避雷針(ヒライシン)
雷属性使いの少女、平井恣引には母、父、兄の三人の肉親がいる。
しかし、彼女は家族の誰にも必要とされていない。
◆
少女、平井恣引の誕生の際、一つの事故が起きた。
本来なら限りなく安全なはずの医療機器により、平井恣引の母平井美岬は感電し、一時的に生命の危機に瀕していたのだ。
その事故の原因こそが、お腹の中に居た平井恣引。
平井恣引には雷属性魔法と光属性魔法への適性、そして「自身の意思に関わらず全身を常時『避雷針化』する」固有能力を併せ持っていた。避雷針として引き寄せる対象は「自然発生した雷」「対人・対物で発生した静電気」「電子機器内を走る電流」「銃弾やミサイル等の物理的手段を除く様々な属性の遠距離魔法」など多岐に渡った。
平井美岬は一命を取り留めたものの、彼女に根付いたトラウマは相当なものだった。
子どものせいで死ぬところだった。
彼女はそれ以降、娘に愛情を注ぐことは無かった。
◆
少女は「勝手に不運を引き寄せる疫病神」として、母親に「恣引」と名付けられた。
食事や衣類も最低限のモノしか与えられず、嗜好品など論外であった。
母親は虐待沙汰になり自分達へ悪評が向けられることを恐れ、人前ではごく普通の母娘として振る舞っていたものの、ひとたび自宅へ入るとあらゆるヘイトが平井恣引ただ一人に集中した。
父親も兄も、母親に協力的だった。
「僕の愛する美岬タンを傷つけるなんて絶対許さない!」
これは、父平井多流人が平井恣引へ暴力を振るう際によく叫ぶ台詞だ。
「お前さぁ、女に生まれたことしか長所無いんだからコレぐらいしっかりやれよ」
母親の教育により性への目覚めが早かった兄には、口外されないのをいいことに幾度となく乱暴されることとなった。
母親は「いいザマだなぁ。いいぞー、もっとやってやれ」などと言うばかりで。
◆
雷雨の日は、決まって屋外へ放り出される。落雷により家のブレーカーが落ちることを避けるためだ。
助けを呼ぶことを固く禁じられていた彼女は、そのうち路地裏の軒先へと逃げ込み、雨をしのぐようになった。
「ギイィィィィっ……!」
避雷針能力による落雷への感電は避けようがなかったが。
自分に雷が落ちる度に、彼女は周囲にバレないよう、小さく、汚く、叫び……痛みを堪えていた。
もういっそ、殺してほしい。
無駄に雷属性への適性がある所為か、存外致命的な感電に至らない上に火傷も軽傷で済んでしまう己の肉体を呪いながら、次第に、彼女は物言わぬ神の雷にそう願うようになった。
◆
それでも、以外と希望というものはあるもので。
「いっ……あれ……?」
少女が小学三年生の頃。
偶然、一匹の野良犬と出会った。
迂闊にも触れてしまい、強力な静電気を起こしてしまったにも関わらず、その野良犬は驚いて逃げるようなことはしなかった。
それどころか、少女を慰めるように手首を舐める始末。
いや、実際に慰めていたのだ。
魔導国家アステリオンの遣いがこの世界にやってくる前から、古より生命体や空気中には魔力が存在していた。魔力を持つ生命体は、なにも人間に限ったことではない。犬にも、魔力を持つ者がいる。その中でも、その野良犬は魔力を媒介とする固有能力「テレパシー」を持っていた。
孤独な少女と孤独な野良犬が心を通わせるのに、そう時間はかからなかった。
少女は「目が点のようにくりくりしている」ことから、野良犬に「点」と名付け、一緒に遊ぶなどした。
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だがしかし、そのささやかな幸せも、長くは続かなかった。
「ぐすっ、どうして……ポチ……ポチぃ……!」
世界を蝕む、魔王の瘴気。
それは魔物以外の原生生物にとっては非常に強力な毒となって襲い来る。
野良犬点は……不運にもその瘴気に冒されてしまった。
世界を破滅へ導く魔の鼓動が、今まさに、少女と野良犬を分とうとしていた。
『シイン、大丈夫だよ。おいらは、いつも君のそばに……』
死神が、少女へと伸ばされた野良犬の前足を沈め、少女から尊い親友を奪い去っていった。
少女は、泣いた。周囲も気にせず。
あれほど自分を殺すよう懇願した神さえも、恨んで。
「うわぁぁん! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ポチぃぃっ! ……ガッ!」
「うるせぇ。近所に聞こえるだろーが。……ん、なんだこの犬っころ?」
少女は右側頭部に母親の蹴りを受け、その意識を深い闇に落とした。
今回紹介するのは平井美岬!
旧姓は「栗尾根」と書いて「くりおね」!
氷属性魔法に適性があって、アイシングをはじめとした回復魔法を得意としているよ! これで多少の怪我ならへっちゃらだね!
のらりくらりとしたその言動と能力から、全盛期である学生時代は周囲から「漂流の天使」と呼ばれていたみたいだよ! 今は立派な堕天使だね!
ちなみに、平井恣引のお父さんとお兄さんは適性が無くて魔法を使えないよ!