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小犬が殺された

神流カミナガレ セイ:30才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。


山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。


シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。


結月薫ユヅキ カオル:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。


山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。





ワン、ワン。

シロが吠えている。

窓枠に前足を掛け、カーテンの隙間に鼻を突っ込んで

吠えている。

遮光カーテンの隙間から

聖の顔に

白い光が届く。

7月7日、早朝。


「何時?……寝過ごした?」

自営業で滅多に来客も電話もない。

昼に起きても誰に迷惑もかけないが

犬の朝は早い。

森の動物たちと一緒。

夜明けと共に目覚め、活動が始まる。

それでも聖がぐっすり眠っていれば、温和しくしている。

1時間ほどは、静かにしていてくれる。

1時間過ぎれば、吠えて朝を知らせる。

聖が起きるまで徐々に音量を上げて起こしてくれる。

が、今朝はいきなり大音量で吠えている。

時計を見れば、まだ5時だった。


「シロ、どうした?」

ただ事では無いかも知れないと

ベッドから降りた。

カーテンを開け

シロと同じ方向に顔を向ける。


「吊り橋?……何もないけど」

「ワン」

「やっぱ、吊り橋に吠えてる?……あ、あれか」

 吊り橋の下に、誰かいる。

 1人、2人、もう1人。 

 男が3人だ。

 1人はしゃがんでいる。


 こんな時間に橋の下で何してるの?

 さては不法投棄か?


窓を開ける。

川の音、鳥の鳴き声、山の朝は騒々しい。

そのうえシロが顔の横で吠え出す。


橋の下から、1人出てきて

こっちを見上げる。

スキンヘッド。

身体の大きな爺さん……どっかで見たような。


「お・は・よ・う・さ・ん」

爺さんは(周りがうるさいので)大きな声で言った。


「……おはようございます」

聖は相手に届かぬ声で、朝の挨拶を返した。


「なあ、3代目、シロはまだな、出さんといてや」

 3代目と呼ばれ、見覚えのある爺さんは

 いつかコンビニの駐車場で会った「幸森」だと

 思い出した。


「まだな、寝といたら、ええ、ねんで」

 口調は柔らかいが

 右手が、しっしっと、あっちへ行け、消えろ、の動き。


 聖は、何だか知らないけど

余所者では無かったので、見るなと意思表示されて逆らう理由は無い。

シロを宥め、

窓を閉め、カーテンも閉めた。


「他所から来た悪い人じゃ無かったよ」

「ワンワン」

「ちゃんと確かめたから大丈夫」

「ウウ、ウワン」


シロは興奮が冷めないのか吠え続ける。

2度寝するのは無理っぽい


「わかった。朝ご飯にしよう。それでいいだろう?」

2階の寝室から出ると

シロはすぐに階段を駆け下り玄関に行き

外に出たいと吠える。


「困ったな……」

仕方ない、シロと一緒に作業室で朝食をつくるしかない。


「ベーコン焼く? 肉のがいいか。どれ? こっちのか。朝からレバーか」

冷蔵庫と冷凍庫を開けてシロに食材を選ばせる。

シロは嬉しそうに尻尾を振り続けて

冷蔵庫に鼻を突っ込んでいる。


ゆっくり調理してゆっくり食べて

作業室から出た。

シロは沢山食べたのでテンションは低め。

でも、外へ出たがる仕草。

「ちょっと待って。確かめるから」


1階の窓から吊り橋の下を見る。

誰も、もう居ない。


「シロ、外行っていいよ」

ドアを開けてやると、まっしぐらに

吊り橋の下へ走っていった。

聖も外へ出て

犬を目で追う。


橋の下で地面に鼻を付ける動作。

さっきまで人が居たのだ。

犬の嗅覚を刺激する臭いが残っているのだろう。

一通り臭いを確認したら気が済むだろう。


ところが、シロは戻ってこない。

「ウウ、ウワン、ワン」

吠えだした。

こっち見て、吠えている。


尋常では無い。


「どうした、なにがあった、」

聖は獣のごとき速い動きで河原へ降りた。

シロの足下には、砂の間から僅かに生えている雑草と石ころ。

一見したところ、何も変わったモノは……

聖はシロのように

這いつくばって頭の位置を下げてみた。


シロが知らせる何かが目に入る前に、

どろっとした臭いを感じた。

……尿?

……嘔吐物?

両方だ。

ここに、子犬の尿と

こっちには、吐いたモノが。


「ワン」

シロはソフトボール大の石に吠える。

ごつごつした石に

白い毛が付いていた。


「シロ、分かったから……もういいよ」

吊り橋の下で

白い子犬が

殺されたと、判った。


石で頭か心臓を強く殴って殺したのだ。

外への出血は無かったようだ。(内出血死)

子犬の口から胃の内容物が僅かに溢れ

膀胱にあった尿が体外に出た。


死亡後に身体から出たモノにしては量が少ない。

子犬は殺されるまでに、飢えて、喉が渇いていた。


聖は

不意の気味が悪い出来事を、どう受け止めて良いのかも分からない。

<幸森>他2人の男が

早朝に吊り橋の下で、白い毛の子犬を殴り殺した。

現場の痕跡が導く推測を

受け入れがたい。


「なんで子犬一匹を、男3人で殺したのかな」

愛犬家としては耐えがたい残酷なことだが、

飼い主が何らかの事情で飼い犬を殺処分するのを

他人が阻止するのは難しいと知っている。

まして、現場を目撃した訳では無い。

(あの人たちは誰にも見られない場所と時間を選んで

子犬を始末したのだ)


「要らない犬なら俺にくれたら良いじゃん。

飼えないなら山で殺さなくても山で放せば、俺がほっとかない、だろ」

 

 作業室で烏骨鶏の剥製に取り組みながら

 何度も同じ独り言が口から付いて出る。


 あっさりとスルー出来なくて

時間が経つに連れ、怒りがこみ上げてきた。


夜になって

マユに聞いて貰って終わりにしよう。

今更、見知らぬ死んだ子犬をどうもできない。

自分に出来ることは何も無い。


幸森に事実を確かめたい衝動を、押さえた。

良識ある大人として、やりすぎはマズイと。


だが、マユの顔を見る前に

<殺された子犬>の

第2報を受けることになる。


「神流さん、夜分にスミマセン。貴方なら見れば分かるのでは無いかと……」

と、山田動物霊園から電話が掛かってきた。


「午後5時半に子犬を、持って来られました」

 最近事務所番になった桜木からの電話だった。

 事務所の営業時間は午後6時まで。

 桜木は焼却炉で火葬の仕事を翌朝でも良かったが

 何分午後7時まで外は明るいので

 遺体を受け取り、すぐに火葬しようとした。

 その時に

 受け取り時には気付かなかったが

 子犬の死因が自然死でも事故でもないと

 全身見て触って、分かったと。

 ひどく動揺し、涙を堪えているような声で

 電話してきたのだ。


(あの人は犬と一緒にいたいから動物霊園の番人になったんだ)

 犬への愛が人一倍深い男なのだ。


「桜木さん、その子は白いの?」

 確かめずにはいられない。

 姿は見ていないが橋の下で殺された小犬と

 同じ今日に、霊園に持ち込まれた小犬。

 偶然ではないかも。


「……真っ白の、紀州犬、血統書付きの小犬です。……でも、どうして白だと?」

 

 紀州犬。

シロと同じ。

ペットショップで買えばかなり高価。

購入時に保険加入が一般的。

獣医で定期健康診断するのが今時の飼い方。

そして今時、

病気ならば人間並みの治療も可能だろう。

……なんで、殺した?


「すぐ、行きます。焼かないで、待っていて下さい」







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