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巻き添えで召喚された直後に死亡したので幽霊として生きて(?)いきます  作者: 31040
【デビュタントと悪女の出生の秘密編】
39/211

夜の事件現場と深夜の密会

 この世界に召喚されてからどれくらい経ったんだっけ、と考えながら、あたしはふたつの月を見上げていた。


 まんまるに少し足りない青と赤銅色の輝きは、これから満月に向かうのか、それとも満ちた月が少しづつ欠けている途中なのか。あやふやなのは少し前に雨が続いたせいだ。


 木々に囲まれた石榴宮の屋根から月がふたつとも見えている時間は少ない。ナリッサの寝室からだともっと少ない。屋根に腰かけたあたしの足の下にはまだ寝室の窓明かりがあった。


 ついさっきまでナリッサは包帯を巻いた手でジゼルを抱き、バルコニーから月を見上げていた。「冷えますよ」とポピーに促され、今はもうベッドに入っただろうか。


「ノードはまだ仕事中かな?」


 気になるなら行って来ればいいだろう? ――とジゼルに言われて魔塔に向かったのは、赤銅色の月がまだ森に半分隠れていた頃のことだ。行く道で平民街に異様な明かりを見つけて近づいてみたら、治安隊と魔術師がまだ事件現場で働いていた。


 イタチ魔獣の死骸はすでに片付けられ、魔術師が数人、治安隊の指示に従ってウロウロと広場を歩き回っていた。魔術師たちの背後にカタツムリが通ったみたいな光の筋が残るのは、たぶん詠唱しているから。魔術や魔力の痕跡を探しているようだった。


 広場にはノードの姿もあった。そして、あたしの気配に気づいているはずなのに完全にシカトされた。


 マリアンナが隣にいるから仕方ない。でも、彼女にはあたしが見えないんだから一瞬こっちに目線くれるくらいよくない?


 屋根の上からひたすら念を送ってみたけれど、ノードは頑なにこっちを見ようとしなかった。下にいる魔術師たちにあたしの姿は見えないはずだけど、降りてみたところでノードと会話できるわけじゃないし、たぶん鬱陶しがられるだけ。ノードがこんな遅くまで現場にいるのは、きっと魔術師が絡んでいるせいだ。


 そういえば、皇宮の森でジゼルが魔術師の気配を感知していた。ユーリックが石榴宮にナリッサを訪ねて来た時のことだ。ジゼルが感知した魔力が本当に魔術師のものだとしたら、今回の事件に関係あるかもしれない。


 イアンは自分の護衛のなんとか卿……、名前なんだっけ、ちょっと遅刻しそうな……オクレール!


 そのオクレール卿を疑っているようだったけれど、騎士の彼が魔術師でないのは確かだ。イアンの話しぶりから考えると、もしかしてベルトラン公爵が魔術師を?


 ふと視線を感じて広場を見下ろすと、ノードがこっちを見ていた。その隣でマリアンナがあたしを指さしている。


 あたしを見ているわけではないとすぐに気づいたのは、二人が書類を手に話していたからだ。事件があったときのジゼルの動きを説明してるのかもしれない。屋根の上の、あたしの足元にイタチの血の跡が残っていた。


「ノード!」


 あたしは屋根の上で背伸びしてブンブンと両手を振った。もちろん彼の表情は変わらない。


「ノード、お仕事がんばってね!」


 ノードが右手を口元にあて、たぶん笑ったのを隠した。


 あ、ヤバい。

 推しが足りない。足りてないよ。


 本当はもっと近くに行きたいのに。推し声優ボイスで「なにやってるんですか?」って、ちょっと呆れ気味に言ってもらいたいのに。


 ああ、ノード。どうしてあなたはノードなの。


 心の中、一人でロミジュリ。ノードとマリアンナは視線を落として路地へ入っていく。


「ノード。あたしナリッサのとこにいるね」


 頭上から声をかけると、振り向かないと思っていたノードがあたしを見上げた。ちょっとだけ肩をすくめ、彼はマリアンナと話しながら治療院の方へ歩いていく。


「あたしの知ってる小説のノードはこんな働き者じゃないのに」


 それはノードだけじゃなくユーリックも同じだった。現場にはいないけど、きっとどこかでまだ働いている。小説みたいに恋にうつつを抜かしてるわけじゃない。


 ラブコメ異世界ファンタジー『回帰した悪女はお兄様に恋をする』は、登場人物の人生を作者がいい感じに切り貼りして編集したエンタメ。語り手のナリッサの心情も、すべて描かれてるわけじゃない。


 あたしが大人しく石榴宮に戻ってバルコニーでジュリエット気分に浸っていたら、ジゼルを抱いたナリッサが窓を開けて出てきた。彼女もジュリエットみたいに「どうして」と口にしていたけれど、あたしのロミオもナリッサのロミオもここにはいない。ジゼルに言ったら「ぼくがやってやろうか?」なんて言いそうだけど。


 しばらくして二人は部屋に引っ込み、あたしは一人こうして屋根で月を見上げ、またノードをことを考えている。


 事件後ナリッサたちと一緒に石榴宮に来たから、ノードと直接話せたのはさっき一方的にかけた言葉だけだった。じっくり話す時間があったとしても、イアンのことを話したかどうか分からない。どう説明してもイアンが悪いヤツになりそうで、それはちょっと可哀そうな気がした。


 イアンとの話が中途半端だったから、あたしはベルトラン公爵邸に忍び込もうかと考えている。問題はあそこが銀色のオーラを受け継ぐ家門だということ。しかも変人腹黒イアンが育った家だと思うと、ひょいひょい調子よく門をくぐるのは危険だ。


 フッと庭園が暗くなったと思ったら、ナリッサの部屋の灯りが消えていた。バルコニーまで降りてみるとカーテンが引かれて中が見えなくなっている。


「あたしには関係ないけどね」


 頭を突っ込もうとしたら、ゴツンとガラスにぶつかった。


「痛ぁーい。魔力?」


 キィと内側から窓が押し開けられ、あたしの足元でジゼルが笑いを堪えている。白猫は十数センチの隙間からするりとバルコニーに出ると、後ろ足で窓を蹴って閉めた。


「ジゼルの仕業なの?」


「ああ、魔力付与しないと重くて開けられないからな。主は魔塔主に会って来たのか?」


 ジゼルはトンッと身軽にジャンプして手すりに乗ると、後ろ足で首元を掻いた。リボンをするようになってからよくこういう仕草を目にする。あたしは「ノードはお仕事中だったよ」と、平民街で見た光景を報告した。


「ジゼルが事件現場にいたの、問題にならないかな?」


「まあ、大丈夫じゃないか? 魔術は使ってないし、通りすがりの魔獣がエサを狩って食事しただけだ」


「マリアンナはそうは思わないと思うよ。魔塔主の猫だって知ってるし」


「魔塔主の猫じゃない。ぼくの主はお前だろう」


 プイッとそっぽを向いた白猫がかわいくて、あたしはジゼルを抱いてわしゃわしゃ撫でた。


「でも、たしかに主が言う通りだ。サルはぼくを魔塔主のペット魔獣だと思っている。獣人たちや皇太子の前で魔術を使ったことはないから召喚獣だと気づかれてはいないが、魔塔主に使役魔法をかけられていると思っているのかもな」


「使役魔法? こんな好き勝手に動いてるのに」


「魔法は魔術師のレベルによって雲泥の差がある。魔塔主なら自由にさせているように見せかけながら使役することもできる」


「そうなの?」


「……かもしれない」ケケケッとジゼルが笑う。


「なぁんだ」


「モモタロウ一行はそう思ってるかもしれないってことだ」


 ユーリックの獣人騎士たちをあたしが桃太郎の家来に例えてから、ジゼルはたまにこんな言い方をする。


「どっちにしろ今日のあれでぼくがナリッサに危害を加えないのは分かったはずだ。ぼくに構ってるより他にやることがある」


 たしかに事件に関与した魔術師を割り出さないといけないし、あのイタチみたいな魔獣がどこから連れて来られたのかも調べないといけない。それと、ナリッサが平民街に行くことがどこから漏れたのか。


「ねえジゼル、イアンに会いに行ってみない?」


 ジゼルはチラッと大人びた視線をあたしに寄こした。


「気に入ったのか?」


「え?」


「〝よき♡〟とか言ってただろう」


 ええぇぇぇぇっ!


「……聞いてたの?」


「聞こえたんだ。耳がいいのは知ってるだろう?」


 まあ、心の声ダダ漏れなあたしが悪いんだけど。


「ジゼルは気にならない? イアンが何を言おうとしたのか」


「金色のオーラの発現事由がどうのってやつか。たしかにな。だが、あの魔獣探知の魔法具をつけた護衛が邪魔だ。それに、放っておいてもイアンはここに来る気がする」


「ジゼル、イアンのこと気に入ってるよね」


 ジゼルはニヤッと悪魔っぽい笑みを浮かべる。


「あいつは弱いくせに狂ってるからな。素質はあるぞ」


「素質?」


「悪魔を使う素質だ」


 えっ!


「でも、魔力はちょっとしかないんでしょ」


「ああ。だから現実には無理だ。残念だな」


「残念って、もしイアンに魔力があったらあたしを捨てるつもり?」


「さあな」


 ケケケッと楽しげに笑うジゼル。あたしはちょっとイアンに嫉妬している。


 最初の印象は悪かったのに、あたしもジゼルもイアンの評価がずいぶん変わってしまった。小説で読んだ天然系弟キャラは影も形もなくなって、変人だし、腹黒だし、でも、この世界で出会った人の中で一番真っ直ぐな感じがする。


「さてと、部屋に戻って寝るか」


 ジゼルがそう言ってあたしの腕からバルコニーに飛び降りた時だった。かすかにノックの音が聞こえ、ピクッとジゼルの耳が動く。そしてボソボソと人の声がした。


「ゾエだ」と、ジゼルがあたしを見上げた。


「ゾエ? 入っていいわよ。どうかした?」


 ナリッサの声。そのあとドアの音がする。カーテンの向こうにぼうっと明かりが灯った。


「あら? ジゼルがいないわ。どこに行ったのかしら」


「ぼくの気配が消えたから来たのかもしれないな」とジゼル。


「窓に魔力付与したから探知に引っかからなかったんだろう。ゾエにぼくの声は聞こえないが、イアンと話すのを間近で見ていたから召喚獣だと疑っているはずだ。ただの賢いペット魔獣と召喚獣とではずいぶん意味合いが違うからな。ぼくだけでなく魔塔主のことも警戒してるかもしれん」


 グブリア帝国で禁止されている魔獣の召喚術。「召喚者は死んだ」とジゼルはあのとき言ったけど、ゾエには聞こえていないのだから魔塔主が召喚したと考えるのが普通だ。


「だったら、ナリッサに説明してもらったら? ジゼルを召喚した人間は死んだって」


 ジゼルは何も答えず、フイと顔を動かして窓を見た。中からは話し声が聞こえている。


「ナリッサ様はジゼル様が召喚獣だとご存じだったのですよね。どうして魔塔主様はそんな危険なものを。召喚術は禁止されているというのに」


「ジゼルは魔塔主様のペットだけど、召喚したのは魔塔主様ではないわ。召喚者は死んだと聞いてる」


「死んだ? それは本当ですか?」


「ええ」


「召喚者が死んで召喚獣だけ残ったということは、ジゼル様はその召喚者と魂の契約を……?」


 えっ?


「魂の契約?」


 あたしとナリッサの声がシンクロしたとき、窓がキィと音を立てた。開けたのはどうやらジゼル。白猫の後についてあたしも部屋の中に入った。


「あっ、ジゼル。どこ行ってたの?」


 ナリッサとゾエは扉の前でこちらを見ている。警戒していると思っていたゾエの顔は、どちらかというと怯えているようだった。


「ちょっと見回りに行ってただけだ」


 よく言う。


「言っておくが」と、ジゼルがゾエに顔を向けると、ゾエはビクッと肩を縮めた。


「ナリッサ、通訳してくれ。ぼくに魂の契約者はいないし、血の契約を結んだ相手は死んだ。契約者が死んだのにどうして召喚解除されずにこの世界に残っているのか、それはこっちが聞きたい。魔塔主にも理由はわからぬようだからな」


「血の契約の相手って……」


 ナリッサが中途半端に言葉を止めたのは、これ以上口にすると自分が召喚したことがゾエにバレると思ったからだろう。


「ナリッサの考えてる通りだ。召喚術の時ぼくが血を浴びたのは知っているだろう。その人間が死んだことも。普通ならあの人間が死んだ時にぼくは召喚解除される。だが、なぜかこの世界に留まっている」


 幽霊と契約してるとはさすがに言わないか。


「お前が召喚したという事実を言わなければ、ぼくがさっき言ったことに嘘はない」


 ナリッサは衝撃を受けたようだったけれど、ジゼルの言う通りゾエに説明した。二人が話しているときに「魂の契約って?」とジゼルに聞いたら、予想通り「また今度な」とはぐらかされてしまった。


 ナリッサが通訳し終え、ゾエがまだ怯えを残した目でチラリとジゼルを見る。


「ゾエが心配してくれるのは嬉しいけど、ジゼルは危なくないよ。今日もわたしを守ってくれたし」


「……でも、悪魔ですよ」


「ぼくは聖魔だ」


 胸を張って言うジゼルにあたしは思わず吹き出した。ナリッサはきょとんとしている。


「ジゼルって悪魔じゃなくて聖魔なの?」


 問いかけたナリッサの言葉にゾエが「エッ」と声を漏らし、あたしはちょっといいことを思いついた。


「ねえジゼル。治癒魔法でナリッサの傷を治してあげたら?」


 フィリス先生が治癒したけれど、治癒師の魔力で完全になおすことはできないらしく薬を塗って包帯が巻かれている。ジゼルはあたしの提案にケケッと笑うと、


「証拠を見せてやる」


 ナリッサに言って首のリボンを解いた。ゾエが「熱ッ」と手首を押さえ、オンオフのスイッチでもあるのかブレスレットを触っている。ジゼルを見る目が怯えではなくすでに恐怖。


「ナリッサ、包帯を外せ。ちょちょいのちょいで治癒してやる」


「ジゼル、治癒魔法使えるの?」


 ナリッサの言葉でコロコロ変わるゾエの表情が面白くなってきた。小説では能面だったはずなのに、どこにお面忘れてきちゃったのかな。


 ジゼルが詠唱するのはゾエには「ニャーニャー」と聞こえているのだろうか。宙に光の文字が連なり、それがくるりとナリッサの手の甲を覆ったあと、肌に吸い込まれるように消えて見えなくなると傷もすっかりなくなっていた。


「すごーい、ジゼル」


 得意げな顔であたしを見てくる白猫をなでてやりたいけど、それはナリッサが代わりにやった。さっきまでの怯えはなんだったのか、ゾエの目はキラキラ輝いて、こういう表情はイアンとよく似ている。イアンの恋がうまくいけばいいな、なんてあたしは考えていた。


「それで、ゾエはジゼルのことが心配で夜中に訪ねてきたの?」


 ナリッサが聞くと、ゾエは「あっ」と本来の目的を思い出したようにポケットに隠し持っていたものを取り出した。


「手紙と、……鍵?」


 ナリッサが首をかしげる。ゾエが声をひそめ「ガルシア公爵様からです」と口にした。



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