決別の日
母・《雪桜》は、花吹雪の前で凛として静かに座る。
「さて、まずは……花吹雪にお礼を言わねばなりませ。”お薬”のおかげで、昨晩は楽しい”夜”を過ごせました。それにしても、見ない間に随分と大きくなったものです」
満開の時期に雪が舞う、その美しさを現す名こそ”雪桜”であり、母の優しい笑顔は正にソレであった。
「おいで、私の可愛い花吹雪」
母が両手を広げるると、まるで吸い寄せられるように花の胸に飛び込む花吹雪。母の温もり、母の香りに、包まれた花吹雪は、母との別れを悟った。
「もしや、側室に指名されましたか?」
「本当に、頭の良い子ですね」
花吹雪の艷やかで滑らかに滑る髪を撫でる雪桜は、正直に花吹雪の質問に答えた。
「ですが……。いえ、武家の娘として生まれたのならば、その時が来るまで、しっかりと心と身体を磨いておくのです。紹介する者がおります」
花吹雪は母との時間を名残惜しんだが、グッと歯を食いしばり元の位置に座り直した。
パン、パン。と美しい音とリズムで母が手を叩くと、若党の《重盛》に連れられた何処か風格のある男の子と女の子が姿を見せた。
「私は《富田》の生まれです。この二人は遠い血縁にあたり、《星の輝き》に許しを得て、《富田》の将軍である《剣山の極み》、つまり私の兄に書簡を送りつけました。その内容は、私の妹《静森雪 》の子であるこの姉弟を連座から外すようにと」
剣山の極みが富田で勢力をまとめる際に、不要と判断した武家の者たちを処分していた。その方法が連座である。連座とは、犯罪者に連なる者たちを一斉に処分する処罰である。それを用いて、アリもしない罪を不要な武家に罪を着せて処分していたのだ。
花吹雪は姉弟を一瞥した。姉の方は、雪桜や自分に似ているかも知れないと思った。
「それで、その条件として、私を《剣山の極み》の側室に? 納得が出来ません。私よりも、この姉弟が大事だと? 父、影斬りは納得したのですか?」
いつもは言葉数の少ない花吹雪。しかし、その理不尽な仕打ちに憤りを感じていた。
「お黙りなさい、花吹雪。我々、”雪”を名に持つ女の優先順位には、唯一つの盟約があります」
雪桜に目配せされた女の子は、花吹雪の正面に立つ。
「はじめまして、花吹雪お姉様。《雪楓》と申します。そして、”雪”の筆頭である証拠を示した後、 花吹雪お姉様は、私のために散って頂くことになります」
何とも傲慢なと花吹雪は拳を握る。しかし、その証拠とやらを見てみたい気持ちもあった。
雪楓が曝け出した胸には、”雪”の刻印が痣として浮き上がっていた。
しかし、”雪”の裏話など寝耳に水であった。
「だから何でしょうか? 私には”雪”の名など、無意味であり、犠牲になるつもりもありません。しかし、父が納得したのであれば、”雪”ではなく、影斬りに従うだけです。悔しいので言っておきますが、そんな意味もない”雪”の痣のために、貴方達は将来、私に命を奪われるのです」
あっ、言ってしまった。
剣山の極みの側室になったとして、この《星の輝き》という国を擁護するつもりはない。それはこのような理不尽な取引でなくてもだ。
「それで構いません。さて、それまでの間、この雪楓と《金色丸》を花吹雪、お前が面倒を見るのです」