天敵来襲
小者は比較的若い。風が吹いただけで反り勃つだろう。ならばと家老に催淫薬を渡してみた。
「花吹雪様。これは……」
今すぐ飲んで試せという有無を言わさぬ花吹雪に家老は冷や汗をかく。確かに影斬り様は、それが理由で子作りが停滞しているのだ。いやはや、実の娘が父のために、このような薬を作ろうとは…と、感心を通り越して末恐ろしくなった。
「わかりました」
家老は覚悟を決めて、薬を飲む。ここは表居間、家老の執務室であり人目が多かった。しかし、出来た者たちで見て見ぬふりをしていた。年配の家老にも効果覿面で、数年ぶりに勃ったと手放しで喜んでいた。
「では父、影斬りに」
流石の花吹雪も肉親へ催淫薬を直接手渡せる度胸はない。この家老の喜び方を見れば、熱意を込めて薦めてくれるだろうと期待しながら表居間を後にした。
さて、基本的に花吹雪は薬学以外に関心を持たない。ここ数日は父が側室を設けること、自分が側室に呼ばれる可能性があること、そんな問題が発生したため、無駄とは言わないが不本意な時間を過ごしていたのである。
現在、花吹雪がこの世界で再現した薬は、傷薬(初級)と催淫薬のみだ。手元にある草花で次に試せそうな薬を検討する。
「解毒剤かしら?」
しかし、解毒剤は毒状態でなければ試せないし、そもそも毒を作るところから始める必要があった。自分を被験体にすることに恐れなど無かったが、数百通りの中から一つの正解を導き出す必要があるため、解毒剤を作りながらでは確実に命が失われてしまう危険性があった。また事前に解毒剤を作ったとしても、物理的に腹が膨れてしまうため、数百通りの解毒剤を飲むことは出来ないのだ。
「被検体が必要では?」
まさか小者に毒を盛るわけにもいかない。罪人を被験体として使えないかと資料を漁ったが、そんな事例は見つけることが出来なかった。
打開策が見つからぬまま時間だけが過ぎていった。
そんな中、母から書簡が返ってきた。その内容は、《ウミに任せた》とだけ記されていた。ウミは、屋敷女中の中でも優秀な三人の上女中の一人であり、自由奔放な花吹雪の苦手な女中である。気が進まぬ花吹雪は、側室の勉強を放り出し、解毒剤以外の薬の開発を思案していた。
火薬である。
口の端を吊り上げる。毒薬の次は火薬かと自分の愚かさに笑ってしまった。
それからしばらくして、時々、花吹雪の子供部屋から耳をつんざく音が聞こえてくると、屋敷内でも噂になっていた。
そんなある日。待てども待てども現れない花吹雪にしびれを切らしたウミが子供部屋を訪れた。
「花吹雪様」
「は、ひゃい!?」
突然天敵のウミに声をかけられた花吹雪は、素っ頓狂な声で返事をしてしまった。その瞬間からウミがその場の主導権を握った。苦手な正座をさせられた花吹雪は、足を崩すことも許されず、それどころか紐で足をグルグル巻きにされてしまい、強制的な正座状態になっていた。
「たかが武家女中の私を蔑ろにする事もあるでしょう。しかし、私は雪桜様から花吹雪様の性教育を一任されているのです。聡明な花吹雪様ですから、この意味わからないとは言わせません」
足が痛くて痛くて花吹雪は気が狂いそうであった。この痛みから逃げ出そうと、ウミの会話の内容を把握もせずに、ウンウンと全て頷く花吹雪であった。