薬学以外は瑣事です
鑑定眼(植物専用)と鑑定眼(薬学専用)を手に入れた花吹雪。組み合わせの実験を試す面白さを失ったが、その分、目的の薬を手に入れる算段が出来た。
驚くほど簡単に毒薬(初級)を調合した花吹雪は、《雪楓》と《金色丸》を毒殺するか思案する。
遅いか早いかの違いでしかありませんが、しばしの自由と保身のために我慢しましょうかと、二人への興味を急速に失った。
新たな薬の調合に没頭する花吹雪の子供部屋の襖が静かに開く。
「なんでしょうか?」
まるで興味がないとばかりに冷たく言い放つ花吹雪の言葉に、金色丸は土下座で頭を床に打ち付け謝罪の言葉を口にした。しかし、まるで興味のない花吹雪には、許すという感覚が無く、ただ時間だけが過ぎていた。
「もう、止めておけ」
雪楓、金色丸、花吹雪様の誰かが問題を起こすだろうと若党の《重盛》は花吹雪の子供部屋の隅に座っていたのだ。重盛にとっても、正直言って、雪楓と金色丸の存在は厄介なものであった。
「ですが……」
「だから、許す、許さない以前に、お前らに興味は無いんだよ。花吹雪様は……」
驚いた表情で金色丸は重盛を見上げた。
「では……」
どうすりゃいいかって? さぁ、知らねぇな。ただ花吹雪の殺意は本物だ。
重盛からの答えを期待して待っていたが何も語られないため、襖を閉めた金色丸は、その場からゆっくりと離れて何処かに行ってしまった。
開戦とはいかなくとも、敵国に近い《富田》、それも将軍である《剣山の極み》の側室になる花吹雪は、今までのように箱入り娘のような扱いではなくなった。そのため城下街に出ても誰も止めようとはしない。それは複雑な思いの両親からの優しさでもあった。そもそも富田が、花吹雪を側室にする利点が無い。偽装の果に連座までして一族を皆殺しにしようとしていたのだ。雪桜の顔を立てるという論理もおかしい。ならば花吹雪を性玩具にするというのが一般的な考え方であり、そんなことを娘にされるくらいならば、城下街で誘拐でもされる方が幸せだろうと考えていたのだ。
「馬鹿ですね」と城下街の通りを護衛も付けずに一人歩く花吹雪は呟く。
恐らく花吹雪の持つ薬学の力が富田に露呈したのだ。それは商人の番頭からなのか、武家屋敷の誰かが間者なのかはわからないが……。
考えても答えの見つからない事は置いておいてと、花吹雪は城下街で売られている草や花などを見て回る。花吹雪の着物は、ちょっぴり大人な御所解きをベースにその名を示す花吹雪を取り入れ、ワンポイントとして影斬りの家紋が入っていた。
流石に花吹雪の噂は城下街の隅々まで浸透しており、花屋の主も目の前で商品をマジマジとみる可愛らしくとんでもない高級な着物のお嬢さんが、花吹雪様であると認識していた。
驚くべきことに花吹雪様は、草花について主以上に精通しており、専門的な質問に主が答えられないことがしばしばあった。
新しい草花を手に入れた花吹雪はホクホク顔で店を出る。そのまま武家屋敷に帰ろうとしたところ、店の前で止まっていた駕篭の中から、父の側室になる《月読》が出て来た。
「はじめまして、花吹雪様。店に入られるのを偶然見かけましたので、待たせて頂きました。どうでしょう? お屋敷まで一緒に歩きませんか?」