目を合わせ、短いため息。


「なあ、3代目、事故は神流所有の山で起こった事や。正体不明の獣は神流の山に、おるんかも。

 ……アンタのペットかも」


 幸森は、願いを聞いてくれたら

 神流の敷地内に何か大きな獣が居るのは見逃すと。


「えーと、あの場所は山田霊園の敷地じゃ無くて……、俺んち、だったんですね」

 そうなると管理不行き届きの負い目があるのか。

 こっちにも。


「了解しました。自分は何もしません。言いません。ご安心下さい」

 大きな山羊の歯を持つ獣が

 神流の山に居ると噂されたくない。

 ツトムは自分を襲おうとしたのだろうが

 結果、深い傷を負った。

 責める気持ちも無い。


「そう言うてくれると、思ってましたで。

 ……ほなカオル君、霊園事務所まで一緒に戻ってくれるか。

 襲われるの怖いからな」


 幸森は霊園事務所の前に車を停めているのだろう。


  この爺さんと、あまり親しくなりたくは無い。

  とっとと目の前から消えて欲しい。


  でも、

  やっぱ、あの事だけは

  この人に聞いておこう。


「あの、どうして子犬を殺したんですか?」

 

  ツトムから拝屋ススムの考えだとは聞いた。

  それが真実か確かめたい。

  ツトムの嘘かも知れないから。


「えっ?……知らないんやな。

 ハルが、なんで狂ったか、誰も3代目の耳には入れてないんやな」

 

 幸森は、この言葉を

 聖では無く、

 カオルに、投げかけた。


「それは……後で俺から」

 カオルはドアを開け、幸森に退室を促す。


「カオル、」

 呼びかけたが、カオルは出て行ってしまった。







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