第1話 俺とこいつはツーカーな仲らしい
さて、相変わらずな新作投下です。お楽しみください。
「あー、あじぃー」
雲ひとつ無い空に、燦々と照りつける太陽。
青々とした街路樹が生えた道をひたすら歩き続ける。
「ほんとに、暑いよねー」
隣を歩く、桃こと、春山桃。
いつも元気なこいつだけど、さすがにこの暑さは辛いらしい。
「夏服のセーラー服も、もう少し機能的にすべき!」
夏用の半袖セーラー服の襟元をぱたぱたと仰いで、
少しの涼を取ろうとしている努力が涙ぐましい。
「同意。Tシャツ一枚くらいで登校したい……」
どうにも、我が校の夏用制服は少し生地が厚めだ。
もうちょっと生徒の健康を考えて欲しい。
「でも……」
「ん?」
顔をこちらに向けて、にこっと微笑み一つ。
肩上くらいまでで切り揃えられた短い髪型。
シミ一つ無い白い肌に、優しげな瞳。
すっと伸びた背筋に細身な体躯。
なんていうか、成長したよなあ。
「こういうのも、夏の風物詩かもね」
「言えてる」
なんて言いながら登校する俺たちは、手と手を繋ぎ合っている。
通りすがる人々の内、いくらかが微笑ましいものを見る表情だ。
まあ、恋人に見えるだろうな、というのはわかっている。
でも、恋人じゃないのだ。それが良いことか悪いことか。
俺たちは、少なくとも良い意味でそう思っているけど。
なかなか周りからは理解されない話なのだ。
◇◇◇◇
なんとか、外の暑さを凌ぎきって、校舎に入ってほっと一息。
教室に入れば冷房もかかっているはず。
「もう一息だねー」
「ああ、教室が待ち遠しい」
励まし合いながら、1-Fの教室をゆるゆると目指す。
「「おはよー」」
ガラっと教室の扉を開けると、ヒンヤリとした空間。
ああ、生きてて良かった。
「さすがのバカップルも暑さには耐えられなかったか」
ちらっと見て、茶化してくる、大柄で長身で筋肉質な男。
中山健人という。
なんだかんだで気のいい奴で、入学以来、よくつるんでいる。
「だから、カップルじゃないというに」
「そうだよ。私達はそんなのじゃないってばー」
と揃って言い返すと。
「いいけどよー、じゃあ、なんで和樹たちは手をつないでるので?」
俺、山下和樹の名前を呼びつつ、シラけた目つき。
問われて、手元を見ると、握り合った手の甲。
「と言われてもなあ。このやり取り何度目だ?」
「健人君は、仲が良い相手と手を繋ぐのが不思議?」
そう小首をかしげる仕草も可愛らしい。
「待て待て。春山はさー。ほんっとーに疑問感じたことないわけ?Really?」
「最後の、Reallyは要らんと思うけどな」
気になったので突っ込んでおく。
「だから、いっつも、どーでもいいツッコミで妨害するんじゃねーよ!」
温厚な健人だが、煽り耐性が低いのが玉に瑕だ。
「ともかく、春山は、たとえば、俺とも平然と手を繋げるわけ?」
「仲良く無い相手はちょっと……」
ごめんなさい、をするように頭を下げつつ、申し訳無さそうな表情。
「なあ。淡々と言われると、マジっぽくて傷つくんだけど」
桃よ。素に近いテンションで毒のあるジョークはやめとけ。
と心の中で思ったけど、今更か。
「冗談だよ。中山君は友達だけど、でも、手を繋げるかっていうと無理かな」
まあ、そうだよな。妥当な判断だ。
「色々言いたいが、それが正常だと思うぞ」
「だよな」
「じゃあさ、なんでお前ら手ぇ繋いでんのよ!?」
「なんていうか……習慣?」
ちらと横目で確認し合う。
「そうそう。習慣。一緒にいるのに、手を離すのも少し落ち着かないし」
うんうん、と同意してくれる桃。
「お前らにクイズ。年頃の男女二人が手を繋いで歩いています。二人の関係は?」
うーん。手を繋いでいる男女……まあ、言いたいことはわかる。
「恋人?」
「恋人、だよなあ」
ひょっとしたら、付き合う前かもしれないけど。
「お前らは、高校一年で、今、教室内で手をつないでるわけだけど」
「習慣?」
「そうそう、習慣」
あえてとぼけて返す。
「ループさせるつもりかよ……」
げんなりした様子の健人。諦めてくれればいいのに。
「この寸劇、もう何回繰り返してるのか。本当に埒があかねえな」
「俺たちの問題なわけだし。諦めたらどうだ?」
「そうそう。私達の問題!」
そう強く主張するのだけど、教室中の視線が生暖かい。
何やら天然記念物でも見るような視線と言えばいいのか。
「なんで、付き合ってるというのを認めたくないんだ?」
さっさと認めろ、と言わんばかりの健人。
「そーだ、そーだ!」
「バカップル通り越してるよー!」
「恥ずかしいのかもしれないけどさー」
教室中からブーイングの嵐。
恋人という枠に収めないと、もやもやするらしい。
しかし、気持ちはわからんでもないが、めんどくさい。
(そろそろ、お昼休みに対策会議でもするか)
(賛成ー)
と小声で話し合う俺たちであった。
で、学食にて。やっぱり暑い。
「今日の気分は?」
列に並びながら、桃に話を振ってみる。
「サバ味噌定食?」
「じゃあ、俺はチキンカツ定食で」
いつものような端的なやり取り。
「はい。どうぞ」
と、一口サイズに切り分けられたサバの身を置かれる。
「サンキュ。こっちも」
チキンカツを桃の皿に置く。
「カツがちょっと揚がり過ぎてるな」
「うんうん。ちょっと固めかも」
とチキンカツの論評。
「こっちは……うん。美味しい」
「揚げ物に比べると、煮込みはブレにくいよな」
実際どうだか、料理素人の俺には知る由もないけど。
「正直、どうするよ?クラスの奴ら。面倒くさい」
「どうすればいいんだろうねー。私達の関係、わかって欲しいんだけど」
俺たちの頭を悩ませる問題だ。
「手を繋いで一緒にいるとか、デキてるだろとか思うのはわかるんだけど」
「でも、私達にしてみたら今更だよ?」
「それなー。お前とキスもしてるって聞いたら、なんて言われるか……」
「ね。さすがに教室では控えてるけど」
その場面を見られようものなら、絶対付き合ってるだろ、と言われそうだ。
「でも、やっぱり、私達がちょっと変なのかなー」
微妙に落ち込んだ声色だ。
「俺たちも、まあ「相棒ごっこ」なんて妙な遊びをしてたもんだよな」
相棒ごっこ。
昔の俺たちの間で流行った、謎のごっこ遊び。
◆◆◆◆
きっかけは、小学校四年くらいの頃だったか。
少年誌に連載されていたバトル漫画があった。
主人公とその相棒の関係がカッコいいという事で、当時、二人して盛り上がった。
「こういう関係、カッコいいよねー!」
なんて、桃は目を光らせていたっけ。
で、俺はといえば、妙なことを考えてしまったのだった。
「じゃあ、こんな関係になってみないか?」
「どういうこと?」
「言葉にしなくても、目線とかでわかればいいんだろ」
「でも、難しいと思う」
「やればいいんだよ。お互い、質問しあってさ」
思いつきを口にしたところ。
「じゃあ、やろうか!」
こうして、相棒となるための、謎の訓練が始まった。
「和樹。今、私は何を考えているでしょう?」
目線を落として、手元の給食を見ている。
それと、微妙に嫌そうな顔に、こいつの嫌いなパセリ。
「パセリ、誰か食べてくれないかなー、とか?」
「当たり!というわけで、お願い」
「仕方ないな」
と、身振り手振り、視線から相手の考えを推測するクイズ。
お互いにクイズを出し合えば、いつかは……なんて単純な発想。
ただ、これの問題は……本当に、相手の事がわかってしまうことだった。
しかも、相手の事がさっとわかるのは楽しく、さらにハマるという悪循環。
小六になる頃には、お互いに視線を送りあって、メッセージを伝えるという
謎の遊戯に発展して、二人して、「自分たちが特別感」を味わっていた。
そして、中学に進学して、「ごっこ」だったそれは本当に日常になり―
ある日の放課後、二人で帰っている時の事だった。
「?」
なんとなく、いつもと様子が違う。視線の先は俺の手と桃の手。
それでいて、手をそろーっと近づけたかと思えば離すの繰り返し。
(ひょっとして、手を繋ぎたい?)
なんてことが、すぐ読み取れたので、
「ほい」
そろっと手を握り返す。
「……ありがと」
なんて言いながら、ニヤニヤしている桃。
考えてみれば、小六からなんとなく繋いでなかったよな。
でも、こういうのもいいかもしれない。
中二になった時には、キスもした。
なんとなく、そうしていい雰囲気だった。
それがわかったのも、積み重ねた日々のせいだろうか。
「私達、なんかいい感じだよね」
「カップルとは一味違うっていうかな」
思えば、それこそ中二。
俺たちは、普通の「恋人」とは違うんだ。
そんな謎の自意識を持ち始めていた。
しかし、傍から見たら、恋人でしかないのも事実。
それに、
「やっぱ、おまえのこと好きだな。桃」
「私も大好き。和樹」
既に想いは確認しあっていたわけだし。
◇◇◇◇
「もう染みついちゃったから、仕方ないけどな」
「私も。今更、元には戻れないよ」
今更、普通の恋人になれと言われても困る。
「なんだか、恋人になったら負けた気分だよー」
「わかる。なんか、いい言葉ないかな……」
というわけで、何か考えてみる。
恋人以上だと……たとえば、
「夫婦、とか?」
「!?」
目に見えて、動揺している。
目を逸らして、髪をいじいじは恥ずかしい時の癖だ。
つまり、何かが桃にとってヒットした?