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裏切り者たちと死に様と生き様

 ユーリックはため息とともにナリッサを解放した。どこかに向かって彼が頷いていたから獣人相手なのかと思ったら、遠くでウロウロしていたエンドーたちへの合図だったらしく、執事姿のエンドーと眼鏡の侍女、そしてポピーとアンナがこわごわと東屋に近づいて来る。騎士はいつのまにか東屋のすぐそばに跪いて控えていた。


 ユーリックは一体どこまで報告を受けたの?

 あたしたちの会話はどこから聞いたの?


 チラリとノードをうかがったけれど、彼はひとつ頷いただけだった。


「リアーナ、茶会の邪魔をしてすまない。体調が芳しくないと聞いている。気にせずかけてくれ」


「いえ、そういうわけにはいきません。殿下がどうしてここにいらしたのか、愚かなわたくしでもちゃんと分かっております」


 リアーナはそう言うと、ユーリックの前に跪いて頭を垂れる。その姿を見下ろしたまま、ユーリックは顎に手をあててしばし思案していた。その目が何度かあたしの手の中の小瓶に向けられる。


「殿下」


 口を開いたのはリアーナだった。


「ナリッサ様がお持ちになっている瓶はわたくしが準備したものです。彼女に差し上げようと思いお茶会を開いたのですが、このようなものを口にしてはいけないと、わたくしの方がたしなめられてしまいました」


「本当か? ナリッサ」


 肯定するわけないでしょ!

 リアーナのは全部嘘だから。


「嘘です!」


 あたしの心の声が庭園に響いたけれど、ナリッサの声ではなかった。叫んだのはアンナだ。


 アンナは一歩前に出て、舞台中央でスポットライトを浴びているかのように堂に入った芝居を始める。


「わたしはナリッサ様に言われてその瓶の入った箱を準備しました。白い粉の入ったその瓶はナリッサ様からリアーナ様への贈り物です。リアーナ様はナリッサ様をかばってご自分が準備したとおっしゃっているのだと思います」


 石榴宮では唯一のナリッサの味方、という設定は、このタイミングで覆すことにしたらしい。ユーリックが「続けろ」とアンナを促すと、彼女の口元に一瞬笑みが浮かんだようだった。


「ナリッサ様がリアーナ妃殿下に贈り物をするときは、いつもご自身で準備されていました。他の者には任せられないからと。その中には今持ってらっしゃるのと同じような小瓶が入っていました。神に誓ってそれはリアーナ様がご用意されたものではありません!」


 そりゃ、あんたが用意したんだもんね。


「アンナ……」


 リアーナの声は風音で掻き消されてしまいそうなほどか細い。アンナがナリッサへの忠義を捨て、自分のことを守ろうとしている――そんなふうにリアーナの目には映ったのだろう。


 でも、リアーナが診察を受けて麻薬の使用が明らかになれば、どのみち彼女は皇宮にいられなくなる。リアーナが皇宮からも世間からも姿を消すのは時間の問題。結局アンナにとってはナリッサもリアーナも捨て駒なのだ。


 アンナはこれでダメ押しというように、「わたしのせいです!」とユーリックの前で土下座した。


「皇女殿下のおそばにいて、その白い粉の入った瓶にもしやと思いながら、そんなことはないはずと見ないふりをしてしまいました」


 この台詞はユーリックに刺さりそうだ、と横目で見たら、思い切り眉をしかめていた。アンナがユーリックの動揺を誘うために今のセリフを吐いたのなら、なかなかの度胸だ。


 わずかに頭をあげたアンナは、「実は……」と勿体ぶってそこで言葉を止めた。


「まだ何かあるのならハッキリ言え」


「実は、ナリッサ様の寝室でそれと似たような粉の入った袋を見たことがあります」


 アンナが上目遣いにこちらをうかがい、その瞬間にあたしは抑えていた感情が爆発した。


 手に持っていた麻薬の瓶をユーリックに押し付け、アンナに歩み寄ると襟を掴んで上を向かせる。彼女の目が驚きで見開かれた。


「あの、姫さ……」


「黙りなさい! あんたがやったんでしょう?」


「ひ、……姫様?」


「しらばっくれないで! 全部知ってるんだから。陰であたしのことを平民出の小娘ってバカにしてることも、用無しの皇女って笑ってることも。平民育ちの小娘を丸め込むなんて朝飯前なのよね。本当に、スタンディングオベーションしてあげたいくらいの演技力だわ!」


 ポピーもエンドーも、騎士も眼鏡の侍女も、それにユーリックとリアーナも、みんなナリッサの豹変ぶりに唖然としていた。ジゼルがあくびをし、ノードが笑いを堪えている。


「あんたがナリッサに罪を着せようとして寝室に隠してた〝ハズレ〟は全部回収させてもらったわ! ジゼルの鼻はすごいんだから!」


「ジゼルが役に立って良かったです」


 ノードがひと言フォローを入れ、ユーリックがジロリと彼を睨んだ。自分の知らないところでナリッサと魔塔主が打ち解けた理由はこれか、という顔だ。


 困惑気味のリアーナは跪くというよりすでに地面にへたりこんでいる。


「エンドー、リアーナ様を座らせてあげて。そんなとこにいたら体が冷えてしまう」


 エンドーよりも先に騎士が立ち上がり、手を貸そうとしたけれどリアーナは手をはねのけてあたしに縋りつこうとした。あたしの両手はまだアンナの襟首をつかんだままだ。


「ナリッサ様、今おっしゃったことはきっと思い違いです。わたしの前でアンナはいつもナリッサ様の心配をしておりました。わたしと同じ心の傷を抱えているのだと」


 ごめん、リアーナ。さすがに今のは呆れた。

 なんとかにつける薬はないってやつ。麻薬なんてなおさらダメだわ。


「リアーナ様、アンナがしているのは心配じゃありません。アンナはリアーナ様の心の傷につけこんで利用したんです。そうよね、アンナ」


「傷?」とユーリックがつぶやいたようだったけれど、あたしは構わず続ける。


「アンナ、こっそり誰かさん(・・・・)と話してたじゃない。寂しがりやで皇太子殿下にほったらかしにされてるリアーナ嬢は自分たちには都合がいいって。あたし聞いちゃったんだから」


 表情の固まった大根女優を見るのは気分がいい。頭の中では必死で考えを巡らせているのだろう。


「誰かさんが言ってた〝自分たち〟っていうのは、ローナンドのことでしょう? ローナンドの利益のためにリアーナ嬢と友達ごっこまでしたのよね。まあ、アンナが石榴宮の仕事をサボって麻薬を取りに行ってたことに最近まで気づかなかったのはあたしの落ち度かもしれない」


 放り出すようにあたしがアンナの服から手を離すと、彼女はリアーナの膝に縋りついた。皇太子妃は騎士に肩を支えられて座っている。


「リアーナ、あたしのことを信じてくれるわよね。あたし、本当に見たのよ。皇女様がクローゼットの隠し天井に麻薬を隠すところを」


 この期に及んでまだナリッサに罪を着せるつもりらしい。それ以外選択肢はないのだから仕方ないのかもしれないけど、


「ねえ、アンナ。スパイス&ハーブの男は殺されたんですって」


 あたしの一言にアンナが「まさか……」と口走った瞬間、勝敗は決したようだった。


 ユーリックが目を見開いてこっちを見ていたけれど、あたしが情報を知り過ぎているのはノードと口裏を合わせればなんとかなる。


 くしゃくしゃと髪をかきあげ、ユーリックは「ちなみに」とドスの効いた声を出してアンナを見た。彼女の肩がビクッと震える。


「先ほどローナンド嬢には家門の事業について尋ねたが、もともと今日来たのはローナンドの裏の顔を探るためだ。ローナンド侯爵家には今頃捜査が入っている。スパイス&ハーブから麻薬の取引記録が見つかったからな」


「……麻薬の、……取引記録?」


 呆然とつぶやいたアンナは、どうやらその帳簿の存在自体を知らなかったようだ。がっくりと地面に手をついた侍女を、誰も助け起こそうとする気配はない。


「リアーナ」


 ユーリックは一歩踏み出して今はまだ妻であるリアーナ妃に歩み寄った。


「皇太子殿下、皇室に泥を塗るようなことをして大変申し訳なく思っております。どのような処罰も謹んでお受けいたします」


 リアーナは座ったまま、地面につきそうなほど頭を下げた。ユーリックは「頭をあげろ」とは言わない。


「リアーナ、そなたをこのまま皇太子妃としてここに置いておくわけにいかない」


「当然でございます」


「申し訳ないことをした」


 皇太子の突然の謝罪に、この場にいるすべての人が戸惑いの表情を浮かべた。リアーナは思わず頭をあげ、その真意を問いかけるようにユーリックを見つめる。けれど、ユーリックはその謝罪について更に言葉を重ねることはなかった。


「この場にいる者は皇室から公式発表される以上のことは口外しないように。そうすれば今後のことについてはできるだけ配慮しよう。リアーナ、そなたをすぐに追い出すようなことはしない。まずは療養に努めてくれ。その姿でフェルディーナ公爵の元に返すわけにいかない」


 痩せ細った体に震える手指。その姿で公爵家に戻ったら、麻薬中毒で追い返された元皇太子妃という噂がすぐに国中に広まるだろう。それは皇家の失墜を虎視眈々と狙う貴族たちにつけ入る隙を与えることになる。ユーリックとしてはこの件を貴族の犯罪として処理したいはずだし、リアーナもそれを分かってか「努めます」と言葉を返した。


「実は先ほどのナリッサ様とリアーナ様の会話を聞いていたのですが」


 ノードが空気を読むこともなくサラッと会話に入り込んだ。ちゃんと聞いてくれていたことにあたしはホッとしたけれど、リアーナは当然驚いている。


「ナリッサ様がおっしゃっていたように皇宮医ではなく治癒師を内密に呼び寄せるのがよいかと思うのですが。いかがですか、ユーリック殿下」


 ユーリックがチラとあたしの顔を見た。本当はナリッサに治療してほしいけど、もしあたしがこの体から出られなかったら治癒魔法は使えない。ジゼルかノードに教えてもらったらなんとかなるだろうか――、


「あっ、魔塔主様」


 ふとナイスなアイデアが浮かんだ。

 はい? というノードの笑顔は明らかにあたしの次の言葉を警戒している。


「治癒師でなくとも魔塔主様がリアーナ様の治癒をしてくださったらいいのでは。魔力の少ない治癒師よりもすぐれた治癒魔法を使うことができるでしょう?」


「そうしてくれ、魔塔主殿」


 ユーリックは間合いを外さず、ノードが何か言う前にそうのたまった。


「魔塔主殿も知っての通り、今回の件はまだ警戒を怠るわけにいかない。なにより魔術師の……」


 そのとき頭上でパンッと魔力の気配が弾けた。あたしとノードは同時に上を向き、ユーリックは剣を構える。その状況に他の人たちは何事かとあたりを見回している。


「キャアッ!」


 悲鳴はアンナだった。


 地面に突っ伏した彼女のスカートの裾からのぞく色白の足。そのふくらはぎに黄色と黒の斑模様をした蛇が牙を立てている。


 あたしは咄嗟に魔術師の気配を探った。けれど、ジゼルのリボンのような魔力を抑えるものを身に着けているのか、それらしい気配は見つからない。ジゼルもダメだというように首を振った。


 その明らかに毒を持った蛇は、ノードが手をかざすとフワリと宙へ浮かび上がる。そしてグルグルと蝶結びにされ、地面に落ちた。


「捕獲しますか殺しますか」


 ノードがユーリックに聞いた。


「痕跡はたどれるか?」


「中級程度の魔術師なら使える使役魔法です。毒は蛇が本来持っているものを濃縮しただけかと。追跡は難しいでしょう」


「なら殺せ」


 ユーリックが指示した瞬間、蛇は燃え上がって灰になった。タンパク質の焦げる匂いにあたしは思わず顔をしかめる。


「アンナ!」


 リアーナが目に涙を浮かべ、投げ置かれたラッピングのリボンを掴んだ。そしてアンナに駆け寄り、スカートをまくり上げて太ももを縛ろうとする。露わになったアンナの足は、付け根まで青黒く変色していた。


 ゲホッと、アンナが血を吐いた。

 あたしは召喚されたときのことを思い出し、吐き気をもよおす。


「……シド、あたしを切り捨てたのね」


 息も絶え絶えのアンナの顔にも、青黒い斑模様が浮かびはじめていた。


 ノードが「少しよろしいですか」とリアーナの肩に手をかけて彼女を退かせ、珍しく長々詠唱すると光の文字がアンナの体をぐるぐると螺旋状に巻いていく。


 ゲホッ、とアンナはまた血を吐き、白いエプロンが赤く染まった。


 あたしはその光景によろめき、後ろからユーリックに支えられる。お兄様の気遣いに演技で返す気力もなかった。


「ムダよ、魔塔主様。わたしは死ぬんだから」


「わかっています。その前に知っていることを話して下さい」


 二人の会話を聞いていたリアーナがノードの背に掴みかかった。けれど、彼女の細い腕ではノードの体はビクともしない。リアーナは幼子のようにノードの背をこぶしで叩きはじめた。


「もう、やめて下さい。アンナを苦しませないで」


 ノードはリアーナを無視して詠唱を続けている。


「……バカなリアーナ。……わたしに、ローナンドに利用されて」


 アンナの声に、リアーナの手が止まった。


「……わたしも、バカ。あんな、……男に」


「〝シド〟と聞こえましたが、魔術師の名前ですか?」


 詠唱を終えたノードが問うと、アンナは血とともにクッと消えそうな笑い声を漏らす。


「侯爵が、……連れて来た。バンラードの……」


 バンラードという言葉に、ノードとユーリックが険しい顔で視線を交わした。


 他の人たちにも動揺が広がったようだけど、あたしは一人〝バンラード〟が何か分からなくて、そういう意味で動揺している。小説のどこかで読んだ気はするけれど。

 

 ノードはアンナの傍を離れてリアーナに場所を譲った。もう死を待つことしかできないのかもしれない。


 リアーナは骨と皮ばかりの手でアンナの頬を包み込み、涙を流し続けている。


「アンナ、わたしをおいて死んだりしないわよね。わたしたちずっと友だちだもの」


「……バカな子。あたしはリアーナが、妬ましかった。苦しんでるところを見たかった。あたしと同じ……」


「同じ?」


「男運が、……ない」


 クッと、アンナは笑って見せる。それとは裏腹に、彼女の両目からは唐突に涙があふれ出した。


「……あたしを、殺そうとしなかったら、黙ってるつもりだったのに。……シドが、あたしを殺すから、……だから」


 嗚咽とともに血を吐き、アンナの口からは絶え絶えの息遣いしか聞こえなくなった。顔まですっかり青黒く染まっている。


「ノード」


 ユーリックが目で彼を動かした。ノードがアンナの肩に手を当てると光が彼女を包み、その光が消えたときにはもう息絶えていた。


 リアーナの華奢な体から溢れる慟哭を聞きながら、あたしはユーリックに肩を支えられ、アンナをじっと見つめている。


 血で服を汚し、青黒く変色した体。

 目を閉じた彼女の体から幽霊が抜け出しはしないか、あたしと目を合わせて驚きはしないか、そんなことを期待してしまっている。けれど、いつまで待ってもそんなことは起こらなかった。


「ナリッサ、大丈夫か?」


 ユーリックが心配そうに顔をのぞきこんでくる。けれど、声が震えそうで小さくうなずくしかできない。


 いつの間にかそばにいたポピーが「姫様」とハンカチを差し出して、あたしはようやく自分が泣いていることに気づいた。


「魔塔主殿、すまんが先にナリッサを石榴宮に戻して休ませてくれ。馬車よりゲートのほうが負担が少ないだろう」


「承知しました」


 ノードは軽々あたしを抱き上げる。推しキャラ魔塔主ノードによる念願のお姫様だっこなのに、気分は最悪だった。


「ユーリック殿下。どうやらナリッサ様はお風邪を召したようです。熱が」


「わかった。宮医を手配しておく」


 いつの間にか目を閉じていたあたしは、眩暈のような感覚でゲートをくぐっているのだとわかる。


「ノード、いつもと逆ですね」


 あたしがそう言うと、何がですか、と彼は耳元で囁く。


「いつも、あたしが近寄ると寒いって……」


「もういいですから、大人しく眠ってください」


「眠るの久しぶり。ねえ、ノード。あたし、この体から出られなかったらどうしよう」


「そんな心配はしなくても大丈夫です。わたしがどうにかしますから」


 布団に包み込まれる感触が懐かしかった。


「おやすみなさい」


 額に触れる手がヒヤリと冷たくて、あたしに触られるノードはいつもこんな感じなのだろうと思う。あたしは妙に安心してそのまま眠りにおちていった。



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