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蝶々と虫籠と地下で蠢く人々

「サシャ。今日はあっちの仕事で遅くなるって言ってなかったか?」


 軽快な足音が近づいて来たと思ったらすぐ後ろで声がした。サシャは隣に並んだプラチナブロンドの青年にチラッと目をやり、「兄さん」と呼んだけど血は繋がってはいないはず。


 青年の年はおそらくユーリックやイアンと同じくらい。髪色も二人と似ているから皇宮にいたら銀色のオーラを継いでいると勘違いされてもおかしくない。辺境地の、しかも娼家街でそんなふうに思う人は一人もいないだろうけど。


「予定変更になったんだ。これ、兄さんにあげるよ」


 チュロスの袋がサシャの手から青年の手に渡った。


「パピーズ・チュロスってご婦人方に人気の店じゃん。おまえ、勝手に客とったりしてないよな?」


「そう見える?」


 サシャのあっさりした反応に、青年は娼家街の住人らしく色気と気怠さをまとってフッと笑みを漏らす。


「サシャに限ってそんなことはないだろうけど、未成年に客の相手をさせたなんて噂がたったら店の鑑札は没収だ。女将に殺されたくなかったら大人しくしとけよ」


 うん、とサシャがうなずいても青年の説教は止まらない。


「だいたい、バタフライ通りはなるべく出歩くなって女将に言われてるだろ。うろついてるのは売る側にしろ買う側にしろそういう目的のやつばかりなんだ。今はサーカス公演を口実に羽目を外しに来てる遠方の貴族客が多い。ガキンチョ好きな変態もウロウロしてるんだよ。おまえ、男に好かれそうな顔してるから気をつけろよな」


 青年はニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、紙袋からチュロスを取り出して頬張った。


「サシャ、成人まであと何年?」


「三年」


「三年かあ。女将は久々に上玉が手に入ったって期待してるんだ。成人までは大人しく雑用だけしとけよ」


 上玉と聞いて改めてサシャの顔を眺めると、たしかに目鼻立ちのはっきりした美男子だ。ノードやユーリックみたいな主役級イケメンのせいであたしの感覚は少々麻痺しているらしい。


「おれ、成人するまでバルヒェット領にいるつもりはないよ」


「まったく、バカなこと考えんな。女将がいくらでおまえを買ったか知ってるだろ。その時が来たらおれが手とり足とり教えてやるから。案外性に合ってるかもよ」


 青年はサシャの腕を掴み、目の前で思いがけずBL的なシーンが繰り広げられた。


「キスは甘〜いチュロス味だ」


 アハハッと青年は笑っている。サシャはうんざりした様子で唇を拭い「悪趣味なやつ」と冷めた口調。ラビといた時のあの淡くてキュンキュンな感じはどこへやら。


「おれ、あっちに渡るから」


 サシャは掴まれた腕を振りほどき、足を止めて馬車が途切れるのを待った。青年も一緒に立ち止まる。


蝶西閣(ちょうせいかく)に行くのか?」


「うん」


 躊躇いのないサシャの返事に青年はため息をつく。


「あそこ、サーカス船の寄港中は金持ち貴族の宿泊客で満室らしい。客と鉢合わせたら目ぇ付けられないように下向いとけ」


 青年は斜向いに建つ赤レンガの建物を見ていた。美しいアーチのエントランス、他の建物をみっつかよっつ合わせたくらい大きな二階建ての本館。パッと見ただけでもバタフライ通りで最上級のホテルだとわかる。同じ赤レンガなのに東区のボロ屋と違って重厚感と気品があった。


「裏から行くから平気。用があるのは虫籠だけだから」


 ムシカゴ?


「長居すんなよ、サシャ。警備兵に手ぇ出されないように気をつけろ」


「兄さん心配し過ぎ」


 サシャはかすかに笑みを浮かべ、「じゃあ」と馬車の途切れた隙に通りを渡る。あたしはサシャについて行き、路地に入る前に振り返ったらプラチナブロンドがまだ通り沿いに見えていた。サシャと同じ娼館の男娼なんだろうけど、どうやら面倒見がいい兄貴分のようだ。


 足を踏み入れたのは路地というより建物と建物の隙間だった。所々にある扉は店の裏口で、見かけるのは休憩中らしい宿屋やレストランの従業員。貴族相手の商売らしく着ている服に清潔感がある。


 サシャはバタフライ通りと平行に進み、しばらく行くと馬車道に突き当たった。建物の陰から顔だけ出して左右をうかがう。


 左に行けばバタフライ通り。ちょうど馬車道沿いに見えている赤レンガ壁の建物が蝶西閣のようで、裏手の路地に警備兵が二人立っていた。裏口というより監獄の入口みたいな門構えだ。


 馬車道を右に行くと沿道に小洒落たブティックやパティスリーが並び、ラビとサシャがデートしていた辺りに似ている。ちょうど右手方向から馬車がやって来て、目の前の路地を塞ぐように停車した。幌で覆われた簡素な荷馬車だ。サシャは木箱の陰に身を潜め、息を殺して様子をうかがっている。


「降りろ」


 警備兵の一人が幌をまくりあげた。ヒョイと身軽な動きで飛び降りた男は縄で両手を縛られ、喋れないように猿ぐつわまで噛まされている。ふと感知した魔力で獣人だと気づいた。縄には魔力付与がされている。


「ついて来い、こっちだ」


 獣人は大人しく警備兵の後をついて建物に入っていった。馬車が走り去ったあとサシャは道を横切り、一人残っていた警備兵が彼に気づいて剣に手をかける。


「何の用だ、ボウズ」


 口にしたものの、警備兵はサシャの顔を確認して剣から手を離した。


「また面会か」


「はい。入ってもいいですか?」


 警備兵の背後に『蠢桜(シュンロウ)』と書かれた掛け看板があった。『蠢桜』は異世界語翻訳されたもので実際に漢字表記がされてるわけではないけれど、石橋さんがブリジストンであるように、異世界語で「シュンロウ」と発音されるこの建物は蠢桜なのだ。


「ダメだと言ったら?」


「追い返されたって、うちの女将に告げ口します」


 途端に警備兵は渋い顔になり、チェッと舌打ちした。


「さっさと入れ」


「ありがとうございます」


 ペコッと頭を下げ、サシャは慣れた様子で裏口のドアを開けて中に入っていく。そこにあったのは地下へと続く階段。マナ石ランプで照らされた踊り場の左右に、さらに地下へと続く階段がある。


 サシャは迷いなく左の階段を降り、廊下をまっすぐ奥へと進んだ。左側には格子窓のついたドアがいくつかあり、中を覗いてみると五、六人くらいの相部屋。といっても、外から南京錠がかけられた監禁部屋。それが全部で五部屋ある。サシャが言った〝虫籠〟とは、この監禁部屋の通称に違いない。


 蠢桜の『(ロウ)』の字は、実際は『(ロウ)』であり『(ロウ)』。異世界語翻訳がいい感じに日本語とリンクしてるのは、この世界を生み出したのがゼンだからかもしれない。


 廊下の一番奥の部屋のドアが開いて、獣人を連れて行った警備兵がそこから顔を出した。サシャに気づき「また来たのか」と苦笑を浮かべている。扉に南京錠をかける男の後ろを会釈だけで通り過ぎようとしていたサシャは、


「今のうちに甘えとくんだな」


 という男の言葉で立ち止まった。


「どういう意味ですか?」


「そろそろ出番って噂だ。最近、あいつ(・・・)の面会がめっきりなくなったから」


「あいつって例の魔術師?」


「ああ。リオから引き出せる情報はもうないってことだろ。となると残された道はこいつらと同じだ」


 男はトンと軽くドアを蹴る。その表情は意外にもサシャ親子に同情しているようだった。サシャの父親を「リオ」と親しげに呼んでいる。


「鉱山に連れて行かれるんじゃないんですか?」


「いや、それはないだろう。リオが独房なのは獣人を扇動しそうだからだ。獣人の中にリオを入れることはないと思う」


 ポンとサシャの肩を叩き、男は申し訳なさそうに眉を垂らした。


「ショーに出たからって必ず死ぬわけじゃない」


 そう言うと男はサシャに背を向け、隣の〝虫籠〟の扉を開けて中に入って行った。


 サシャは廊下の突き当りで左に曲がり、更に下へと階段を降りていく。昼白色のマナ石ランプに照らされていたさっきのフロアと違って、地下二階は蝋燭の炎のようなオレンジ色のランプが灯されていた。


 あるのは扉がひとつだけ。その前に警備兵が一人。上にいた二人と違うのは、兵士の傍らにライフル銃が立てかけられていることだ。小柄で鼻ぺちゃの警備兵は、サシャの足音に気づいて銃に手をかけた。


「ハハッ、また来たのか。半端者のおちこぼれが」


 銃をサシャに向け、男はニヤニヤ笑う。一方、サシャはこの建物に入ってからゾエ並みの無表情だった。面会に来るたび強要されていたのか、男の前で土下座して床に頭を擦りつける。


「父に会わせて下さい」


「最初の頃は反抗的だったのに、こうも変わっちまうとはなあ。獣人にはプライドってもんがないのか?」


 鼻ぺちゃ男はコツと銃口でサシャの頭を小突いた。


「あるわけないよなあ。あったら男娼なんてするはずないもんな。獣人のくせに変身できないひ弱なおちこぼれが、捕まった父親のために体を売るなんて健気なもんだよ、まったく。娼館でおちこぼれないよう、おれが練習させてやるからさ」


 男はズボンのベルトを外しはじめ、何を要求するのか想像がついた瞬間あたしの中で何かがプチっと切れた。


『回帰した悪女はお兄様に恋をする』の世界観を汚す不届き者!


 ライフル銃は扉に立てかけられ、その銃身は強度を高めるため魔力付与されている。あたしはその銃身を掴み、背後から鼻ぺちゃ男の頭を目がけて銃を振り下ろした。


 ――ゴツッ


 鈍い音がして銃底が脳天を直撃したけど、あまり効いてないのか男は「イテッ」と頭をさすりながら振り返る。幽霊は非力と判明。


「うわっ!」


 宙に浮かぶ銃を見て男は尻もちをつき、あたしはハッと我に返って銃を放り投げた。宙に浮く銃の噂が流れたら後々面倒だ。


 サシャは男の声に異変を感じたのかおそるおそる顔をあげ、怪訝な顔で首をひねった。


「おっ、おまえ魔術師か?」


 男はサシャを疑ったようだけど、当人の表情を見て違うと分かったらしい。


「そんなわけないよな。た……、たぶん銃に付与された魔術が暴走したんだ。あとで他のと交換しないと」


 なかなかいい感じの勘違いに、あたしは呆れつつもホッと胸をなで下ろした。鼻ぺちゃ男は気を取り直すようにゴホンと咳払いし、立ち上がって南京錠に鍵を突っ込む。


「十分だけだぞ」


「ありがとうございます」


 サシャは立ち上がって部屋の扉を押し開けた。


「サシャ」


「父さん」


 ラビから「リオおじさん」と呼ばれていたサシャの父親は、ベッドの傍らに立って不安げな顔でサシャを待っていた。警備兵の声が聞こえていたのだろう。


「平気か?」


「うん、何もされてない」


 南京錠には魔力付与されていたけれど、部屋に結界が張られている気配はなかった。その代わり、扉に小さな格子窓がついているから会話は見張りに聞かれる可能性がある。室内にある魔法具の気配はマナ石ランプとサシャの持っている犬笛。魔法具で盗聴や盗撮されてる感じもない。


 サシャは父親とベッドに並んで座り、外の警備兵に聞こえないようヒソヒソ声で話した。顔立ちがよく似た親子で、サシャの髪色は父親そっくりだ。茶髪に黒のメッシュ。


 父親のリオは顔色があまり良くなく頬が少しこけていた。窓もない部屋に閉じ込められてピンピンしていられるはずはないけど、相部屋の虫籠に比べればここは多少マシなようだった。ベッドの他に作業机と椅子があり、意外なことに本棚まで置かれている。独房というより警備兵の仮眠室。


「父さん、おれラビに会ってきた」


 サシャの手はリオの服をギュッとつかんでいた。


「本当にサーカス団にいたのか?」


「うん。元気そうだったし、前より……」


「前より何だ? かわいくなってたか?」


 クスッと笑う父親に、サシャは「うるさいな」と年相応のすねた顔。


「ラビがサーカス団の飼育員と仔猫の魔獣を連れてきたんだ。ラビは船に戻ったけど、その人と魔獣は居住区に行った」


 リオは険しい顔になり「どうして」と低い声で聞いた。サシャはチラとドアをうかがうと、リオの耳元でボソボソと状況を説明する。


「騎士……」とリオがつぶやいた。


仲間(・・)ではないのか?」


 騎士が獣人だとは俄には信じられないはずだから、リオが疑問に思うのは当然だった。「あっ」と声を漏らしたサシャは、ラビの言ったことを言葉通り受けとっていたらしい。


「あいつらについてルケーツクに行けるくらいだから仲間(・・)だと思うけど」


「まあ、たとえ人間だとしても何か対策を用意してあるんだろう。だが魔獣を頼りにしてるならマズい。マナ石が埋め込まれていれば簡単にあいつらの手に落ちる」


 仔猫の魔獣にマナ石は埋まっていないと教えてあげたい。幽霊って本当にもどかし……あっ!


 そういえば何も考えずリオの前に出ちゃったけど、幸いあたしの姿は見えてないようだった。頭の中にノードとジゼルの呆れ顔が浮かんでヒヤッとする。うっかりうっかり。


「父さん、あの魔術師は最近ここに来てないの?」


「最後に来たのはモリーヌ皇妃が帝都に出発する前だ。皇妃がいなくなったことで本格的に動き始めたのかもしれん」


「あいつが来なくなったから父さんの出番が近いんじゃないかって、警備の人が言ってた」


「大丈夫さ」


 不安を打ち消すようにリオは息子の肩を抱き寄せた。


「猛獣の父さんがショー(・・・)に出て銃で撃たれたら、大人しく領主に従ってた猛獣の獣人たちが次は自分かもしれないと思って警戒するだろ? 領主はそんなの望んでいない」


「じゃあ、ショーには出ない?」


 こじつけなのか本当にそう考えているのか微妙なところだけど、リオは「ああ」と力強くうなずいた。サシャはホッと胸を撫で下ろす。


 今の状況から言えるのは、蠢桜が〝ショー〟と関連しているということ。虫籠に捕らえられた人たちは、猛獣獣人二人組が話していた〝ショー〟のために連れて来られた獣人。おそらく、ルケーツク鉱山で頻繁に獣化してしまった小型種だ。


「父さん、サーカス船は大丈夫かな?」


「騎士に協力してるってことは警戒しているはずだ。だが相手はあの魔術師。皇室が動いているのなら騎士ではなく魔塔から魔術師を寄こすべきだったが、そもそも居住区に行ったというのが帝国の騎士とは限らない。アルヘンソ辺境伯が密偵を送り込んだとも考えられる」


 真面目に考えてるとこ申し訳ないけど、バルヒェットに乗り込んできたのは皇太子直属の紫蘭騎士団副官だし、魔塔最強の魔術師も来てるんだよ。


 やっぱり幽霊ってもどかしい――と思ったとき、パンッと爆竹みたいな音がした。サシャと父親がパッと顔を見合わせる。


「昨日今日試し撃ちを希望する客が多いんだ。一発でも銀貨一枚だって言うのに、ずいぶん金持ちばかり集まってやがる」


 鼻ぺちゃ男が扉を開けてニヤニヤ笑っていた。


「銃弾一発に銀貨一枚とはぼったくりもいいとこだ」とリオ。


「それが商売ってもんだろ。そのおかげでおれもおまえも飯を食える。さあ、十分経った。面会は終わりだ」


 サシャは大人しくベッドから立ち上がり、「また来るよ」と父親に笑顔を向けて部屋を出て行った。裏口から路地に出ると馬車道のところにプラチナブロンドが見え、サシャは「心配性だな」と緊張の解けた顔で駆けて行く。


 サシャとプラチナブロンドの青年が合流したのを見届けたあと、あたしは再び『蠢桜』に足を踏み入れた。


 虫籠のある左の階段ではなく踊り場右手の階段を下り、さらに踊り場を二度折り返すと左方向に通路が続いている。天井は高く、ぶら下がっているのはマナ石で作られたシャンデリア。


 通路の途中に両開きの豪奢な扉があり、その前に人が二人立っていた。警備兵ではなく、一人はホテルの支配人のようなシンプルで清潔感のある服を着た男。もう一人は秘書っぽい雰囲気の女性。


「ウサギ、イタチ、リス。爬虫類がよろしければヘビやカメなどもご用意できますが」と男性が口にする。


「せめて中型種で、というのがご主人様の要望です」


「中型ですか。犬ならご準備できますが」


「犬など珍しくもなんともありません。噂では猛獣の獣人がバンラード王国から流れて来たと聞いたのですが、そういうのは手に入らないのですか」


「申し訳ありません。バンラード王国からの避難民については外交問題となり得るため今はまだ」


 女はハァとこめかみを押さえる。


「仕方ありません。今回はそちらにお任せしますから、手に入る中で最も美しい獲物を用意して下さい」


 そのときパンッと銃声がし、二人同時に扉を見た。あたしはそっと扉に顔を突っ込み、思わず「うわあ」と声を出す。


 目の前に広がるのは地下コロッセオ。


 円形闘技場が最下部にあり、あたしがいるのは階段状の観客席の最上段。通路階段を下り、魔力付与された手すりに手をかけ下をのぞきこむと、人の頭がふたつ見えた。どうやら砂かぶり席のような特別席があるようだ。


「お客様が危険に晒されることはありません。この柵に沿って結界が発動し、結界外からの物理攻撃は弾かれます」


「内側からの攻撃は結界をすり抜けるということか?」


 貴族らしい男がライフル銃を構えた。傍で説明しているのは『蠢桜』の人間らしく、扉の外にいた男性と同じ服を着ている。


「少し違います。この銃が触れた部分だけ結界が一時的に解除される仕組みです。そういった魔術が銃本体に付与されていますので、先ほどご説明した通り本番ではこの射撃台の上にお立ちいただき、柵の向こうに銃身が出るように構えて撃ってください」


「結界を一時解除する魔術とは、なかなか使える魔術師を飼っているようだ」


 男は物珍しそうに銃をじっくりとながめる。


「ところで、物理攻撃は弾くということだが魔力による攻撃は防げないということか?」


「獣人は魔力で攻撃するわけではありませんから」


「だが、ここでは獣人と魔獣を戦わせると聞いたぞ」


「ええ、その演目は上階の観客席でご覧いただけます。ここは観覧用に用意された場所ではありません。立ち入ることができるのはプレイヤーのみです」


「ふうん」


 男は満足そうに漏らし、射撃台でライフル銃を構えると躊躇いなく引き金を引いた。放たれた銃弾は闘技場中央に立てられた黒い板に穴を開ける。


「お見事です」


「あの的は動かないからな。試しにおまえが的にならないか? 何でも欲しいものをやろう」


「お戯れを。命あっての物種でございます」


 礼儀正しく頭を下げる男、その姿をながめてククッと笑う男。二人が闘技場から出て行ったあと、あたしはアリーナ全体をざっと見て回った。


 円形闘技場には入場扉がふたつあり、ひとつの扉の奥は虫籠へと続く階段だった。その対面にあるもうひとつの扉の向こうには結界檻に入れられたヒョウがいた。三本尾を持つ魔獣だ。


 ヒョウ魔獣の他に目を引いたのは、ずらりと並べて置かれたライフル銃。ざっと見ただけでも二十丁から三十丁くらいある。


 獣人を監禁し、銃を隠し持ち、魔術師が出入りする『蠢桜』。あたしってばかなり優秀な諜報員? 


 さっそくノードに報告しに行こう! ――と闘技場を出ようとしたとき、ひとつ気になる扉があったのを思い出した。あたしが入って来た扉と闘技場を挟んで真向かいにある両開きの扉。


 ひょいと頭だけ出してみると人けのないロビー。ふかふかそうな絨毯、煌びやかなシャンデリア。左手に階段があり、上った先にある扉をすり抜けると舞台の上で踊り子が舞っていた。


 おそらくここは『蝶西閣』の本館で、踊り子は表向きのショー。


 広間では仮面をつけた紳士淑女がグラスを傾けながら談笑していた。仮面をつけずに素顔をさらしているのはどうやらバタフライ通りで商売する人たち。あたしはようやく娼家街がバタフライ通りと呼ばれる理由に気づいた。貴族らしい男女が目元につけた仮面は、まるで羽を広げた蝶のようだ。


「……大公が」


 ふと聞こえた言葉にあたしは振り返った。中年の貴族らしい男二人が、広間の隅で連れの娼婦を遠ざけて話し込んでいる。


「……いつですか?」


「それはまだ。ですがサーカス公演中に入国するのではと」


「獣人問題で辺境伯との会談を設けたのでしょう。皇妃が帝都に陳情に向かったと聞きましたが当てになりませんからな」


「領民のあいだで囁かれている噂は耳にされましたか?」


「いや、昨夜遅くに着いたばかりでして」


「辺境伯がいよいよ独立を宣言するのではないかと。バンラード大公の来訪はそれに合わせたものだという憶測も一部で飛び交っています。独立宣言がされ港が封鎖されれば帝国貴族の我々は人質同然。わたしは明日にでもニラライ河を渡り領地に戻ることにしました」


「……なんと」


 絶句する男の耳元で「この件は内密に」と囁く。


「バタフライ通りに集まった貴族が次々にいなくなれば辺境伯は慌てて港を封鎖するかもしれません。あなたとわたしの付き合いだから教えてさし上げたのです。よいですか、くれぐれも内密に」


 それでは、と男は紳士然とした笑みを浮かべ、マーメイドドレスの女性を連れて広間の後ろの扉から出て行った。残されたもう一人の男はしばし考えこみ、同じように連れの女性を伴って広間から姿を消す。


 ――バンラード大公が来る?


 あたしは困惑しながら頭の中で小説のページを捲っていた。大公が国境を越えてバルヒェット領に入ってくるのは獣人虐殺エピソードではなかったはず。魔獣襲来のときだ。


 ゾクッと背筋が震え、あたしは衝動のままに蝶西閣を飛び出してまっすぐイリトス山脈を目指して飛んだ。ノードとジゼルの気配があるそこは、ルケーツク鉱山。

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